第93話:南の漁場と製塩所
族長のマリアを筆頭に、漁師の五人とともに馬車へと乗り込む。
念のため、護衛役として呼んだウルガンとウルークも連れていく。結界から出ることはないと思うが、万が一ということもある。事件というのは、油断している時にこそ起こりやすい、なんて話もあるので万全を期した。
「それじゃあ、出発するぞー」
マリアを御者台に乗せて出発、御者役は当然私だ。もうすっかり手慣れたもんで、馬との意思疎通もだいぶとれるようになっていた。
――それはそうと、
実は今、内心ドキドキしている。99人だった村人が、これでついに100人を超えたからだ。私の予想だと、馬車が結界に入った瞬間、アナウンスが聞こえてくるはず。
そんな期待を込めながら、馬車がすっぽりと結界の中に入った――。
(あれ、聞こえないな。間違いなく100人超えたはずなんだけど……)
残念なことに、スキルの解放条件に<村人100人達成>ってのは無かったらしい。かなり期待していただけに、この結果には面食らってしまった。
(まあ、ないものはしょうがないわな)
現状、村の運営諸々、切羽詰まっているわけでもないのだ。次のスキルアップについては気長に待つことにして、マリアと話しながら馬車を進めていった。
◇◇◇
南の砦に到着すると、すぐに馬車を降りて体をほぐす。馬たちは、拘束具を外して川辺で休憩をさせている。
「ねえ村長、さっき言ってた勇者たちの住処ってここのこと? なかなか堅牢に作ってあるわね」
「海への通路も、うちにいる杏子が全部手掛けたんだよ」
「賢者の杏子さんね。ある意味、彼女のおかげでコイツらが村にはいれたんだもの、感謝しないとだわ」
「杏子もきっと喜ぶよ、村に帰ったら伝えてやってくれ」
そんな言葉を交わしながら、海のほうへと結界を延ばしていった。
崖沿いに階段状となっている降り口や、降りた先にある洞窟も敷地化できるようなので、しっかりと隙間なく結界を張っていく。
今後のことを考えて、洞窟内の一画を物資転送位置に設定しようとしたのだが……。椿に継承したのを失念していたよ。
なにはともあれ、「大森林の東西を完全に分断する」という計画がようやくもって達成された瞬間だった――。
結界の固定も完了したので一旦崖を登り、漁師たちを引き連れて再度下まで降り立つ。
「おお、これなら漁に出れるぞ! 休憩所もあるし至れり尽くせりだ!」
「こんな良い場所があるんなら、製塩の魔道具を売らなきゃよかったな……。まあ今さらだけどよ」
「それがもう手配してあるんだってさ」
「姐さんホントかよ! 漁場の整備に、製塩所の手配まで……」
「オレたちのために準備してくれてたのか!」
「すげぇぜ村長! そんな前からオレたちのことを……」
なんだかひどい勘違いをしているんだが……。魚人の思考がポジティブ過ぎて申し訳ない気持ちになってきた。
魚人の受け入れ準備なんて、家を用意すること以外なにもしてない。そもそも漁師がいることすら、さっき知ったばかりなんだ。漁場の準備も杏子のおかげだし、製塩の魔道具もメリナードが気を効かせて用意してくれたものだ。
「なんか誤解してるぞ。漁場も製塩の魔道具もたまたまだ、たまたま」
「おお、驕った態度もなしかよ……あんた最高の村長だ!」
「やっぱ、姐さんについてきて正解だった。なぁみんな!」
「「さすがオレたちの姐さんだ!」」
マリア以外の5人はテンション爆上げ、村に来た当初の不満顔が嘘みたいに晴れていた。たぶん忠誠度も爆上がりしているはずだ。
「お前たち、ぶっ飛ばすよ! あんたらのせいで、みんなが迷惑するところだったんだからね!」
「そ、それについてはホント申しわけ……」
「まあマリア。上手く収まったからいいじゃないか。みんなも、今後の働きで貢献してくれたら嬉しいよ」
この調子だと、いくら訂正しても曲解され続けるだけだ。せっかくの好印象なんだし、良い感情を抱いてくれる分には構わない。漁師の面々は海へ潜りたそうにしていたが、マリアが一喝すると大人しく馬車へ乗り込んでいくのであった――。
帰りの道中、
今後の居住予定や、従事する作業の希望なんかを話し合っていた。
魚人が得意とするのは漁業と塩産業、それに海産物を使った料理だと教えてくれた。海に面しているケーモス領では、魚人と猿人がそれらを担っていたらしい。「海に関するノウハウは任せて欲しい」と胸を張っていたよ。
結局、魚人の過半数を漁業と製塩作業に割り当て、残りを食堂の料理担当にした。これからは海産物も食卓に並ぶので、どうせなら海のプロに美味しい料理を作ってほしい。
『啓介さん聞こえる―?』
もうすぐ村に到着しそうなところで、春香から念話が入った。
『聞こえるぞー。そっちの具合はどう?』
『やっぱ村の芋は絶大な効果があるね。ひょっとして何か変な成分でも入ってたりして……。とにかく全員村人になれたから安心してー』
『おお、そりゃありがたいな』
『歓迎会の準備をしとくから、気を付けて帰ってきなよー』
どうやら春香たちも上手くやってくれたみたいだ。これで魚人族全員が村人になった。
「マリア、今日からよろしく。私と村のためにしっかりと働いてくれ」
「ええ、一族ともども精一杯貢献するわ」
◇◇◇
村に戻ると、すっかり恒例となった歓迎会が始まっていた。
酒場のほうはドンチャン騒ぎ。建築士のルドルグを筆頭にして、魚人たちと一緒に盛り上がっている。彼らの家をどんな様式にするのか、それを肴にしているようだった。
最近は建築ラッシュも一段落して、ルドルグたちも手持無沙汰にしていたはず。久しぶりの仕事に気合が入ってるんだろう。もちろん酒が飲みたいってのもあるんだろうけど……まあ、細かいことはいいじゃないか。
案の定、マリアがドラゴに詰め寄って、それはもう存分に講釈を垂れていた。あの調子だとしばらく終わらないだろう。マリアと五人の漁師以外は、既に教会で祈りを捧げており、春香の詳細鑑定と椿の住民登録も済んでいるそうだ。相変わらず仕事が早くて助かる。
鑑定の結果、調理師と漁師の職業を授かったものがそこそこいて、そのほかはスキル未所持のままだった。
魚人は総じて泳ぎが得意と聞いたが、それに関するスキルは表示されていない。兎人の聴覚強化もそうだが、種族特性みたいなものは、スキルとして認識されない仕様らしい。
「春香、椿。悪いけどマリアとあの五人も頼むよ。住居については、全員この村に住みたいそうだ」
「海の近くがいいんじゃないの?」
「離れて住むと、ほかの村人たちと疎遠になるだろ? 軋轢が生まれるのを懸念してるんだと思うよ」
「あー、なるほどねー」
本格的に歓迎会が始まり、みんなの食事も進んだ頃、ようやくドラゴとマリアが顔を見せた。
ゲッソリ顔のドラゴ、相当しぼられたのがひと目でわかる。こうなることわかっていて、なぜダンジョンへ行ったのか。いや、わかっていても我慢できなかったのだろう。
ドラゴは食堂に来ると、すぐさま酒場ゾーンへ退散していく。駆け付け一杯あおると、すぐさまダンジョン談義に花を咲かせていた。この男、反省という言葉をどこかに忘れてきたんではなかろうか。
(そろそろ獣人領の話を聞きたいんだけどな……)
現状を詳しく聞いてみたいが……この調子だといつになることやら――。




