P6 白雪雫花が嫌いだ
「いらっしゃい。」
「ども、お邪魔します。雫花さん。」
扉を開けて来客である『光野修司』を招き入れる。
「テキトーにくつろいでよ」
「あ、はい。」
言われるがまま、修司は床にちょこんと座り込む。
優しい瞳にマッシュを崩した今風な髪型。
白いTシャツに水色のワイシャツ、ジーパンとごく普通の格好だ。
モデルである私に会うと言うのに、そこら辺を気にしないラフな格好だ。
誰に対しても普通に接する。
彼の強みであり、弱み。
心の内側がまるで見えない。
「お茶でよかった?」
「お構いなく。僕は話が出来れば、それで充分です。」
「はぁ。わかってないのね。ただの話し合いほど進まないものは無いものよ?お茶やお菓子を嗜むことで、緊張がほぐれるし楽しいんじゃない。」
私はため息混じりで、語ってみせる。
この人には呆れることが多い。昔の輝きはあの日から消えている。
「また、心理学的なエビデンスのある話ですか?操作されているみたいでボクは好みません。」
冷めたように流す修司。まるで私の話に興味のないような様子だ。
仮にもモデルなんですけど?という文句は言わないでおこう。
「どう受け取ろうと勝手だけど、自分が学んだ知識を日常に生かすのは悪くないと思うのだけれど?」
とは言ったものの、口調が強めになる。
「……そうですね。」
私のややイラついた返しに気圧されたのか、素直に答えてみせる。
突っかかってくる様を見るに気がついたようだと理解する。
澄の変化の裏に私がいることを。
普段鈍い割に、変なところで勘が鋭い。
「それで?学園祭の有志の話だったかしら?それとも、イベントに出ろと?」
本当の目的は理解しているが、そう易々と情報を与える訳にも行かない。
私も彼から欲しい情報はあるし、自然な流れで元々の話を進めてみせる。
私はテーブルの上にグラスに注いだ緑茶を2つ並べる。
足を組み、ソファに座り、修司を見下ろす。
「……お願いできますか。学園のOGである『白雪雫花』さんにお願いしたいんです。」
きっと嫌味がある訳では無い。
だが、私のコンプレックスが異常に刺激される。
理解するのと受容するのは大きな違いがある。
理解出来ても受け入れ難いものはある。
だから、人は争うのだ。
私はそのまま、静かな怒りを向けることにした。
「……私じゃなくて『しずく』がお目当てなんでしょ?」
「……それもあなたの顔のひとつじゃないですか」
否定はしない。そういうつもりか。
ここは、嘘でも『そんなつもりはありません』が正解なんだよ。
何の気なしに返ってくる言葉。
私の少し苛立った感情も読み取れず、踏み込むというのだろうか。
許されるわけはない。
この一線を許しているのは一人だけ。
「交渉決裂ね。帰んな。」
わたしは足を組み直し、修司から顔を背ける。
「……そうですか。残念です。」
悲しそうに、だが、潔く下がる。
本来の目的では無いのだろう。
それがハッキリと伝わってくる。
本当に私には興味が無いのだな。だが、それは私とて同じことだ。
お互いに寄り添う気がない。
だから私は本性を少しだけ、さらけ出すことにした。
「桃子から聞いた。あんた大学でも、たらしこんでるってね。」
「……桃子先輩とお知り合いなんですか?」
「そりゃあね。」
修司の顔はみるみるうちに青くなっていく。
思った通りだ。
「私を出し抜くなんて、馬鹿なことは考えない事ね。」
「……そんなつもり……ないです」
「それはどっちに対する回答かしら?」
「どちらともです。たらしこんでもいないし、あなたを出し抜こうとも思ってません。」
「だから、先輩2名、同級生3名振ったって訳?ああ、あと男性からも告白されたってね。」
「……桃子先輩は随分口が軽いんですね。」
「認めるのね?」
「どうでしょうか。」
「今の、テキトーに言ったんだけど?」
「え?」
「……さ、帰りなよ。あなたへの興味そこまでないのよ。『ファイル5だしね。』」
「ファイル……?」
