1949年4月 浅草
ハジメとブラウンは浅草寺に向う人の流れをかき分けながら、道幅のちょうど中心を歩く。ハジメは右側、ブラウンは左側を確認することにした。
ブラウンが大股で進むことで、周囲が避けるのでハジメは歩きやすく、一軒一軒を確認する余裕が出来た。ブラウンが、頻繁に看板を指差し、「見つけた!漢字が同じ、あれだ!」と、はしゃぎながらハジメの肩を揺さぶる。その度に、ハジメは「えー、あれは違いますよ、これです、これ」と、芙美子の書付を見せていた。
一緒に探してくれるのは有難いのだが、迷子が増えただけだとハジメは、薄々と思っていた。ブラウンが、先程より輪に掛けて大声で話してきた。
「漢字が同じ、あれだ!あそこにある!ほら!間違いない!」
取り敢えず確認をする。彼が指差した看板は、建物の2階部分に設置されていた。ブラウンの手柄であった。
人波を避けながら店まで行く。和菓子屋は、大通りにチョロっと出来た小道にあった。道理で見つけ辛いわけだ。
引き戸をゆっくりと引き、店内に入る。店には幅のある硝子ケースが設置されており、饅頭、大福、団子など定番の和菓子がズラリと並んでいた。どれも福々と艶があり、丹精に作られたのが見て分かる。
ハジメは芙美子の書付を見て、豆大福を3つ頼んだ。店主らしき初老の痩せた男に、代金と重箱、風呂敷を渡す。箸で摘み上げられる大福は、ぽってりとして赤子のようだ。表面の真っ白な打ち粉が、シッカロールに見える。
物資不足は解消されつつあるも、砂糖は貴重品である。代用の合成甘味料も使用しているとは思うが、この美しさのものを作れるというのは流石、老舗だとハジメは感心した。
店主から大福を受け取り、おつかいは終了。安堵のため息がでた。
ブラウンに礼を言おうと、隣を見る。彼は、顎に手を当て和菓子を凝視していた。
ハジメは怖ず怖ずと、「何か気になるものでもあるんですか?」と尋ねる。
「うーん、本当に旨いのかと思って、この黒いブツブツが薄気味悪くて」
先程までの、調子のいい振る舞いは何処へやら、彼は、和菓子をゲテモノ扱いしていた。
和菓子の名誉を守らねばと思い、少々ハジメはムキになって答える。
「これがあんこですよ。今日び高級品ですし、甘くて美味しいですよ」
「本当かよ、ならどれが旨い?」
「ええっと、今の季節なら柏餅?大福、饅頭、団子…あ、わらび餅もいいですね」
「わかったよ、種類が多いな、ん、ならこれで買うから、オヤジさんに頼んで」
そうやって、ポケットから四つ折にされた一円札と硬貨数枚を店主に渡した。
店主は、「へぇ、へぇ、まいどありがとうございます」と、ペコペコ頭を何度も下げたのち、ハジメの顔を見た。
ハジメは、軽く会釈し「お任せでお願いします」と、注文をする。きっと、小遣い稼ぎで米兵の腰巾着をしている不良少年と見ているのだと想像し、急に居心地が悪くなった。
店主は、口を真一文字に閉じ、自慢の品々を吟味し竹皮にそっとを乗せた。
暫くすると、両手ほどの大きさの包みが出てきた。ブラウンは受け取ると、
"thanks"と一言いい、店内の椅子にどっしりと腰をおろした。
「あー、買ってしまった、旨いかな?旨いといいなぁ、まずかったらどうしようか?」
ボソボソと言いながら、机の上で徐ろに包みを開けている。てっきり、持ち帰るものだと思っていたので、店主もハジメも、彼の行動に戸惑ってしまった。店主に至っては、こちらを躊躇いもなく凝視している。異様な目を向けられ、居心地が悪い中、一呼吸する。
「ありがとうございます、お陰で買えました。これで義母にも怒られずに済みそうです。助かりました」
礼を伝え、恭しく頭を下げる。そして「それじゃァ、ええっと、ごゆっくり」と続け、踵を返そうとした。
「ん、なんで帰るの、食べようよ?」
「えっ?いや、これはお使いで頼まれてるものなので…」
「違う違う、これ食べようぜ、うん、うん、何だか不思議な食感だけどうまいなぁ、甘い豆もいいね」
ブラウンは右手に餡が乗った団子を持ち、頬張りながら、左手で菓子を指した。