P10 恋色に染まる紅葉
あの日の景色を、鮮明に覚えている。
透き通る肌に美しい衣装。
自信に満ちていて、彼女から目が離せない。
家族以外で、初めて隣にいたいと思った。
純粋で素直に、この手を伸ばして渇望した。
『彼女と生きていきたい』と。
ーーーーーー。
ピリリッ。
目覚ましのアラームをすぐに止める。
秋になると見てしまうのは、決まってこの夢。
青愛学園祭のミスコンで見事一位に輝いた『白雪雫花』。
彼女の姿が網膜に焼き付いて離れない。
不意に天井に向けて手を伸ばす。
俺にとってはどれだけ時間が経っても届かない。
太陽、月、星。
どれでもない。
なんとも形容しがたい存在だ。
ーーーーーーー。
私服に着替え身だしなみを整える。
『これ、お揃いのイヤリング。当日つけてきてよね。』
シズから貰ったイヤリングを見つめる。
純白の丸い玉が付いたイヤリング。
「男は左…だったな。」
イヤリングが映えるように左サイドの髪の毛を耳にかけ、右側の前髪は下ろす。
髪のセットを終えて、なれない手つきでイヤリングをつける。
まあ、こんなものだろう。
お気に入りのメガネはカバンに入れてコンタクトをつける。
黒のシャツの上に薄暗いジャケットを羽織り、下にはジーパン。
スマホと鍵、財布のみを持ち外へと出る。
「この歳で学園祭……ね。」
苦笑いしつつ、俺は外へと踏み出した。
ーーーーーー。
待ち合わせ場所である噴水のある公園につき一息つく。
「少し早かったか。」
刹那。視界が暗くなる。
一瞬驚くが、ふわりと香る花の匂いに状況を把握する。
「シズ……だろ?」
「正解〜!早いのね」
「待たせたか?」
「ううん!今着いたとこ!」
黒い帽子に右耳のイヤリングが白い光を放つ。
大きめの縁のメガネがいつもと違う雰囲気を醸し出しているが、シズで間違いないだろう。
肩の出るニット生地の服に、短パン。
ストッキングが美脚のラインを演出している。
「どお?お忍びでも可愛いっしょ?」
「シズが可愛くない時なんてないよ。」
「お、おお。中々、いいパンチするじゃない。」
「ん?」
「アンタも中々素敵じゃない。そういう髪型も悪くないんじゃない?」
「ああ。イヤリング。目立つ方がいいかなって。……シズとお揃いだしな。」
「……気に入ってくれて嬉しいよ。」
はにかむように笑ってみせるシズ。
不思議と頬が赤くなっている気がするが、気のせいだろうか。
俺は不意にシズの手を取り、歩みを進ませる。
「ちょっ……!」
「始まるぞ?はやくいこう。」
「う、うん!」
ーーーーーーー。
シズは学園祭のOGとして、メインとなるミスコンの特別ゲストとして参加する。
また審査員特別賞として、優秀な女の子を選出する権利を設けられたらしい。
モデルの観点と、元優勝者である彼女だからこそ求められる仕事だ。
今日は学園祭2日目。
メインとなる日だ。
前日は、生徒公開日で学生たちは大方昨日満喫している。
今日は、一般公開日。
他校の学生や、保護者、地域住民など、大賑わいの日だ。
会場である青愛につくと、人混みの多さに笑いが込上げる。
「凄い賑わいだな。」
「そりゃあね、毎年こんなもんでしょ。」
青愛は学業と文化系の部活が盛んな学校だ。
秋の芸術の祭典とまで言われている。
吹奏楽に美術、軽音に漫研。
映像制作部、手芸、書道、茶道、料理研究。
部活動の数が半端ではない。
それら全ての活動において、高い成績を残し、それら全てが展示されるこの学園祭は高い評価を得ている。
だが、近年スポーツ系の部活も注目されており、各運動部によるイベントも行われている。
チラシの一部に視線を落とすと『白馬の王子様ショー』と意味のわからないショーも開催されるようだ。
「ああ、それね。修司ちゃんが色んな部活の人と戦うのよ。」
「修司が……?バスケのサークルじゃなかったか?」
「あれね。どうしても春風に勝ちたいって懇願されて少しだけ所属してたのよ。」
「相変わらず、ハイスペックだな、あいつ。」
ーーーーー。
「ここ!ここのスイーツ美味しいって評判なのよ!入りましょ!」
しばらく歩いていると、料理研究サークルによる喫茶店にたどり着く。
昨日の学生公開の日で大変人気だったようで、かなりの賑わいだ。
中に入るとメイドのコスプレをした女性陣に囲まれる。
「お帰りなさいませだニャン!お嬢様!お兄様!」
「きゃわわわ!!なにこれ!手作り衣装!?可愛んですけど!」
「あはは。人気の理由はこれか……」
「ささ、お兄様!お席へどうぞ!」
冷めた態度でいると巨乳なお姉さんに腕を掴まれる。
どくん、と心臓が高鳴り全身の血が煮え滾る。
刹那。
「ね、席行きましょ?」
シズが反対側の腕を掴み、花の香りが抜けて意識が戻ってくる。
「ああ。」
俺はシズに言われるがまま、席へと案内される。
席に座ってからの対応は普通通りで、すこしほっとする。
アイスコーヒーを口にして、しばらくして冷静になってくる。
「アンタが苦笑いしてるからよ?女の子はね、殿方に可愛がって貰えた方が嬉しいんだから。」
「そ、そうか。それは俺が悪かった。」
確かにどちらかと言うと今日の俺は楽しむ気持ちよりも憂鬱な気持ちの方が強かったのかもしれない。