「興味の話しよ。」
困惑した表情を見せつつ、ほのかに残る苛立ち。
全く、わかりやすい男だ。
眉の動きが敏感で、瞳孔が開く。
落ち着いているように見えて、拳は握り込み、心音が強い。
耳なんて真っ赤で、唇はずっーと震えている。
少し震えながら、疲れた様子で玄関から出ていく。
ガタンと乱暴にドアが閉められて、修司が口を付けなかったお茶を飲み干す。
「可愛くない子ね。」
そのまま、足取りを進めて窓のカーテンを開ける。
下の駐輪場に修司の姿を捉える。
前髪をかきあげ、耳にイヤフォンをさす。
髪の毛は皮膚よりも敏感。
聴覚刺激をシャットアウト。
好きな快刺激のみを入力して心の平穏を保つ。
「全くいい所なんて一つも見つからなかったわね。」
私はそっとカーテンを閉め、ソファに横になる。
「……。」
孤独だ。
暗い部屋に一人。静寂が妙に気持ち悪く、荒んだ心を加速させる。
だれとも、繋がっていない孤独という感覚。
切り取られたように、切なくて。止まった針を進めることは出来なくて。
私は一人の青年に思いすがることしか出来ない。
会いたい。
彩に会いたい。
ーーーーーーー。
「んで、なんで部屋にいんの?まだ仕事中なんだけど」
「うーん?いちゃダメなの?」
「まあ、別にいいけどさ。」
私は気がつくと彩の部屋にいた。
我ながら彼には随分懐いてしまっている。
さっきの意地悪な私を知ったら、彩はなんというのだろう。
「……なんかあったか?」
「……え?」
パソコンを操作しながら、彩は私に問いかけてくる。顔もろくに視界に入っていないだろうに、凄い人だ。
私の心なんていつもお見通しなのね。
「分かるよ、それぐらい。」
自然と返ってくる言葉。
観念して話しても良い気がした。
「……友達に意地悪しちゃった」
「いいだろ、別に」
「そお?」
「したくてした訳じゃない。シズのパーソナルスペースを超えてきたんだろ?」
「なんで……」
「それぐらいわかってる。」
なんで、わかったの?と言い終わる前に言葉を遮られる。
彼の私に対する理解はどこから来ているのだろうか。
本当に愛おしく感じる。
彼は決して私を責めない。
理解しようとしてくれる。
彼は本当は修司にもそうしたい、はずなのだ。
なのに、怒りが先行してどうしても上手く話せない。
素の彼は人に寄り添うことが大の得意なんだ。
「パーソナルスペースの話なんて、言ったことないもん」
「それでも知ってるのさ。俺は何回も超えて怒られてるからな。」
ははっと爽やかに笑ってみせる。
「……生意気。後輩のくせに。」
「ひとつな。」
「それでも!……後輩なんて生意気で嫌い。」
「俺も嫌いかい?」
「あ、いや。…その、だから。」
唐突に攻めてくる彩。私はこあいう攻めに弱い。
呆気にとられ動揺してしまう。
「ジョーダンだよ。」
ニコッと微笑む様がいじらしくして、愛おしい。
ただ、話しているだけで、心が満たされる。
「かっ!こ、この!!くっつくぞー!」
「おわあっ!?」
私はもどかしくなって、そのまま椅子に座って作業中の彩に抱きつく。
ーーーーーーーー。
「いってて……。あの、仕事終わらないんですけど……?」
椅子から落ちた彩。
わたしは彼の上に乗っている。
「……だめ?」
「……病気治ってないし。」
「治ったら、いいの?」
「分からない。でも、嫌では無い……ただ、中途半端は嫌だ。」
「私の事、好きじゃないの?」
「そういう目で見ないようにしてる。……君は素敵だから。」
「……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいの。……抱きしめて?」
「っ……でも。」
彼の中で人を性的な目で見ること、意識することはどうしても嫌悪する事柄に入る。
人に対して、ではなく。
自分の血・本能に対して、病的なまでに潔癖なのだ。
「ただのハグ。…やましいことなんてない。海外では挨拶だよ?」
「そのノリで言ったら、キスもできるじゃんか。」
