第92話:魚人族の受け入れ
――若返り――
そんな夢のようなことが本当にあるのか。
この場には椿や桜、春香と杏子も同席している。私はドリーの正面に座ると、すぐに会話を始める。
「それでドリー、若返るってのは本当か?」
「えっとね。正確に言うと、肉体の最適化って表現が正しいわね」
「若返りとは違うってことか」
「そうね。全盛期の肉体年齢までさかのぼり、その状態を維持できるって感じ。別に寿命が極端に延びるわけではないわ」
「……でもその言い方だと、多少は寿命も長くなるってことだよな」
「体を健康な状態で維持できるのよ? 肉体にかかる負担とか、精神的なものにも当然影響するわ。それで寿命も少し延びるってわけ」
最適な肉体年齢には個人差がある。見た目も人それぞれで、結構なバラツキがあるようだ。竜人族の知識だし、ドリー自身も体感していること。ひとまずそういうものなんだと納得しておく。
「えっと、こんなこと聞くのは失礼だけど……。あ、いや何でもない」
「別に構わないわ。わたしは78歳よ。20代の頃、獣人領に降りて来たの。ドラゴは多少成長が進んだけど、わたしはあの頃のままを維持してるわ」
たしかに、ドリーの見た目は20代半ばといったところだ。78歳には到底見えない。ちなみに竜人族の寿命は300年程度らしい。
「じゃあ次に、最適化のカラクリを聞きたい」
「それは竜気よ。あなたたちでいうところの魔素ね。ここ大森林の極めて良質な竜気が原因なの。うちらの故郷である『竜の里』に匹敵するほどよ」
「その竜気を取り込んでいるから最適化されるってことか」
「正解。竜人はみんな、女神様の加護を頂いてるから竜気の吸収率が高いのよ。あなたたちもそれに近い状態にあるわね」
若返りの秘密が魔素にあり、大森林のソレが良質なことも判明した。でも転移当初は、それほど効果を感じなかったと思う。いったいなにがキッカケだったんだろうか……。
そう考えているところで、いつぞやのことを思い出す。
「そういえば以前、結界の色が変化したときがあったんだ。『大地神の加護』に名称も変わってさ。たぶんその時から影響を受けてた?」
「まさにそれよ。村全体が加護を受けたってことね」
結界が変化したのは、転移してから70日目くらいだったはず。
あれから4か月は経ってるし、毎日じわじわと改善されていたんだと思う。思い起こせばあのとき、『力がみなぎってきた』みたいなことを村のみんなも口にしていた。
「うん、いろいろ納得した。貴重な情報に感謝する」
「さっそくお役に立ててうれしいわ」
「ってことで啓介さん、改めて見るあたしたちはどう?」
若返りの秘密にスッキリしたところで、春香がぶっこんで来た。当然、見た目の変化を聞いてるんだろう。今日は酔ってないようだが、なかなか恐ろしい質問をしてくる。
「とても若く見えるよ。20と聞いても疑う者はいない、とても綺麗だ」
「お、まずまずの返答だね。感謝感謝!」
とりあえずの及第点を貰って、他の女性陣をチラッと見たんだけど……。
こりゃダメだ。全員なにかしらの賛辞を期待している目だった。春香以外は20代、桜はまだ19だというのに……。もともと若くて綺麗なのに、これ以上何を褒めたら正解なんだ……。難易度高すぎだろこれ。
正解はわからずとも、黙り込んでいるのが一番良くない。順番に、丁寧に、より具体的に答えていくと――、
ひとまず赤点は回避できたらしい。最後はドリーまで褒めたたえ、なんとか退場することがかなう。最近増築した酒場ゾーンへと向かい、ホッと一息つくことが叶った。
どうやら握手会もお開きみたいで、近くでは野郎どもが酒をやってるし、いつのまにか夏希たちは消えていたよ。
◇◇◇
異世界生活193日
翌日の午前中、魚人族の集団が村へやってきた。メリナードを先頭にして、6台の馬車に揺られながらのご到着だ。
「今回は食糧の定期搬送があるため一緒に向かう」と、メリナードから事前連絡があった。空になった馬車には、芋や米なんかを詰め込んで帰るつもりらしい。どうやらメリマスと交代して、村で生活をするみたいだ。
以前から、ダンジョンへ入りたいと希望していたのが、ようやくもって実現することになりそうだ。そういえば護衛のふたりも同じことを言ってたけど……。あのメリナードのことだ、そのあたりも用意周到に手配しているんだろう。
村の西端、結界を挟んで魚人族の面々と対面する。
今は私と春香、それに魚人族の族長マリアの三人が向き合っている状態だ。メリナードは家族のところへ行かせ、荷運びを任せている。
「村長さん、お初にお目にかかります。魚人族の長マリアと申します。この度は我ら一族の受け入れ、感謝いたします」
丁寧な挨拶をするマリアだったが――、
後ろに控える29人の魚人たちは、大なり小なり不安そうな表情をしている。なかには不満げな者もチラホラと……。これは一族総意ではなく、族長の独断だというのが見て取れた。
