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戦後モラトリアム紀行  作者: 鐘白
6/10

1949年4月 浅草

 ハジメは目を見張った。あれ以来、学校帰りに不忍池に寄り、探したことも何度があるが見つからなかった。まず、顔をマトモに覚えていない。

「カンザス出身のチャック・ブラウン」という情報だけで、東京中にいる進駐軍兵士から見つける事自体が無理な話であった。何より、会ってどうするのだと考えると、探すのも阿呆らしくなり、諦めていた。


 だが、目線の先には、例のブラウンらしき人物がいる。日本に駐在しているアメリカ人は、老若男女関わらず、磨き上げられた艶のある靴を履いていた。藁で出来たボロの草履、ズボンをたくし上げ、足は泥だらけ。そんな者はそうそういない。神社の参拝客も、遠巻きに、訝しげな表情で彼のことを見ていた。


 向こうはハジメのことを覚えているのか、不明である。だが、顔見知りという事実が、ハジメの背中を押した。駆け足で男に近づき、背後から肩を叩く。

 

「え、あーっと、Nice to see you again…ブラウンさん、です、よね」

 声が上擦り、言葉が上手く出てこない中、ハジメは挨拶をした。


「は?」と兵士は一言あり、怪訝な表情でこちらを見下ろした。眉間に皺がより、焦茶色の眉毛が吊り上がっている。

「何で俺の名前を知ってるんだ、あ、お前、大尉の使いか何かか?あー、クソだな、チッ」

 兵士は、チャック・ブラウンで合っているようだ。しかし、ハジメは理由も分からず、悪態を付かれてしまった。慌てて訂正をする。


「す、すみません!違います!前に貴方から名前を教えてもらったんです、上野公園で…おれは安藤ハジメといいます。」


「ハジメ…アンドウ…ハジメ…うーん」

 

 兵士は遠くをボンヤリ眺めながら、考え込んだ。ハジメは、きっと自分の事は覚えていないのだろうと思い、「ご…ごめんなさい!失礼しました!」と早口で謝り、頭を軽く下げる。踵を返し、この場から立ち去ろうとした。すると、彼が大声で言った。


「あー!うん、思い出した。多分、俺、お前の写真撮ったよな!現像したら渡すって言った気がする」

 ブラウンは、目を丸くし、自信に満ち溢れた表情である。


「は、はい。そう…でした…ええっと、その節はあ、ありがとう、ございます」

「写真、そういえばまだ現像してなかったな。まあさ、まさかこんな所で会えるなんてな、よく俺の事覚えてたなぁ」

「ええ、まあ、その、以前も…」

 

 『草履を履いていたから、同一人物だと思った』と続けようとしたが、ブラウンが遮った。

「ああ、記憶力がいいんだな、すげぇや。俺は今、ちょうど任務上がりで、何か食べようかと来たんだ、腹が減ってさ。ハジメは?日曜だから学校ではないか…その荷物は?」

 彼は、ハジメが左脇に抱えていた、紫色の風呂敷袋を指差した。


「ええっと、財布が入ってます。今日は、義母に頼まれて、菓子屋に行く予定で…」

「へえ、日本のお菓子?食べてみたい。店はどこだ?案内してよ」

「場所は、その、まあ、浅草…です、はい、ええ……」

「じゃあ!早く買いに行こう!」と、明るく覇気のある声で言いながら、ハジメの背中を叩いた。


『案内しろ』という事だ。場所を知りたいのはこっちの方だ、とハジメは焦りながら思った。あァ、どうしよう、と脳内がぐるぐるする。

 しかし、傍からみたらボーッと立っているだけである。ブラウンは、「ほら、早く!」と屈託のない笑みを浮かべ、再びハジメの背中を叩く。窮地に陥ったハジメは、衝動的に、大声で一言放ってしまった。


“I'M LOST! HELP ME!"


 英語で、『迷子です、助けてください』。ただ、それだけだったが、何故か先程までの惨めさやら、焦りやらが一気に体から抜け、爽快な心地になった。そのまま、勢いで話を続ける。


「はい!言った通りです。おれ、迷子です!でも、お菓子は買わないと怒られるから、ここで、うじうじしてました!」

 

 ブラウンは、呆気にとられた表情でハジメを見ている。そして、「何だよ、それ、早く言えよ!」と、胸を押さえ、大口を開けて笑い出した。笑いながら、話を続ける。

「なら、一緒に店を探そうぜ!あー、ヒックッ!はぁはぁ、馬鹿みたいだ俺、迷子に道案内頼むなんてな!」

ハジメは、「はい、馬鹿げてますよ、へへっ」と返した。彼の笑いに釣られ、自然と目尻が下がり、笑ってしまう。


 「よし、なら行こう、店の名前は?日本の古いお菓子ってさ、豆が甘いんだろ、旨いのか?」

 「大福とか羊羹とか、美味しいですよ、えっと、店の名前は…」


 ハジメとブラウンは、出見世がある方面へと歩き出した。浅草神社の参拝客たちは、この不審な二人を、眉を顰めながら遠巻きに見ていた。

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