「……え?してくれるの?」
「ち、ちがうって。ここは日本。……俺は仕事中!君は今をときめく大人気モデル!……ダメな要素が多すぎる!」
「……あはは、だよね。ごめん。……なんか、久しぶりに寂しくってさ。」
私はそのまま、彩から離れる。少しはしゃぎすぎた。
刹那。
「……んっ!」
「こ、これでいいか……?」
彩は後ろから軽く私を抱き寄せる。
あ、あれ?不意打ちだからだろうか。
鼓動がものすごく早くて、心臓が張り裂けそうで。
息ができないぐらい目の前が真っ白で。
なにこれ。
あつい。あつすぎる。体全身が彼の温もりでいっぱい。
体が火照って幸福感が収まらない。
とめどなく、幸せの波が襲ってきて、私と彼だけのように感じられる。
がっしりとした腕。私はそっと触れて、また更に鼓動が高鳴る。
「男の子……なんだね。」
「なんだよ、今更。」
少し上ずった声。
緊張で手が震えている。
私も同じだ。
彼はとても今頑張ってくれている。
本当はきついはずなのに。
その自傷とも言える行為が、私のためになされていると言う事実。
今だけは、彼は私を見てくれている。
私のために頑張ってくれているとハッキリと認識できる。
「もっと、ぎゅっと、して?」
「壊れそうで、怖い。」
緩んで離れていく手。
わたしはすかさず掴んで、正面で抱き合う。
「……やだ。ダメ。……もっと、感じたいの。」
「ぐっ……だめ、だって。」
「これ、やばいかも。…私、もう壊れそう」
私もつい、声が上ずるのがわかる。顔から耳まで全身が桃色で、紅潮しているのがわかる。
「ねえ、私……ずっと」
いまなら、言える。
やっぱり、私は。
ーーーーーーー。
刹那。強引に引き離されて、夢から覚めたような感覚に陥る。
「くっ、はぁ、はぁ。……ダメだった……これが限界だった、ご、めん。」
少し疲れたような顔でニコッと笑う彩。
そのまま、倒れ込む。
「……え?あ、あ、あぁ、あ。」
目の前で倒れ込んだ彩。
全身に寒気が走る。
何をした?
何をしている私は。
何をしている私は。
私は。私は。私は。
「わたしはぁあああああっ!!!」
「シズ姉!!!!!」
強烈なビンタにより意識が覚醒してくる。
「いた、い?」
「落ち着いた?」
「澄ちゃん……?」
「おにいは大丈夫だよ。すこし頑張っちゃっただけ。シズ姉は悪くないよ。」
目の前に天使が現れた気がした。
いや、ビジュアル的には悪魔の方が似合うか?
ギャル天使というのも悪くは無いだろう。
「私途中から、抑制効かなくなって。」
「当たり前だよ。好きな人とあんなに接近したんだから。」
「え?見ていたの?」
「もちのろんでしょ!大人のエッチを見たかったのだ!」
「なに馬鹿なことを言ってんのよ!」
わたしは澄に優しくデコピンする。
「あた!」
「……でも、フォローさんきゅ。」
「ううん。気にしないで。おにいはシズ姉といる時が一番普通だからさ。……じゃ、私部屋戻るね。おにい寝てるけど、襲っちゃダメだよ?」
「……そうね、今日はやめとく。わたしもパニックるし。」
「そうだね。」
ーーーーー。
「澄……。イオリ……。」
「妹ばっかりね、本当に。」
「……シズ、す。」
「……?」
「す、」
「……!」
「……み」
「そっちか。ま、3番目には意識してるってとこね。」
去り際の部屋。彩の寝言を聞き、私は部屋を後にした。
「……メイ」
「……メイってだれよ。」
私はその寝言だけは聞き逃さなかった。
ーーーーーーー。
「今日もいえなかった……っと。」
帰宅早々、カバンを投げ飛ばしベッドに横になる。
まだ鼻に残る彩の香り。
意識するだけで、キュンとする。
「むふふふぅ〜!」
嬉しさのあまり鼻歌を交えながら、ベッドを左右往復する。
刹那。
『メイ……』
思い出される彩の寝言。
「誰よ!くそお!」
私は苛立ちと焦りを隠せない。
誰もいない部屋で一人叫ぶ。
なんと虚しい。
年下であろう。彼が現段階で接することの出来る女はそれぐらいだ。
