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戦後モラトリアム紀行  作者: 鐘白
5/10

1949年4月 浅草

 よれた開襟シャツ、膝部分に当布を付けた焦茶色のズボンという、昭和24年では別段珍しくもない格好の青年、安藤ハジメは浅草神社にいた。

 4月下旬、陽射しが強くなり桜も満開である。


 彼は、義母の芙美子から「お父様の大切なお客様がいらっしゃいますからね、お願いしましたわよ」と、頼まれたお茶請け用の大福を買いに浅草へ来ていた。


 芙美子は風呂敷とお金をハジメに渡し、玄関を出るまで、キンキン声で、何度も繰り返し菓子屋の場所の説明をしていた。

 だがハジメは、有名な老舗の菓子屋なのだから、通りを適当に歩けば直ぐに見つけられる、何度もしつこいなぁ、と思い真面目に聞いていなかった。

 

 地下鉄を降り、参拝客に続いて浅草寺に通じる道、仲見世通りを歩く。 

 通りはただの大きな一本道だと考えていたら、左右に小道がいくつもあり、そこにもズラリと店が構えられていた。

 参拝客に押し流されながら、仲見世通りと、途中で通りかかった小道を覗き、菓子屋を探す。しかし、それらしき店は見つからない。この時、ハジメは義母が煩く説明していた理由がわかった。そして、真面目に聞かなかった自分を恨んだ。そうこうしている内に、人波に押されて、健康になれると謳っている浅草寺の線香の煙を浴び、気が付くと浅草神社まで来ていた。

 

 浅草神社は一見、浅草寺のオマケのような神社である。しかしながら、江戸の大火事に関東大震災、空襲といった数々の危機をしぶとく乗り越え、三百年を迎えた歴史的建造物だ。

 

 ハジメは鳥居にもたれ掛かり、境内に入る人々を眺めた。

 

 彼は、この歳で迷子になり、大福すら買えない自分が、情けなかった。そして、仲見世通りからここまでの間に沢山人がいたのにも関わらず、頼れる相手がいない事実を考え、心細くなった。腹も空いて、益々、情け無く、心細く感じた。

 もう家に戻り、義母には「売切れていた」と伝えようか。しかし、なんと嫌味を言われるかと想像すると、引き返す気にもなれず、只々、ぼんやりと境内の人々を眺める事しかできずにいた。


 そうこうしていると、見覚えのある風貌の男を見つけた。


 それは、いつか上野で会った進駐軍の兵士であった。

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