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希う想い


 木漏れ日が俯いた貴方を優しく照らす。

 震える唇から出てきた言葉は予想していた言葉と同じもの。


「婚約を……破棄、してくれ」


 風がそよぎ、貴方のブルーグレーの髪が(なび)く。私と同じ目線になるよう座っている貴方の空色の瞳を、揺れた木漏れ日が映した。


 予想していても、その言葉に傷つかなかったと言えば嘘になる。

 だって、私の一番大切で大好きな貴方だから。

 貴方のことは何一つ、諦めたくないの。

 木漏れ日の下で、優しく私の名前を呼ぶ貴方の声が大好きで。私が振り向くと、とても優しい微笑みを浮かべている貴方が愛おしくて。貴方といる時が、私の大切でとても幸せな時間。

 だから最期までそうあって欲しいと、願うの。


 最期まで、貴方の隣にいたいと、こいねがうの。



 ***



 大きな木の陰に座りながら本を読む。屋敷から少し登ったこの場所は、生まれ育った屋敷と庭園がよく見える昔からのお気に入り。木の葉が擦れて出す柔らかい音と、優しく降り注ぐ木漏れ日がとても心地よい。

 そこに、耳馴染みのいい大好きな声が私を呼ぶのが聞こえた。


「フィア」


 笑みを浮かべて、私の前まで駆け寄ってきてくれる私の大好きな人。


「ディー」


 私も彼が来てくれた事に嬉しくなって、笑みを浮かべて彼の名を呼び、大きく手を振って応える。

 濃い蜂蜜色の髪が動いた拍子に揺れ、視界に映って、歪む。眩暈だ、と意識する前に木の下で座っていた体が傾ぐ。

 が、地面に着く前によく知った柑橘系の香りとともに抱き留められる。


「フィア、平気か?」


 歪む視界に映ったのは私が彼に贈った、私の瞳の若葉色の魔石のタイピン。少し視線を上げると、晴れた空の色の切れ長の目が心配そうに揺れていた。

 暗めの灰色の髪に木漏れ日が当たって、淡く青色に輝いてサラリと流れるのをはっきりとしてきた視界が捉えた。

 綺麗に通った鼻梁に寄せられた眉。心配してくれている事がありありと顕れているその表情に、思わず笑みが零れる。


「フィア?平気か聞いてるんだけど?」


 心配していた表情からむっとした表情に変わって、拗ねたような声で問いかけられる。


「ごめんなさい、ちょっと眩暈がしただけよ。平気」


 笑いながら彼の質問に答える。

 彼はひとつため息を吐いて、仕方ないといった風に苦笑した。私を片腕に抱いたまま、もう片方の手で倒れた時に乱れた私の髪を整えてくれる。


「平気ならいいよ。まったく、大きく手を振り過ぎて倒れるなんて相変わらずお転婆だな、フィアは」


 からかうように笑って、私の顔を覗き込む。

 細めた目は意地悪そうにしていても愛しそうで、恥ずかしくなってそっぽを向く。


「もう、からかわないで。今日は調子が良かったの!ここまでだってちゃんと歩いて来たのよ?マリーに手伝ってもらって」


 ね?と同意を求めるように、傍らにいた暗めの茶髪と榛色の瞳を持った私付きの侍女、マリーに顔を向けた。

 彼も同じように顔を向け、問いかける。


「本当かい?フィーリアは無理しなかった?」


 マリーは優しい榛色の目を細めて答える。


「はい、ディオン様。本日のお嬢様はとてもお元気でした。ここへも介添えはしましたが、お嬢様自身で歩いて来られましたよ」


「そうなのよ!すごいでしょ!」


 マリーの言葉に頷いて胸を張る。

 そんな私を優しく二人が見守ってくれている。それがわかっているから、とても幸せだ。


「ふふ、そうだな。偉いよ」


 優しく笑って、大きな手で私の頭を撫でる。彼のこの手も大好きだ。


「でも、フィア。ダートン様からかなり長い時間ここにいるって聞いたよ」


 父の名を聞き、心配をさせてしまっただろうかと思って不安に顔が陰る。


「お父様、心配してた?」


「いや、マリーが一緒にいるから大丈夫だとは思っているようだったよ。でも、長い時間ここにいたならそろそろ戻らないか?」


 安心させるように笑って、不安で思わず握っていた手に彼の手が重ねられる。


「そうですね。ディオン様と一緒に帰りましょう、フィーリア様」


 マリーもそう言って、私は頷いた。


「ええ、そうね。ありがとう、マリー」


 なるべく私が外にいたいのを理解しているマリーが、無理ない程度に外にいる時間を延ばしてくれていたことはわかっていた。

 マリーは優しく微笑んで、頷いた。


「じゃあ、帰ろうか」


 ディオンがそう言って、私を横抱きにして抱え立ち上がる。


「わっ!ディー、私まだ歩けるわよ」


 抗議をして、ディオンの胸を軽く叩く。彼は慣れたもので、そのまましっかりとした足取りで歩き出す。その後からマリーもついてくる。


「俺がフィアを抱えて帰りたいんだ。嫌か?」


 その言い方はずるい。もう一度彼の胸を軽く叩く。


「嫌な訳ないじゃない」


 そう答えると、ディオンは悪戯が成功したような無邪気な顔で笑った。

 長く外にいたからか、少しだけ疲れていた体を彼の胸に預ける。屋敷まで歩けるけれど、少し疲れていたのをディオンはきっとわかっていたのだろう。

 なんとなく悔しくなって、彼の胸に頭を押し付ける。


「ありがとう、ディー」


 小さく呟く。彼は返事の代わりに私の蜂蜜色の髪に口づけを落とした。




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