妹属性が薄いことを願う。
年下で、仕事。
塾の生徒、家庭教師。
その近辺が怪しいだろうか。
やってくれる。
私というものがありながら、伊織と澄以外で意識されるとは。
「……うーむ」
さすがに今の思考は自分でもゾッとする。
強すぎる彼への執着が見て取れる。
それに彼が倒れただけであの取り乱し。
「桃子以外で初めてビンタされたな。」
叩かれた右頬を軽くさする。
もう痛みもない。赤みもない。
「桃子が大学院もうすぐ卒業。そして、修司ちゃんが青愛入学。修司ちゃんが私の後輩か。」
ーーーーーー。
OGでの相談は先に桃子から連絡を受けていた。
桃子も青愛卒業生で現在は大学院に通っている。
青愛に修司が入っていることに気がついて、桃子に事前に修司の話を聞いていた。
桃子はもう有志の話は受けていて、何度か最近青愛に足を運んでいるようだった。
修司の情報を得るのは容易だった。
『修司……あぁ。『ひかりの王子様』だとさ。学園でも人気だよ』
『アンタより人気なの?』
『さあ、どうだろ。わたしと海は付き合ってるからね。フリーな王子様の方が人気なんじゃないの?私の後輩も追っかけで青愛入ったって』
『へえ。』
『ね!情報教えたんだから一緒に有志お願いね!』
『他に頼みなさいよ』
『はあっ?!話が違うじゃない!』
『なら、ビンタでもする?』
『その弄りやめて。』
『同級生ビンタした話はスカッとしたんだけどねえ』
『やめて。怒るよ?』
『はいはい、有志ね。いいよ。』
ーーーーーー。
事前に話をつけたことを伏せてもらっていた。
案の定、修司はそれを口実に来た訳だが。
原因はこのサイトか。
私はネット記事に自分のことが簡潔に書かれていることを知っていた。
参考図書『しずく』ね……。
中でもこの記事は今実践している澄と重なるところがある。
「情報が少なかったからか、踏み込んでこなかったのは。」
ということは、なにか引き出さそうとしたが、私に手玉に取られたというわけだ。
可哀想に。
だが、澄が実践して2ヶ月。
進展は無さそうだ。
あれから定期的に遊んでいるはずだが、動かない。
「困るのよね。動いてくれないと。」
澄は演じることを辞めたおかげで、スッキリとした様子だ。
だが、想と付き合ったことで別の視点も生まれた様子が伺える。
反対に想は心身的なストレスがかなり強まっている。自由さが際立った澄に翻弄されているのがわかる。
それに、もう1人、伊織とも関係を築いている。
ヒーリングスキルが高すぎる。
本人への負担は相当だろう。なによりも辛いのが事故により伊織の事を忘れていること。
そして、その事故が澄を助けようとして起きた事故だと、澄が知らないということ。
この事故というポイントは『澄・想・伊織』の関係を大きく揺るがす気がする。
伊織も同様にイマジナリーフレンドの表出も落ち着いたように見える。
想に今度相談と称して、色々聞いてみるのも悪くない。
問題は二つ。
私と彩の関係が全然進まないこと。
そして、光野修司が何も変わっていないこと。
このふたつがとてつもなく問題だ。
「ファイル5と6が足を引っ張るなんてね。そのせいで、1の彩と4の想に負担がかかっている。2の澄と3の伊織は良い影響が期待できてるけどね。」
私は棚に羅列された中の一番薄いファイルを手に取る。
『ファイル6』。
私のことをまとめた書類だ。
ーーーーー。
ファイル6 『白雪雫花』
高校生の頃。
生徒会の選挙で私は生徒会長の座を逃し、生徒会副会長へと任命された。
私はモデルとして活躍する前は子役をしていた。
だが、成長するつれて売れなくなっていき、プロダクションの方針から、解雇された。
簡単に言えば、『私』を誰かに見て欲しかった。
ずっーとみんな、私を見てくれていると自信を持っていた。
でも、それは違う。
子役として演技をしている「しずく」がみんな好きだったのだ。
私の事なんて1ミリも見ていない。
案の定芸能活動を辞め、知名度がグッと下がった私に誰も近づかなくなった。
