幸せに満ちた日
空色の魔石が木漏れ日に照らされて揺らめく。これは魔力の煌めきだ。
それに頬を緩めながらディオンを見る。
「ふふ、ディー魔力入れてくれたのね。……この入ってる術式は……何……?」
ディオンがくれたブローチには、魔力と術式が入っていた。けれど、術式は見たことがないもので目を瞬かせる。
以前ディオンが魔道具師にも向いていると言ってくれて興味を持った。だから魔石に入れる術式は授業だけでなく自分でも学んでいるけれど、この術式は見覚えが全く無い。
「フィアがとても素敵なタイピンをくれたからね。そのお返し」
ディオンの言葉に目を瞬かせる。
「ディー……すごすぎて普段着けられないって言ってたのに……」
「はは……それはそうだよ、フィア……。あの複合術式の構成を研究棟の誰かに見られたら、質問攻めにされてフィアまで辿り着かれそうだからね……。王立学院内でも見られたらまずいと思うよ……」
ディオンの言葉に肩を落とす。せっかくディオンの為に色々と機能をつけた術式を入れたのが、どうやら駄目だったらしい。聞いた時は落ち込んでしまった。
いつも着けてもらえると思っていたので、つい残念に思った事を思い出して眉を下げる。
「フィア、そんなに残念そうな顔しないでくれ。フィアと会う時はいつも着けているだろう?それに、普段もちゃんと内ポケットに入れて常に持っているよ」
そう言うディオンの首元には、私が贈ったタイピンが刺繍したタイと一緒に着けられている。
「ええ」
ディオンの装いに笑みを零しながら頷くと、ディオンも優しく笑ってくれた。
「それで……これにはどんな魔法が入っているの?」
「フィア、使ってみるといいよ」
私が問い掛けると、ディオンは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。その笑みに小さく笑う。
「そう言うなら使ってみないとね」
「ああ」
得意気に頷くディオンの様子からきっと自信のある術式なんだろう。
浮き立つ心に従って、魔石の術式を発動させる。
その途端、覚えのあるあたたかい力が体に巡った。
「え……」
驚いて思わず声を漏らしてディオンを見ると、柔らかく笑っている。
「フィア。これはね、魔力変換の魔法なんだ」
「魔力、変換の……魔法……?」
さっき私の体を巡ったのはディオンの魔力だった。しかも、ディオンがやる私の器官に魔力を巡らせる方法に近い魔力の巡り方。
ふと魔石に目を落とすと魔力が無くなっている。ディオンは魔石に優しく触れて、また魔力を入れてくれた。
呆気に取られている私を、ディオンは優しく見つめて口を開く。
「ああ。ダートン様が魔力の相性を合わせる方法を知っていただろう?それを一般でも使えるようになれば、魔力欠乏症や魔力切れに多くの人が対処できるようになるんじゃないかと思ってダートン様やフェリクス様、エルヴィス殿下にも協力してもらって作ったんだ」
「そうなのね……」
やはりディオンは凄い。ディオンの研究は多くの人を救う研究をしているのだ。
「まあ正直言うと……最近少し外野がうるさいんだよね。だから分かりやすい実績の副産物を発表して黙らせようかと。それにこれならフィアの為にもなるし」
清々しい程の笑顔で言ったディオンに苦く笑う。
「……ディー、正直過ぎるわ……」
ディオンの言葉から察するに、まだまだ症例数が少ない魔力循環不全漏出症の研究について何かを言われる事が多いのだろう。王宮医療薬師長であるフェリクス様が主宰なので、ほかの研究室よりも注目度も高いのかもしれない。
「以前からも構想自体はあったんだけど、エルヴィス殿下のお陰で前に進んだんだ。そろそろできそうだと聞いたから、どうせならフィアにあげる魔石に刻みたいと思って急いでもらったんだ」
嬉しそうな笑顔に嫌な予感がした。ディオンは一体誰に急いでもらったんだろう。
「あの、ディー……まさかエルヴィス王子殿下に……急いでもらった、なんて事は……」
「ん?そうだよ」
私の問いに事もなげに答えたディオンに血の気が引く。
「ディー?王子殿下なのよ?大丈夫なの?」
エルヴィス王子殿下とディオンは確かに仲良くしているようだけれど、完成を急がせるなんて事をして大丈夫なのだろうか。しかも私的な理由だ。
ディオンは私の言葉に目を丸くした後、可笑しそうに声を上げて笑った。
「大丈夫だよ、フィア。エルヴィス殿下はそんな事で怒らない。むしろ期限がある方が捗ると言ってくれた」
「そう、なの……?なら、よかったけれど……」
その言葉に安堵していると、ディオンは笑みを深めた。
「ついでに魔石用の調整もお願いしたけれど」
「ディー!」
「ははは」
更に所業を白状したディオンについ大声を出してしまうと、ディオンは心底楽しそうに笑った。
そんなディオンの笑顔を見て、私も釣られて少し笑ってしまった。
「もう……ディーは……」
「エルヴィス殿下ならできるからね、つい」
微笑んでいるディオンは反省する気はなさそうだ。
ディオンが同世代のエルヴィス王子殿下と仲が良いのはとてもいい事だから、思わず頬が緩んだ。
「でもディー、この魔法……ディーの魔力渡しと同じ感覚がしたわ。器官に魔力が行き渡る感覚……」
「ああ、それも組み込んである。魔力が行き渡っていない器官に優先的に魔力が巡るようにしたんだ。そうであれば魔力切れへ対応した時に治りが早くなるからね」
「流石ね、ディー。…………でも……やっぱり……ディーの魔力渡しが……好きだわ」
昔からずっと、私の器官に魔力が渡るようにと魔力を巡らせてくれたディオンの魔力渡し。
今でも私の器官には魔力が足りていないから、ディオンが魔力渡しを毎日してくれている。私も意識して魔力を流してみるけれど、ディオンのようにはうまくいかなくてむしろ集中し過ぎて疲れてしまうのだ。
だから変わらずやってくれていたけれど、これからはこの魔法になるのだろうか。
ディオンが楽になるのならば、受け入れなければ。
「ありがとう、フィア。もちろん俺がこれからも魔力渡しをするから安心して。その魔石はフィアが俺がいない時に少し辛くなったりしたら嫌だから、魔力変換の術式を入れたんだ」
嬉しそうに微笑んだディオンに目を見開く。
「え……けれど……魔力変換魔法の方が……楽よね……?」
今までのように自分で魔力を動かす必要は魔法であればなくなる。
「沢山の人に合うように作られているからフィア特化じゃないんだ。だから毎日の魔力渡しはこれからも俺がするから。その魔石は少しでも辛くなったら使って」
柔らかく微笑むディオンは、木々の隙間から漏れる光に照らされて煌めいていた。
ディオンの胸に抱き着くと、優しく抱き返してくれる。
「ありがとう、ディー」
笑みと共に通り抜けた風が、芽吹き始めた花の匂いを運んでいった。
ディオンの優しく細められた空色の瞳を、自分の瞳に焼き付けながら幸せに満ちた15歳の誕生日を噛み締めた。
16歳の誕生日も幸せに過ごせますようにと、木漏れ日が溢れる木と空に祈った。




