柔らかい陽射し
「体内の傷は全て治したよ。お疲れ様」
医師のカーティス先生は淡い紫色の長い髪をくくり、凛としたの赤みの強い紫の目を安堵したように緩めながらそう言った。その優しい微笑みは父と同じだ。父と同じ壮年の男性であるカーティス先生は、昔から私を診てくれている医師だ。
全ての傷が治ったので安心したのだろう。治療が終わったので痛みは引いている。
それに発作が早く落ち着いてくれたからか、身体もだいぶ楽に感じる。
痛みを緩和していた魔法を解きながら、隣で私を見つめているディオンを見た。
ディオンは私の視線に優しく微笑んでくれるけれど、なかなかディオンの顔を真っ直ぐ見れない。
ディオンがどう思っていたのか不安になる。
心配させないようにと思って言っていなかった事が裏目に出てしまった。
申し訳ない思いでいると、ディオンが私の手を優しく握ってくれた。
「フィア、俺は怒ってないよ。だからそんな顔しなくていい」
15歳になったディオンは更に背が高くなっていた。私はあまり背も伸びていないので、ディオンに抱き締められると腕の中に収まってしまう。
だから今もディオンは少し屈みながら私の顔を覗き込んでいる。
「ディー……」
大好きな名を呼ぶと、柔らかく笑ってくれた。
「フィア、どうする?二人で話そうか?それともみんなで話すか?」
声を潜めたディオンの言葉に暫し迷う。
今日した事で自分の体が楽になった、という事は何の確証もない情報だ。
もしかしたら私の気分の可能性もある。そんな情報でぬか喜びさせるのはよくない。それにディオンに言えば、ディオンがうまくお父様やみんなに伝えてくれる。
だからできればまずはディオンだけに言っておきたい。
ディオンに頼ってばかりだけど、それでいいのだろうか。
不安になってディオンを見上げる。
ディオンはそんな私に優しく頭を撫でて答えてくれた。
「二人で話そう、フィア」
ディオンはそう言うと立ち上がる。
私の事をわかってくれているディオンは、私がまずはディオンに言いたい事を察してくれたのだろう。
「ダートン様、カーティス先生。フィアを部屋で休ませてきます」
お父様とカーティス先生にディオンが告げると、二人共こちらを向いた。
「ああ、わかった。よろしく頼むよ、ディオンくん。フィーリア、しっかり休むんだよ」
「ディオンくん、また後で少し話そう。フィーリア嬢、お大事にね」
優しく声をかけてくれるので、それに微笑んで返す。
「はい、わかりました。ダートン様。カーティス先生、また後で伺うのでよろしくお願いします」
「ありがとうございます、カーティス先生。お父様、しっかり休みます」
それに二人が頷いてくれたのを確認すると、マリーを呼ぶ。
「マリー、ディオンと二人で話したいからお茶をお願い」
「わかりました、お嬢様」
マリーはこう言っておけばお茶を用意してくれた上で下がってくれるだろう。
ディオンはいつものように私を抱えて部屋に連れて行ってくれた。
休ませると言った言葉の通り、ベッドに座らせてくれる。ディオンは私の靴を脱がすと、上体を起こしたまま背中にクッションを入れて、足元には布団を掛けてくれた。
ベットの脇に置いてあるテーブルに、マリーが紅茶を持って来てくれる。
それから一礼をしてから下がっていった。
ディオンはそれを見届けると、私の方を見て切り出す。
「それで、フィア。とってもたくさんの映写魔法を展開させていたけど……あれは、今までもしてたのか?」
真っ直ぐ見てくるディオンに少し目を伏せながら頷く。
「……ええ。今日ほどたくさんでは、なかったのだけれど……」
「……何も言わなかったのは、今までは特に変化は感じなかったからか?」
ディオンには何かあったら言って欲しいと頼まれている。私は基本的に自分の体調や病気の症状の事は包み隠さずディオンに話している。
今回は発作の痛みの中、集中しながら魔法を構成していたのでそれで痛みを忘れているのかと……今日までは思っていた。
「少しだけ……楽な気がしていたのだけれど……魔法に集中しているからかと、思っていたの……」
ディオンに事実を告げる。
魔法を使うと楽になる気がする。そんなのは気休めだと思っていた。今までの経験から、そういった気休めは長くは続いていなかった。
それでも、気休めでいいから縋っていたかった。
ディオンは少し落ち込んでいる私に気づいたのか、優しく髪を撫でてくれた。
私を落ち着かせるようにしながら話す。
「確かに最近は……発作の落ち着きがだんだんと早くなっていたね。何が違うのか探していたけれど……」
「たぶん、魔法の使用、だと思うわ。最近、だんだんと魔法の数を増やしていったの……」
「なるほどね……。……この前まではどのくらいだったの?」
ディオンがそう聞く。気づかない程度はどれくらい魔法を使っていたか気になったのだろう。
目を少しディオンから逸らしながら答える。
「…………自分の周りに展開する、くらいかしら……」
ディオンが髪を優しく撫でてくれた手が止まる。
「……フィア?」
優しい笑顔のまま、ディオンは私の名前を呼んだ。
「……」
ゆっくりと目を泳がす。
ディオンは一度目を伏せてから、私の手を両手で優しく握った。
私の若葉色の瞳を、心配そうに揺らす空色のディオンの瞳が見つめた。
「急に増やし過ぎだ。なんでそこからサンルームいっぱいに映写魔法を展開なんだ?」
「…………外から見えないようにって……」
今日発作を起こしたサンルームは、窓が多い構造の為外から見えやすい。だから映写魔法を展開した際、外から見てもわからないようにサンルーム内の光景を外に向けて映し出すという小細工をした。
「フィアは悪知恵が働くんだから……」
苦笑交じりに言ったディオンは、また優しく髪を撫でてくれた。私の少しお転婆な性格を知っているディオンには、よくこの仕方ないような顔をされている。
「でも、ほら……お陰ではっきりと……なんか楽になる事がわかったわ」
「……そうだね……」
少しでも自分の行いを正当化しようとして告げると、困ったようにディオンは頷いた。
不安になりながら尋ねる。
「ディー、怒ってない?」
いつも体調に関わることはちゃんと伝えていたのに、今回は見逃して伝えなかった。
ディオンは私の言葉に柔らかく微笑んでくれた。
「俺がフィアに怒るわけないだろう?でも、言って欲しかったかな。言われなかったのは少し悲しい」
眉を少し下げたディオンに、申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい、ディー。心配をかけたくなかったの……」
大人しく謝ると、ディオンは優しくまた両手を握って私の瞳を見つめながら言う。
「フィアの気持ちはわかってるよ。それにフィアの無茶のお陰で、発作の対策に光明が見えた。だからフィアに魔法を使っていた間の事を詳しく教えてもらいたい。……今度は一つ残らず話してくれよ?」
ディオンは意地悪そうに空色の目を細めた。
私に黙っていた罪悪感を感じさせないように振る舞ってくれるディオンに、笑みが零れた。
窓の外には温かい陽射しが優しく降り注いで、木々の緑を柔らかく照らしていた。




