ディオンと婚約
「ぼくはずっとフィーリアのそばにいたいです。ぼくがフィーリアを守ります。だからぼくをフィーリアの婚約者にしてください」
ディオンのそんな言葉で目が覚めた。ディオンは眠っていた私の手をいつものように優しく握ってくれていたが、その表情はとても鋭くて凛々しく、今まで見たことがなかった。初めて見たディオンの幼くとも凛々しい真剣な表情は、今も私の心に焼きついている。
ディオンは私が目を覚ましたことに気づくと、それまでしていた真剣な表情を崩して笑みを見せてくれた。
アイリス様もそれで私が起きたことに気づいたようで、綺麗なプラチナブロンドの髪をかきあげるとアイリス様のディオンと同じ空色の目が見える。私を見ると目を細めて笑って、そのまま私の母譲りの蜂蜜色の髪を整えるように撫でてくれた。
眠っていた間にお父様とルディウス様が戻ってきていた。向かいのソファにいる二人を私が見ると笑みを見せてくれたが、なんだか様子がおかしい。ルディウス様はディオンより青みの強いブルーグレーの髪を少し撫で付けると、深い藍色の目を伏せて何かを考えているようだった。お父様は私の様子にほっとしたのか、私と同じ若葉色の目が優しく細められる。お父様は赤みの強いブラウンの髪をかきあげると、ルディウス様と目を合わす。
その様子を不思議に思っていると、お父様が私に問いかけてきた。
「フィーリア、落ち着いたかい?」
その言葉に頷いて返す。そして、少し話をするけどいいかな?と聞いてきたので、また頷いた。すると、ルディウス様が口を開いた。
「じゃあフィーリアちゃん、私から話をするよ。私の息子のディオンがフィーリアちゃんの婚約者になりたいらしいんだ。フィーリアちゃんはどう思う?」
さっき起きた時にディオンが言っていた言葉だ。
「婚約者……?」
思わず聞き返してしまう。たしか婚約は、未来の約束ではなかっただろうか。でも私は……大きくなれないかもしれないのに?
「婚約者というのはね、君のお父さんとお母さんや私とアイリスのように、未来で夫婦になり、ずっと一緒にいます、という約束をした相手のことだよ。ディオンはフィーリアちゃんとそうなりたいと言っている」
やはり間違っていないらしい。隣にいるディオンを不安になって思わず見た。そんな私にディオンは優しく笑って、握っていた手を少しだけ強く握り直した。
「フィア。ぼくはね、フィアのとなりにずっといたいって思っているんだ。だから、フィアの婚約者にしてほしい」
私が初めて会った3歳の時、ディオンというのが言いにくかったから、ディーという愛称を呼ぶことになり、彼も私をフィアという愛称で呼ぶようになった。幼い私はディオンとの特別な呼び方みたいで嬉しくて、両親にもディオンとの特別だからダメ!と言って呼ばせなかった愛称だ。
昔からディオンはずっと私の特別だった。だから、ずっと一緒にいてくれるのは嬉しい。けれど……
「……ディー、わたし、わたしは……」
大人になれないかもしれないから、約束はきっとまもれない。その言葉は出てこなかった。
ディオンは病気のことを知らないのかもしれない。だから言わないといけない。だけど、言ったらやっぱり婚約者はやめるって言われないだろうか。
そんなことを考えていると、また涙が出そうになって顔を下に向けた。
「フィア、ぼくを見て」
ディオンは私の頬にまだ小さな手をあてて、私の若葉色の目とディオンの空色の目を合わせた。空色の瞳には泣きそうな顔をした私が映っていた。
「フィアの病気のこと、教えてもらったよ。もしかしたら大人になれないかもしれないことも。それでも、ぼくはフィアと婚約したい。これからフィアは病気とたたかわなくちゃいけないから、つらくてくるしい思いをするかもしれないことも教えてもらったんだ。だからずっとぼくがフィアのそばにいて守りたいんだ」
ディオンの瞳はどこまでも晴れ渡る空のように真っ直ぐで、綺麗で、とても優しい。
「それにね、ぼく、きっとフィアが病気にならなくてもフィアの婚約者になろうと思っていたよ。だってぼくにとってフィアはずっと特別だったから」
ディオンは照れたようにはにかんだ。
ディオンも私と同じ気持ちだったんだと思って、彼を見ていた視界が滲む。
「……約束……まもれないかもしれないのに……?」
ぽつりと出てきたのは、不安だったこと。ディオンは頬にあてていた手を外して、私の両手を握った。
「……約束、守れたらすごくうれしいよ。いまはまだ、守れないかもしれないだけで、わからないでしょ?それにね、将来一緒にいるって約束できたら、その未来が来るまでずっと一緒にいれると思うんだ」
ディオンがポケットからハンカチを取り出して、涙を拭ってくれる。綺麗な空色の目が優しく微笑む。