いつしか、人間なんてこんなものだと諦めていた。
気がついた頃には孤立していたように思う。
否、私が壁を作ってしまっていた。
一度、人間関係がリセットされれば、普通の生活が始まる。
高校生からは、普通の学生として過ごせていただろう。
そこからは、皆私を普通に見てくれるようになった。
だからこそ、注目されることが嬉しかった。
ようやく、一人の人間として認められたと感じた。
それまで普通の生活なんて営んで来なかった。
日々の激務、少ない睡眠時間。練習と台本を読む毎日。
基礎練の数々。
期待の重み。
それに比べれば、普通に学生生活なんて、余裕で楽しかった。
成績を良くすれば、運動を頑張れば、委員会を率先すれば、部活を楽しめば、私は周りから賞賛され続けた。
だからこそ、私は学生の頂きに興味が湧いた。
あそこにたどり着けば、誰よりも注目されるはずだ。
誰しもが、認めてくれるはずだ。
私、『白雪雫花』のことを。
一人の人間として、認識されるはずだ。
だが、結果は一票の差で副会長の座へ。
何故だ。
私はずっと頑張ってきたのに。
私は悔しさのあまり、早々に体育館から退場した。
先生も私の頑張りを認めてくれたのか、肩に手を乗せて「少し、休むといい」と言ってくれた。
数分、トイレで過ごし涙を洗い流した。
「よし、戻ろう。」
刹那。
飛び出してきた男性と衝突する。
ーーーーーーー。
一瞬視界が揺れて、自分が転倒したことに気がつく。
「……いってて。あっ大丈夫ですか?すみません、急いでて!」
目の前に見たことない生徒が居た。
「……誰?」
私は自慢では無いが、全校生徒の顔を把握している。
人を観察したり関わったりするのが、好きなのだ。
「あ、俺『真島彩』です。サイって言います。」
短髪の黒髪。前髪を分け、青い色のメガネをかけている。
切れ長の瞳がとても魅惑的で、色気がある。
あまりメガネ男子は好みではないのだが、どこか冷たい瞳、不思議と惹き付けられる。
見るとカバンを背負っていることに気がつき、ひとつの疑問が生まれる。
「あなた、今登校したの?」
「あ、はい。昨日ちょっと色々あったもんで。」
「なら、選挙……は?」
「もう……終わってます?」
「とっくにね。」
「遅かったかあ!」
「ちなみに誰に入れるつもりだったの?」
「白雪って人……ですかね。生徒会長になるなら、あの人しか居ない。」
「そう……ふふ、なんだかおかしいわ。」
だって、目の前にいるのに気がついていないし。まあ、放送での演説や遠目で見ていたんだろうけど。。
「え?何がですか?」
私はゆっくりと立ち上がり、微笑む。
彼の分がもし入っていれば、同点。
生徒会長様と私は同率にいたわけだ。あの『幌先鈴蘭』と同率だ。
幌先鈴蘭といえば、琴上家当主の孫娘として有名だ。
品行方正、成績優秀、オマケに可愛らしい見た目で学内でもかなりの人気だ。とにかく性格が良くて、彼女にはいつも多くの人が集まっている。
そんな有名な彼女と私は並んでいたのだ。
「会えてよかった、サイ。」
「ええ、どうも?……ところで、先輩は?」
「私は白雪雫花、残念ながら生徒会長は鈴蘭に取られたけどね。」
「……え、白雪さんでしたか……あはは。……申し訳ないです。(本人前にして気が付かないとさすがに失礼だな、投票してないし、何やってんだか。)」
私が手を差し伸ばすとサイは、困ったと言うような顔の後に、やや曇った表情で手を取る。
「……ん?」
まるで、触れられた気がしなかった。
「長々とすみません。ほんと、すみませんでした!じゃ、職員室行かないと行けないので。……その、生徒会長惜しかったですね。」
「え?惜しいって?」
「俺の入れてたら勝ってたんでしょ?本当申し訳ないです。」
「いや、あなたのを入れても同率よ。気にしなくていい。」
「え?おっかしいな、1年生何人かやめたんで、奇数なんですよ、全校生徒。誰か無効投票したのかな?」
「……そういう、ことか。」