私は全員に居住の許可をだし、マリアに向かって語りかける。
「よく来てくれたね、村一同歓迎するよ。最初は戸惑いもあるだろうけど、一日でも早く慣れてくれるとうれしいかな」
「不躾だけど、ドラゴとドリーはいないのかしら? 昨日には到着してるはずなのだけれど……」
「ああ来たよ。みんな村人になれたし、さっそく馴染んでいた。ただ今は……全員ダンジョンに行ってしまった。もちろん私は引き留めたんだが、聞く耳持たずって感じだったよ……」
「っなによそれ! ……ドラゴのヤツ、戦闘関連のことになると節操がなさすぎなのよ。毎度毎度――」
そこから少し、いや、かなり長い時間マリアの愚痴が続いた。春香が合いの手を入れながら上手に聞いてくれたので事なきを得たが、私も魚人たちも渋い顔を隠せないでいた。
『村に入れるのが5人、忠誠50に届きそうなのが20人、40切ってるのが5人よ。レベルは平均15くらいで、一番高い人がマリアさんで35、村の脅威となりそうなスキル持ちはいないかな』
『40以下が5人か。これはちょっと考えないとダメだな』
『んー、まずはおもてなしするとか?』
『わかった。椿と話して食事を頼めるか? あ、あとウルガンとウルークを呼んできてくれ、一応護衛を頼みたい』
『りょーかい! 無茶はダメだよ?』
『ありがと、警戒は緩めないよ』
やっぱ春香はすごいな。欲しい情報を的確にくれるし、鑑定しながらマリアの相手までしちゃうんだから……私では絶対に無理だ。
いつまでも立ち話しというわけにもいかないので、魚人族には結界外にある長屋で休んでもらうことにした。
「なあマリア、族長にはもっと敬う感じで接したほうがいいか? 他の魚人たちの反感をかうようなら改めるが」
「反感なんてないわよ。そもそも、みんなアタシにタメ口だもの。話し方でどうにかなる魚人はひとりもいないから安心して頂戴」
「ならよかった。――それで、今のところ村に入れるのはマリア含めて5人だけなんだ。他の20人はもう少しで入れそうだけど……残りの5人は少し厳しい感じだ」
「その5人て誰だかわかるかしら?」
春香に聞いた記憶を呼び起こし、それとなくマリアに伝える。
「やっぱアイツらね。ほんとに……いつまで愚図ってる気かしら」
「なにか原因があるのか?」
「あの5人は街で漁師をしていたのよ。こっちには海がないからって、移住するのを最後まで渋ってたの」
「嫌がるのを無理やり連れてきたのか?」
「いいえ違うわ。種の存続を考えればって、理解はしているわよ」
海に出れない漁師か……。渋る気持ちはわからんでもない。移住への理解はすれど、納得はしてない感じのようだ。これで忠誠度が微妙な理由も判明した。
「ちなみにどんな漁法でやってたんだ?」
「魚人の漁は素潜りに決まっているわ。網漁や釣りは性に合わないからって誰もやらないの」
マリアが言うには、魚人は泳ぎが大の得意らしい。これは想像通りなので驚きもしないが、彼らには彼らなりの矜持があるみたいだ。
「海まで行けて、そこそこ広い岸辺があれば漁は可能なんだよな?」
「もちろんよ。でも大森林の南は断崖絶壁でしょ? とてもじゃないけど、あの崖を降りていくのは無理だわ」
「実はさ、既に降りていける状態になってるんだ。しかも降りた先には洞窟があるし、広い空間もある。これならどうだろう」
「うそでしょ? ……でもそれが本当ならもちろん可能よ。ねぇ、ちょっとアイツらに説明してくれないかしら」
すぐに5人を呼びつけ、南の海の現状を説明する。
自分たちの目で確認しないとわからないが、聞いた通りなら十分可能だと喜んでいたよ。商売道具も持参しているし、いまから行ってみたいと頼み込んでくる始末。海はなくとも、大事な道具は捨てられなかったらしい。
さっきまであんなに渋い顔をしていた面々が、今は喜び勇んだ感情を前面に押し出している。確実な手応えを感じた私は、春香を呼んで再度鑑定してもらったんだが――、
「啓介さん、何をやったの? 5人とも忠誠度が70超えちゃってるんだけど……。ついさっきまで30そこそこだったよね?」
「どうやらみんな、海に生きる漢だったらしい。南のことを教えたら、とても喜んでくれたよ」
「おー、なるほど。――勇者くんの置き土産が役に立ったわけね!」
「だね、杏子の魔法に感謝だ」
結界の中に入れるなら馬車が使える。今から向かえば、遅くとも夕暮れ前には帰ってこれるはずだ。
「マリア、今から海まで行こう。この五人も村に入れるし、馬車なら一時間もあれば着ける。サッと行ってサッと戻ってこよう」
「断る理由はないわ。アタシもみてみたいし、早くいきましょ! アンタたちも感謝しなさいよねっ!」
「も、もちろんだ! オレたちの海が待ってるとなりゃ。くぅぅ、村長さん、早く出発しましょうぜ!」
こうして、
マリアと五人の漁師を引き連れ、南の砦まで向かうことになった。




