発作と魔法
光が降るようなサンルームで、直接太陽の光に当たらない場所に座りながら窓の外を眺めて紅茶を飲んでいた。
その時、体の奥から痺れるような痛みが走った。
痛みに耐え切れなくて、思わず顔を歪めて呻き声を出す。手に持っていた紅茶のカップを大きな音を立てて置いてしまった。
「お嬢様!」
傍にいたマリーが走り寄ってくる音が聞こえる。それに反応を返せない。
「すぐに旦那様とお医者様を呼んで参ります!」
私からテーブルを少し離してくれた後、マリーはそう告げると同時に走っていった。
マリーは私の性格を熟知してくれている。私が発作で食器や物を破損させるのは嫌な事を知っているので、いつも発作を起こすと壊れそうな物から離してくれていた。
いつもは決して走ることはない優秀で落ち着いている侍女のマリーは、私が発作を起こすと普段の落ち着いた様子など信じられない程素早く走る。
一年程は落ち着いていたその頻度が、最近は多くなっていた。
座っている椅子の肘掛けを強く握って痛みを堪える。
14歳になった私は、一度酷い発作を起こしてから『また』発作を起こすようになってしまった。この発作はうまく循環せず滞っていた魔力が一気に放出されてしまう事で体内を傷つけているものだ。
ディオンはまた新たな治療薬を見つけようと頑張ってくれている。以前に作ってくれた薬も続けているけれど、発作が起きたことであの薬だけでは症状を抑えることはできないことが分かってしまった。
それでも以前よりは発作の頻度も酷さも落ち着いている。
額を脂汗が伝う。目を瞑って自身の体内を引き裂くような酷い痛みの中、集中する。
放出されている自分の魔力を感じる。それを動かして術式を描いていく。同時に展開させる魔法は痛みを緩和する為の魔法と、周囲を知る為の映写魔法。
治癒魔法も使用できれば更にいいのだろうけど、この全身を貫くような痛みの中、傷ついた患部を探るのは至難の業だ。だからせめて、全身に痛みを緩和させる魔法を使っている。
少しだけ痛みが緩まる。それでも、魔力を放出しきるまで次々と増えていく痛みがなくなる訳ではない。
けれど、こうやって魔法を展開させていると発作も少し落ち着く気がするのは気のせいなのだろうか。
弱まった痛みに息を吐く。周囲を知るために張り巡らせた映写魔法を薄く開けた目でいくつも見ていると焦って走っているディオンが見えた。
ディオンが来ているなら、すぐにこのサンルームまで来るだろう。その前に映写魔法は消しておかないと心配されるかもしれない。
「フィア!」
そんな事を思っていると叫び声と共にサンルームの扉が開かれた。頭の端で遅かった、と思った。
緩慢な動きでしかそちらを見れない中、走り寄る音が聞こえる。
「フィア、発作が……!」
少し落ち着いてきた発作に、息を必死で整えながらディオンを見た。
「ディー……」
今なら声を出す余裕もできたようだ。そうした所で映写魔法を終わらせる。
映写魔法が散っていく音を聞きながら、椅子にゆっくりと凭れ掛かった。
その間にディオンは私の傍まで来て、私の手を握ってくれる。
「……発作、落ち着いたのか?」
ディオンが心配そうに空色の瞳を揺らした。
「ええ……」
それになんとか口角を上げながら頷く。
……なぜか、今日はいつもより発作が落ち着いている。
今日がいつもと違う所は……映写魔法をたくさん展開していた事だ。魔法を使えるようになった最近は、発作が起きる時に痛みを和らげる魔法を使っていたが、マリーが父や医師のカーティス先生を呼びに行っている間、周囲が気になって映写魔法で様子が見えないかと考えて一緒に使うようになった。
そうすると気の所為かもしれないけれど、なんだか発作が楽になった気がしたのでいつもそうするようになった。映写魔法の量を増やすと発作が早く落ち着くような気がしたのと、痛みを逃がすのに魔法に集中するのはちょうどよかったから今日は思わずサンルームいっぱいに映写魔法を展開してしまった。しかも外からは見えないように映写魔法でサンルーム内の映像も映し出す小細工もしていた。
ディオンの顔があまり見れない。映写魔法を展開中に入って来たディオンはそれを見ているはずだ。
「俺が少し治すね」
ディオンはそう言うと、透過魔法を使った上で治癒魔法をかけてくれた。温かい治癒の光が痛みを遠ざけていく。ディオンは治癒魔法もしっかり使えるようになっていた。
専門の医師には及ばないので、ディオン的には応急処置らしいのだが治してくれるだけでかなり痛みが引いていく。
ディオンの表情を見ると、少し眉を下げながらも私の発作が落ち着いているから安心したような顔だ。
その表情にほっとする。心配性なディオンだけど、怒ってはいなさそうだ。
透過魔法を使って治癒魔法で治すを繰り返すディオンに、思わず声を掛ける。
ディオンのお陰でだいぶ楽になってきた。
「……ディー、私が治そうか……?」
ディオンは魔法は力を使うと言っていた。私は放出した魔力を使うから全くそういった感覚はないので申し出る。
さっき映写魔法を展開されていたのも見られているし、きっと魔法を使っても問題ないのだとわかっているはずだ。
ディオンが空色の目を細めて、私を見つめた。
「……フィア」
その声は優しいのに、少し低めだ。ゆっくりと目を逸らした。
「後でさっきの光景について聞かせてもらうけど……フィアは魔法を使った方が、楽なのか?」
言い逃れをさせない声と笑顔だ。
これはちゃんと今まで魔法をこうして使っていた事も言わないといけないだろう。痛みを和らげる魔法を使っていたのはディオンも知っていたけれど、映写魔法の事は言っていなかった。
「……ええ……」
ディオンに頷く。確かに今日は楽だと思った。
「…………そうか。ならフィアに治癒は任せるよ。カーティス先生が来たらカーティス先生にしてもらうけどね。専門の医師だから。俺は魔力渡しでフィアの器官に魔力を行き渡らせるようにするよ」
笑って言ったディオンは私の手を握って、いつものように温かい魔力を私に流してくれる。
「ありがとう、ディー」
そう言いながら、私も自分の傷をなるべく治そうと透過魔法を展開する。全身を覆うと傷の箇所が分かる。私もディオンに付き合って少しは医療知識を入れているので、浅い傷だけでもと治癒魔法を展開させた。
複数箇所を一気に治そうと同時に何個か治癒魔法を展開させて治していく。
「……フィアの魔法は相変わらず凄いよね……」
ディオンの感心したような呆れたような声に、目を瞬かせた。




