1949年4月 浅草
間近で見ると余計、福々と艶があり、思わずヨダレが出てくる。そういえば、腹が減っていた。自然と腹が大きく鳴る。ブラウンはニヤニヤと口角を上げながら、こし餡がのった団子を頬張り続けている。
しどろもどろしていると、番頭が2人分のお茶を出してきた。
「さぁ、ごゆっくり」
番頭の言葉は、柔らかで暖かみが感じられた。歓迎されている、と受け取ることにした。
「な、なら一つ…頂きますね」
ハジメは大福を一つ手に取る。指に吸い付く柔らかさだ。齧ると、滑らかなこし餡がたっぷりと入っていた。小豆の素朴な風味と、控え目な甘さが丁度良い。
ハジメが、ゆっくりと大福を味わっている中、ブラウンは次々と饅頭や団子を平らげて、お茶を啜った。
「あー、お腹いっぱい、うまかった、うん、うん」
そう言って、満足そうにボソボソ頷いていた。
ハジメも腹が満たされ、気が緩む。ブラウンは、悪いやつでは無さそうだし、街で見掛ける米兵とは何処かズレた変な奴だ。なので、ズケズケと気になっていた事を聞くことにした。
「どうして、ブラウンさんは草履を履いていらっしゃるんですか?他の兵士の方は、その、磨かれた革靴を履いていますのに」
「え、ああ、これね、池とか沼に入るときさ、革靴が汚れるのが嫌でさ…指の間が痛いけど、涼しくていい感じかも、ワシントンハイツの近くの闇市で買ったのさ」
進駐軍兵士が、池や沼に入る仕事とは何だ、とハジメは考えつつ話を続ける。
「そうなんですね、何だか大変そうですね」
「俺、補給兵なんだけど、広報部の大尉からの極秘任務。カメラも貸してもらって!それで、しの…なんちゃら…にも入ってた」
「不忍池でありますね、この前の」
あの池に自分から入ったのか、とハジメは耳を疑った。
米国人は日本人に頼んで、畑仕事や庭の工事など、汚れ仕事を割り振る。が、ブラウンは何処かズレている奴だ。そこを見越して、上官も仕事を頼んだのかしらん。ふと、浅草神社での会話を思い出す。
「大尉って、神社で言ってた人のことですか?」
「ああ、あれは悪かったよ。締切だとかで、色んな奴を寄越して催促しにくるんだなぁ、あの人、でもミステリアスでクールだ、カッコいい」
無邪気な口ぶりだった。ハジメをお構いなしに、最後の一本の団子を手に取り、大尉の事を早口で話す。
食べながら話す故、とてもじゃないが聞き取れない。懸命に耳を傾ける。大尉の事を褒めちぎっている事は分かった。
話すだけ話すと、背伸びをしながら満足気な様子で言った。
「あー、旨かった!じゃ、また今度な、写真も渡す」
「あはは、いやいや、そんな上手く偶然会えますかねー」
笑いながら、冗談に上手く返したつもりでいた。
が、ブラウンは口を真一文字に結び、一瞬険しい表情をした後、こう答えた。
「なら、来月の最後の日曜日とかでどう?」
突然の申し出に驚くもハジメは、"Yes,sir"と返してしまった。
「ならよろしく、このくらいの時間に日比谷公園でいいよな!」
ブラウンは、草履の織が親指の付け根に当たって痛いのか、織の部分をほぐしてから店を出た。
番頭に「ご馳走様でした」とお礼をいい、ハジメも後に続く。店先で軽く握手をし、その日は別れた。
ハジメは本家へ戻り、台所にいた芙美子に大福と釣銭を渡し、手短に「遅くなってすみません」と謝る。
そうして、そそくさと自分の三畳部屋に引っ込み、5月の暦をぼんやりと眺めていた。