おかしいと思った。
違和感はそこにあったのか。
負けた時確かに数が少ないと感じた。
彼に会ったことで勘違いしてしまったが、確かに奇数なら割り切れない。
頭に先程まで隣に立っていた鈴蘭の顔が思い出される。
『勝っても負けても、同じ生徒会!頑張ろうね!!!』
なんて意識の高い人だ。
自分に投票しなかったわけか。
もちろん私にも入れず、数を偶数にした。
同点になったらどうするつもりだったのだろうか。
まったく笑えてくる。
自分の汚さが浮き彫りになっただけだ。
私ならしっかり自分に入れた上で、無効投票したと嘘をついて演説に利用した。
「……完敗だったわけね。わたしは目立ちたいだけだったのよ。」
「……別にいいじゃないですか。みんなそんなもんですよ、フツーです。」
「……え?」
私は俯いていて自分の足を見つめていたが、ふと顔が上がる。
「先輩の頑張りは本物ですよ。だから、俺はあなたを推したんです。」
ニコッと爽やかに純粋に笑ってみせる。
「でも……!鈴蘭だって!私なんか!!!あなた何も知らないじゃない!私の顔だって、知らなかった!適当なこと、いわないでよ!!!」
なんにも、知らないくせに。私の孤独なんてだれも理解してくれないんだ。
一度溢れ出た感情は爆発してとめどない。
溢れて、溢れて。彼に、初対面の彼に会ったつい、ぶつけてしまう。
でも、彼は真っ直ぐな瞳で私の言葉を受け止めてくれる。
「俺は……!!!輝いている人より、輝こうとする人を推したいんです。紛れもなく、俺のココロを奪ったのはあなたです!!!………あなたの演説が心に響いた!あなたの頑張る姿が素敵だと思えた!!」
「なあっ!?」
恥ずかしいセリフを勢いに任せて言う彩。
私の荒んだ心を彩っていくのが分かる。
ああ、そうか。
わたしは誰かにこうやって言われたかったんだ。
何故だろうか。そう理解してしまった刹那、心が満たされてときめくのを感じる。
「す、ストップ!ストップ!わ、わかったから!行きなさいよ!もう!!」
私は顔面を真っ赤に染めあげ、彩の背中を押す。
「おわわ!押さないで下さいよ!…。なに、照れてるんですか?可愛いっすね!」
「う、うるさい!後輩のくせにナマイキ!!!」
ーーーーーー。
後になって聞いた話だが、バイト中に倒れたらしく遅れて学校に来ることになったようだ。
私が彼を知らなかったのも、学校終わって直ぐにバイトに向かうからだ。
そして、成績一覧表にあった『彩』という名前。
わたしはカレをアヤと読んでいた。
てっきり頭のいい女の子がいるんだと思っていたが。
あんな、生意気な後輩だったとはね。
成績優秀、数多くのバイトの掛け持ち、吸い込まれるあの瞳。
私に向けてくれたあの言葉。
それからわたしはどこかコンプレックスに落ち着きが出てきて、承認欲求は減って行った。
そして、次第に彼へ興味を持つようになって行ったのだ。
ーーーーーー。
「調べれば、調べるほど。私たちは『こじらせているのよね』。」
澄は最初本当に他人だったが、彩の彼女への愛情が徐々に素敵なものに感じて行った。
劣悪な家庭環境にありながらの二人の家族としての愛情は守りたくなる尊さがある。
澄の真っ直ぐな、修司への気持ちも何とかしてあげたい。
失ってしまった修司の輝きも取り戻してあげたい。昔はあんな残念な男ではなかった。
想の誰かに認められたい、誰かの特別になりたいという奥底の気持ちも分かる気がする。
伊織の寂しい気持ちも内に秘めた黒い感情も救ってあげたい。
なによりも私は、彩の隣に居たい。
そして、いつまでも、闇に囚われている彼の心を救いたい。
そのためには、こじらせている私たちの関係を進めなければならない。
それは、一番近くて遠い私が適任なんだと思う。
ま、建前で、調べていくうちにみんなのことをなんとかしたいという、お節介なお姉さんが出てきただけなのだが。
そして、全部終わったら、きっと彼も。
その頃には私も自分を好きになれるはずだから。