私の夢
木々の新緑が柔らかく山を映えさせているのがサンルームの大きな窓から覗く。
魔石を目の前にしながら、集中して術式を刻んでいく。中心になる術式自体はそこまで難しいものではないけれど、補助する為の術式を刻むのがなかなかうまくいかず何度も失敗していた。
ディオンには内緒の物なので、これが失敗したらまた明日になってしまう。それを最近ずっと繰り返している。
心を必死に落ち着かせながら、最後の術式の線を描き終わる。
今までで一番手応えがあったと思う。
けれど、ここからが大事な所だ。
まず術式に魔力を流し、魔法を発動させる。その魔法は文句ない出来で頬が緩む。
次に、魔石を覗き込んだ。どこから見ても、普通の術式が刻まれた魔石だ。
――やっと……出来上がったわ。
達成感に体が震える。今日ディオンに渡せそうだ。
そこに聞き慣れた足音が聞こえてきた。今日はいつもよりなんだか忙しない。
不思議に思いながらサンルームの扉を見る。
「フィア!ただいま!」
弾けるような笑顔で言うディオンに、私も笑顔になる。
「ディー、おかえりなさい。何か良い事があったの?なんだか嬉しそうだわ」
ディオンは私の言葉にこちらに駆け寄ってきて、私を優しく抱き締めた。
私はディオンの大きくなった胸板にすっぽりと埋まる。
「ディー?どうしたの?」
聞きながらディオンの背中に手を回す。
「フィア、ついにできたんだ」
溢れるようなディオンの言葉に目を大きくする。その言葉の意味は、わかっている。
「魔法薬が、できた」
言いながら少しだけ力を入れて私を抱き寄せたディオンに、目が潤んだ。
完治はしていない。けれどきっとこれは、未来への架け橋になる。
できそうだとずっと聞いていた。ディオンは進捗をこまめに教えてくれていたのだ。
なのに、本当にできたと聞いただけでこんなにも心が震える。
昔言われていた、20歳まで生きられるかどうか。
あれは大きくなるにつれて絶望が増していく呪いだった。
だからずっと、必死に気にしないようにしていた。楽しい事をなるべくできるように。大好きな人達と笑って日々を過ごせるように。
そうして一日一日を、後悔がないように生きるのが私の日常だった。
けれど今、ディオンはそれを変えようとしてくれいる。
私はディオンを信じたかったのに信じるのがずっと怖かった。
ディオンの事が大好きだから。治すと言ったディオンを……私はいつか、恨んでしまう日が来るのではないかと。
臆病だった。私は、とても臆病だった。
なのに、ディオンはそんな私の為にずっと治療法を探してくれて、何度壁にぶつかっても諦めなかった。
新しい治療薬を見つけてくれたのに、私は治らなかった。でも……ディオンはそれでも諦めなかった。
……私は、仕方ないと……思っていたのに。
涙が零れる。治療法が見つかった訳じゃない。
この魔法薬も一時的なものだと、ディオンは言っていた。
ディオンが泣いている私の頭を優しく撫でる。
「フィアは俺が助ける。必ず治療法を見つける。……信じてくれなくてもいい、ただ……生きていて、くれ」
少し震えているディオンの言葉に、抱き着く腕の力を強めた。
――ディーは、わかっていたのね。
私がどこか諦めていた事。なのにそれでもずっと私の為に頑張ってくれていた。
涙が頬をとめどなく流れていく。ぼやけた視界にディオンの空色の瞳が揺れた。
震えている唇を開いて、ディオンに必死に伝えようと言葉を紡ぐ。
「ディー……私……信じ、たい……。わ、私……ディーと……ずっと、この先も……生きて、いきたい……!その未来を……信じたい……!」
私の願いは……ディオンと一緒にこの先ずっと、生きていく事だ。大切な人達と一緒に……未来を生きる事が……私の一番の夢。
ディオンは私の言葉に、空色の瞳を一瞬煌めかせた。
「もちろんだ。俺も、ずっとフィアといたい。その為なら、俺はなんだってする。……信じてくれ、フィア」
「うん……うん……!」
小さい頃のように泣きじゃくりながら、ディオンの胸に顔を埋めた。
ディオンの暖かい鼓動が私の体を包んでくれていた。




