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木漏れ日の下で婚約破棄を希う  作者: 天満月 六花


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想い出の宝箱


 鼻や目が熱を持っている感覚がする。久しぶりにこんなにも泣いてしまった。


「ディー、落ち着いたわ……。その……ごめんね、こんなに泣いちゃって……」


 抱き締めてくれているディオンにそう伝える。

 ずっと優しく撫でてくれた手は、今もそのままだ。


 ディオンは優しい声で言葉を紡ぐ。


「フィア……俺はね、こうやってフィアが俺に涙を見せてくれるのは……嬉しいんだ」


「ディー……」


 名前を呼ぶ声が震えてしまう。


「フィアはいつも頑張ってくれてたから。でも、時々疲れるよね。そういう時……俺がフィアの傍に居れたら嬉しい」


 ゆっくりと私の蜂蜜色の髪を梳いてくれる、昔より大きくなった手が愛しい。


「……また、泣いちゃうわ……ディー……」


 逞しくなった胸に顔を埋める。涙が少し滲んだ。


「フィアを泣かせられるなんて……俺だけの特権だな……」


 ディオンは小さく笑って、額に口づけを落とす。


「ん……ディー……」


 熱を持った目でディオンを見上げると、柔らかく笑ってくれていた。


「ほら、少し疲れただろう?冷やすからここに座って」


 そう言ってディオンは私を持ち上げて膝の上に乗せて座らせた。膝に座る事なんてなかなかないので顔が赤くなってしまう。

 ディオンは私を優しく見つめたまま、ハンカチを出した。私が刺繍したハンカチだ。ディオンのハンカチほぼ全てに私が刺繍を施しているので、私が刺繍していないハンカチなどないのだけれど。

 魔法でハンカチを濡らして、更に魔法で濡らしたハンカチを冷やしてくれる。それを私の目元に優しく当てた。


 熱を持っていた目が冷やされて気持ちいい。泣き過ぎて少し上がってしまった体温も下がっていく心地がする。


「今日は、何をしていたんだ?」


 いつものように私の毎日を聞いてくれるディオンに頬が綻ぶ。


「あのね、ディー……これを作っていたの……」


 手に握り締めたままだったものを開いてみせる。


 ディオンはハンカチを私の目元からずらして、空色の瞳を私の若葉色の瞳と合わせた。


「……若葉色のタイピン?前にももらったのに……」


 そのディオンの発言に頬を膨らます。


「だってディー、人前で使えないって言うから……」


 だから使えるようにと、もう一度考え直したのだ。ディオンは私の頬を苦く笑いながら撫でた。


「はは……。だって保護結界作ると同時に透過魔法、それで何か体に問題がないか判断して治癒魔法や解毒魔法を発動させる複合術式って何なの、フィア……。俺の事を心配をしてくれているのはわかるけど、そんな今まで見たことがない魔法を魔石に刻むんだもの……。透過魔法で判断するって……一体どうやって判断してるのさ……」


「それはディーの通常状態を術式の一部に刻んでおいて判断するのよ」


 ディオンの疑問にすかさず答えると、ディオンは大きく溜め息を吐いた。


「やめてフィア。軽く世紀の大発見的な事を言わないで……。……まあ……とりあえずこれは俺専用って事なんだね……」


 ディオンが懐から以前にあげた楕円形のタイピンを取り出す。前のは楕円形だけど、今回のは菱形にしてみた。


「ええ、そうよ。ディオン以外では発動しないわ」


 肌身はなさずタイピンを持ってくれているのは嬉しくて、笑みを零しながら頷く。

 ディオンは笑みを引き攣らせた。


「ええ……?発動も……しないんだ……」


 ディオンがすごいという術式が発動しなかったら安心してくれるかと思ったけれど違うらしい。

 そういえば、誰か専用の魔道具というのは聞いたことがないかもしれない……。


 ……とりあえず新しい魔石の説明をしましょう。そうしましょう。


「ディー、この魔石にはね、映写魔法を刻んだの」


 ディオンも新しい菱形のタイピンをじっくり見る。


「確かにそうだね、映写魔法が刻んである」


 嬉しそうに笑ってくれる。きっと私がどんな映写魔法を入れたかわかっているのだろう。

 映写魔法を魔石に刻む時、一緒に映写したい写真などの情報も刻めば、魔法を発動した時その映像を映し出す事ができる。これは教科書等にも書いてある、比較的簡単な魔法だ。


「もしかして……フィアと俺の映像を映し出すのか?」


「ふふ、そうよ。発動してみて」


 ディオンに発動を促してみる。きっと驚いてくれるだろう事に心が弾む。


「ああ、そうしてみるよ」


 ディオンが術式に魔力を流すと、周囲に情景が浮かび上がる。

 ディオンと私の成長の記録。


 小さな頃から婚約者になった時、過ごしてきた今までの記憶。最後に私のお気に入りの木の下で、互いの色の装飾品をつけあった、ついこの間の記憶。

 木のざわめきと木漏れ日がサンルームの中に重なるように映し出された。


 ディオンは空色の目を大きく見開きながら周囲を見渡した。


「フィア……これは……」


 驚いたディオンに満面の笑みを返す。


「ディオンとの……今までの、想い出よ」


 ……私を忘れてほしく、ない。

 そんな想いから作ってしまった、私とディオンの記録。


 けれど……今はもう、相応しくない。


「そして……これからも刻んでいく想い出の、宝箱」


 はにかむように微笑んだ私に、ディオンの空色の瞳が少し揺れた。


「フィアは……とんでもない事をするのに……本当に、怒れないよ……」


 優しく抱き締めてくれたディオンを私も抱き締め返した。


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