サービスのひとつで抱きつかれて、これでは失礼だなと自分に言い聞かせる。
シズには、なんでも見透かされているようで頭が上がらないな。
そして、教えて貰える普通かあって、居心地が良い。
だが、やはり気分が上がらないのは事実だ。
シズと二人で楽しむ。ただ、それだけ思えるほど俺は器が大きくない。
この学園祭は、シズが手の届かない存在であることの証明だ。
テレビや雑誌で目にする分には、尊敬するだけで済む。
だが、いざ目の前で輝く彼女は、俺には眩しすぎる。
『あの日』の俺もそう感じた。
だけど、それと同時に俺の想いにも気がついてしまったから。
ーーーーーー。
「あんまり、楽しくない?」
先程まで美味しそうにスイーツを満喫していたシズ。
ふと、不貞腐れたように頬を膨らませて、ジト目で俺を見る。
「いや、楽しいよ。はしゃいでるシズを見てたら笑顔になれる。」
俺は慌てて顔を取り繕う。
「なんだか、私ばっかり楽しんで浮かれてる感じ。ほら、あーんして?」
やや機嫌悪く差し出されるパフェに仕方なく口を開く。
シズを怒らせたいわけじゃない。
ここは従っておこう。
「ん!こ、これは……なかなか行けるな!」
すこし声色を高くして、頬を緩ませてみせる。
あとは瞳も優しく細くしてみる。
「ふふん!でしょう?」
満足気に微笑むシズ。
彼女に不安な顔はさせたくない。
俺はできる限り、彼女の求める俺でいなければならない。
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彼女は俺のことが好き。
何度もそう伝えてもらっている。
俺の気持ちもきっとそうなんだと思う。
だけれど、俺には人の愛し方が分からない。
形や行動で示すやり方は好きじゃない。
だけれど、彼女はそれが普通だと言うし、それに至る感情も当たり前のことだと教えてくれた。
俺は一緒にいるだけで、満足なのに。
彼女にとっては、それだけでは足りない。
だけど、俺も彼女を満足させてあげたいと求めてしまう。
彼女をもっと俺に夢中にさせたいと。
俺だけのものにしたいと。
でも、それは獣だ。
俺の中にある獣なんだ。
だから俺は、いつも手を伸ばしては、その手を下ろすことしか出来ない。
どこか、きっと俺は怖いのだと思う。
大切なものはすぐに傷が入る。
守ろうとしても、自分には限界がある。
そして、当たり前なんて簡単に壊れると俺は知っているから。
だからこそ、どこかヒトに期待しないように生きてしまったのかもしれない。
シズは違うと、知っているのに。
踏み出して、拒絶されるのが怖い。
ーーーーーー。
書道展示や美術展時に瞳を奪われ、子供のようにはしゃぐシズ。
見ていると暖かいもので満たされていくのがわかった。
普段大人っぽいのにしっかりと情緒が豊かで一人の人間だと認識できる。
ありふれた日常を等身大で楽しめる彼女は眩しくて素敵だ。
そんなカノジョの隣に俺はどれほど近づけただろうか。
俺は普通を知らない。
もっと純粋に楽しめればいいのに。
ーーーーーー。
あっという間に終わる学園祭。
ミスコンに澄やメイ、伊織が出ていたとは驚きだった。
しかしながら、自分の選んだ人にも意外が隠せなかった。
しずく
俺は用紙にそう書いて提出した。
その紙を無意識に提出したことで、俺はようやく自分の感情に整理がついた。
あの日から、もう。
俺の中で、答えは出ていたんだと。
「やっぱりここは綺麗なところよね。」
中庭の大きな木。何年経ってもこの瞬間の景色だけは変わらない。
紅葉が美しく咲き誇り、シズをさらに美しく演出する。
「少しだけお願いして、数分だけここ借りれたんだ。」
「そうなんだ。この景色を俺に?」
『恋染め色の紅葉』この学園につたわる伝説。
ここで告白したものは、恋色に染まる景色を見る。
つまりはどんなに絶望的でも、想いが成就すると言われている。
この景色を以前、シズに見せてもらったことがある。あの日だ。
「それもあるけど……。ほら、私が大学を卒業してもうすぐ五年。わたしはね、もう待ってられないなって。」
「そうだね。」
また一緒に学園祭に行こうね。と約束した。
そして、彼女はその時までに振り向かせてみせる、と俺に向けて言って見せた。
その時にはもうきっと答えは得ていた。
俺が自分と向き合うのが怖かっただけで。
きっと、これ以上は待たせては行けない。
オレは真っ直ぐにシズを見つめる。
桃色に染まる頬。秋の空と夕暮れが紅葉を優しく照らし、シズを包む。
そばにいないと遠くに行ってしまいそうで、近づくと俺はどこかに落ちてしまいそうで。
だけれど、俺は歩みを進めていく。
そして風が優しく髪を揺らす。
帽子とメガネを取って、シズは口を開く。
「好きなの、彩。どうしても、一緒にいたい。」
俺は。
「俺は……っ!」
切り出した刹那。
俺の中で多くの出来事がフラッシュバックした。
過去のトラウマ、シズとの出会い、シズに恋したあの日。
何度も手を伸ばしたあの日々を。
思い出さずにはいられなかった。
目の前の紅葉がさらに紅く染まるのを感じた。
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