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戦後モラトリアム紀行  作者: 鐘白
8/10

1949年4月 浅草

 間近で見ると余計、福々と艶があり、思わずヨダレが出てくる。そういえば、腹が減っていた。自然と腹が大きく鳴る。ブラウンはニヤニヤと口角を上げながら、こし餡がのった団子を頬張り続けている。

 しどろもどろしていると、番頭が2人分のお茶を出してきた。

「さぁ、ごゆっくり」

 番頭の言葉は、柔らかで暖かみが感じられた。歓迎されている、と受け取ることにした。


「な、なら一つ…頂きますね」


 ハジメは大福を一つ手に取る。指に吸い付く柔らかさだ。齧ると、滑らかなこし餡がたっぷりと入っていた。小豆の素朴な風味と、控え目な甘さが丁度良い。

 ハジメが、ゆっくりと大福を味わっている中、ブラウンは次々と饅頭や団子を平らげて、お茶を啜った。

「あー、お腹いっぱい、うまかった、うん、うん」

 そう言って、満足そうにボソボソ頷いていた。

 

 ハジメも腹が満たされ、気が緩む。ブラウンは、悪いやつでは無さそうだし、街で見掛ける米兵とは何処かズレた変な奴だ。なので、ズケズケと気になっていた事を聞くことにした。


「どうして、ブラウンさんは草履を履いていらっしゃるんですか?他の兵士の方は、その、磨かれた革靴を履いていますのに」

「え、ああ、これね、池とか沼に入るときさ、革靴が汚れるのが嫌でさ…指の間が痛いけど、涼しくていい感じかも、ワシントンハイツの近くの闇市で買ったのさ」

 

 進駐軍兵士が、池や沼に入る仕事とは何だ、とハジメは考えつつ話を続ける。


「そうなんですね、何だか大変そうですね」

「俺、補給兵なんだけど、広報部の大尉からの極秘任務。カメラも貸してもらって!それで、しの…なんちゃら…にも入ってた」

「不忍池でありますね、この前の」

 

 あの池に自分から入ったのか、とハジメは耳を疑った。

 米国人は日本人に頼んで、畑仕事や庭の工事など、汚れ仕事を割り振る。が、ブラウンは何処かズレている奴だ。そこを見越して、上官も仕事を頼んだのかしらん。ふと、浅草神社での会話を思い出す。


「大尉って、神社で言ってた人のことですか?」

「ああ、あれは悪かったよ。締切だとかで、色んな奴を寄越して催促しにくるんだなぁ、あの人、でもミステリアスでクールだ、カッコいい」

 無邪気な口ぶりだった。ハジメをお構いなしに、最後の一本の団子を手に取り、大尉の事を早口で話す。

 食べながら話す故、とてもじゃないが聞き取れない。懸命に耳を傾ける。大尉の事を褒めちぎっている事は分かった。


 話すだけ話すと、背伸びをしながら満足気な様子で言った。

「あー、旨かった!じゃ、また今度な、写真も渡す」

「あはは、いやいや、そんな上手く偶然会えますかねー」

 

 笑いながら、冗談に上手く返したつもりでいた。

 が、ブラウンは口を真一文字に結び、一瞬険しい表情をした後、こう答えた。


「なら、来月の最後の日曜日とかでどう?」

 

 突然の申し出に驚くもハジメは、"Yes,sir"と返してしまった。


「ならよろしく、このくらいの時間に日比谷公園でいいよな!」

 

 ブラウンは、草履の織が親指の付け根に当たって痛いのか、織の部分をほぐしてから店を出た。

 番頭に「ご馳走様でした」とお礼をいい、ハジメも後に続く。店先で軽く握手をし、その日は別れた。

 

 ハジメは本家へ戻り、台所にいた芙美子に大福と釣銭を渡し、手短に「遅くなってすみません」と謝る。

 そうして、そそくさと自分の三畳部屋に引っ込み、5月の暦をぼんやりと眺めていた。

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