―色のない世界―
フィーリアが刺してくれた白詰草の刺繡を眺める。
いつかのようにゆっくり広げると、四つ葉の白詰草が目に入った。
その刺繡を指で優しくなぞる。
俺の為に刺繍してくれたのに、受け取れないと言ってしまった。
俺の拒絶にフィーリアは悲しそうな顔で笑った。その表情は、俺の心を深く抉った。
それでも受け取って欲しいと願ったフィーリアを俺は更に拒否するなんてできなかった。
本当は、もう受け取るべきではないと思っていたのに。
もう……フィーリアから何も貰うべきではないと、わかっていたのに。
俺は……婚約破棄を、したのだから。
思い出しただけで胸を突く痛みに、歯を食い縛る。
俺が悲しむのは筋違いだ。
フィーリアとの約束を破って悲しませてしまったのは……俺のせいなのだから。
俺にとってはフィーリアと一緒にいることが全てだった。
フィーリアがいなくなった世界なんて想像したくもなかった。そんな世界を想像も経験もしたくなくて、俺はずっとフィーリアの病を治そうと奮闘していたんだ。
だから知らなかった。
フィーリアが隣にいない世界がこんなにも色を失い何も感じないなんて。
知りたくも、なかった。
俺が居る部屋の扉を叩く音が響く。
俺はフィーリアのタイを丁寧に畳んで夜会用の服の内側にしまってから応える。
「やあ、ディオン」
そう言いながら現れたのは輝く白金のような髪と冷たさを感じる銀の瞳を持つ、俺達の国エリフィオール王国の第二王子、オズウェル・セイン・フィオール殿下だ。
朗らかに笑っている殿下に肌が粟立つ。
「ディオン、夜会では頼むぞ」
一見優しげな声色に吐き気がする。でも今は従わなければならない。
「はい」
返事には、何の感情も入らなかった。
俺の返事に満足そうに笑う殿下は、俺の気持ちなど理解しようともしないだろう。
けれど、ひとつだって傷つけたくなんてなかった人を傷つけた俺には、殿下に憎悪を沸き立たせることさえ許されない。
それに俺が一番憎いのは、こんな方法しか選べなかった自分自身だ。
父に言われていたのに、傷つけるな、と。
俺は結局、力も知恵も足りず、フィーリアを傷つける選択肢しか選べなかった。
フィーリアが、俺の世界の全てなのに。
どうして、フィーリアを傷つけなければならなかったんだろう。
何度も自問自答した。そうして考えて、後悔する。
……けれど。それでも、俺は。
フィーリアを傷つけてでも、俺は。
フィーリアに、生きていてほしいんだ。
だから、一瞬たりとも危険には晒せない。
――俺は絶対にフィアを……喪いたくないんだ。
内ポケットに入れた白詰草のタイを、愛しく思いながら服の上から撫でた。
窓から見える空は、いつもの鮮やかさを失っていた。
読んで頂きありがとうございます。
更新が遅くなってしまい申し訳ないです。
この先更新が不定期になりますが、今週中に二話はあげたいと思います。
これからもよろしくお願いします。




