第89話:小さな村人
異世界生活187日目
自身初となる異世界ダンジョンを経験した次の日、ナナシ村に新たな命が誕生した。
農業を担当していた兎人の女性がついに産気づき、無事に出産。小さなウサ耳を生やした双子の赤ちゃんが産声を上げたのだ。
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私がそれに気づいたのは、まだ夜も明けてない早朝のこと。
まだ寝ているにも関わらず、いつもの電子音のようなアナウンスが頭に響いてきた。こんな時間に聞こえるとは予想外、びっくりして布団から飛び起きる。
(おいおい、寝てるときでもお構いなしか……マジで心臓に悪いぞ)
アナウンスは頭に直接聞こえるので、寝ぼけていようが関係ない。その内容は記憶に刷り込まれていた。今回の解放条件は『子孫繁栄』だったので、子どもが生まれたんだな、とすぐに理解した。
そのまま起き上がりモニターでステータスを確認する。
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啓介 Lv58
職業:村長 ナナシ村 ★☆☆
ユニークスキル 村Lv9(96/2000)
『村長権限』『範囲指定』『追放指定』
『能力模倣』『閲覧』『徴収』
『物資転送』『念話』
『継承』<NEW>
忠誠度が90以上の村人に能力を継承することが可能となる
※継承した能力は抹消される。ただし、継承者の死亡もしくは能力を返還した場合は再使用可
村ボーナス
★ 豊穣の大地
この地に生きるものは病気にかからず、生命維持に好影響を受ける。
※解放条件:初めての収穫、生命の誕生
☆☆ 万能な倉庫
村内に倉庫を設置できる。サイズは村人口により調整可能(品質劣化なし)。※解放条件:初めての建築と備蓄
☆☆☆ 女神信仰
村内に教会を設置できる。適正のある村人に職業とスキルを付与、ステータス閲覧可能※解放条件:大地神への祈り
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(スキルは『継承』か。なるほど、子孫に受け継いでいけるってことね。これはいいのが来てくれたぞ)
村人上限が倍の二千人に増えているが、ここにはもう触れなくていいだろう。やはり目玉は『継承』スキルだ。
念話と同様、忠誠90以上の村人が対象らしい。子ども限定とも表記されてないので年齢制限はなさそう。能力を全て継承してから死ねば、村の維持は可能となったわけだ。
信用できる村人に一部の能力を渡せば、そのぶん自分の動きも身軽になる。いざとなれば、能力を返してもらえるみたいだし、かなりお手軽に使えそうな気はする。忠誠度の制限があるから裏切りの心配もない。
(あとでいろいろ試してみよう。ってまずは母子の様子を見に行かないと)
とはいえ、産後で疲れてるところに村長が現れたら……、変に気を使わせてしまうだろう。『豊穣の大地』の恩恵もあるし、余程がない限り大丈夫なはずだ。そう考え、もう少し後で行くことにして二度寝を決め込む。
◇◇◇
『村長、もう起きているだろうか?』
朝になり、起きようと思っていたところにラドから念話が入る。
と、案の定出産の報告だった。母子ともに健康で、村長に見てほしいとの要望があったそうだ。
快く承諾し、ちゃっちゃと着替えて兎人の家へ向かう。
「朝からすまない。どうしても村長に抱いて欲しいそうだ。できれば名付けもお願いしたいが……構わないだろうか?」
「「お願いします。私たちの子に、村長の祝福を授けて下さい!」」
(……抱くのはもちろんいいけど、名付けはちょっとハードルが高いだろ。それに祝福ってなんだよ……)
いきなり重大なことを頼まれて混乱する。が、めでたい場で空気を悪くするのも忍びないので、必死に頭を回して正解を導き出す。
「ふたりともおめでとう、私もとても嬉しいよ。――そして安心してくれ。ナナシ村は大地の女神に祝福されているんだ。名付けは親が決めるといい。そして教会へ行き、女神さまに感謝を捧げにいこう」
「なるほど、女神さまに……ですね。わかりました、村長がおっしゃるなら間違いありませんものね」
「ああ、ささやかながら私からも祝福させてもらおう。村に生まれたふたつの希望を抱かせてもらえるかな?」
「はい! ありがとうございます!」
咄嗟に女神さまを引き合いにだしてしまったが……まあ許してくれるだろう。それに実際、『豊穣の大地』という祝福を受けてるのも事実、感謝の気持ちだって嘘じゃないのだから。
「ふたりとも、とてもかわいいね。この子たちが大きくなるまで、私も頑張らないとな」
「村長のおかげで、安全な居場所と豊かな生活に恵まれています。我らも村のために精一杯働きますので!」
兎人の部族に子が生まれると、族長が抱き上げ名付けをするという風習がある。今回は村の代表である私にお願いしてきたらしい。名付けは勘弁してほしいけど……子を抱き上げ幸せを願うくらい、いつでも大歓迎だった。
やがて朝食の時間となり、集まって来た村人たちも次々と祝いの言葉を述べる。小さな村人の誕生を、喜び分かち合っていた。
ちなみに、『豊穣の大地』の効果で「生命維持に好影響を受ける」というのがある。出産時にも影響するだろうとは思っていたんだけど……。
なんと出産直後にも関わらず、母親は平気で動き回っていた。
しっかり休むよう言い聞かせたが……あの調子だと明日にでも作業に戻りそうだった。周りのみんなもずいぶん気にしていたし、秋穂なんかは、何度も何度も治癒魔法をかけていたよ。
兎人の両親は申し訳なさそうにしていたが、秋穂の真剣な態度にはとても喜んでいる。
◇◇◇
自由時間となった昼過ぎ、村人たちは生まれた子どもの様子を見に行ったり、祝いと称して酒盛りをしたりで楽しそうにしている。
そんなお祝いムードの中、私と椿は自宅にこもり『継承』能力の検証をしていた――。
「ダメか。だろうとは思ったけど残念……」
「さすがに、なんでもアリになっちゃいますもんね。仕方ないですよ」
『私がコピーしたスキルを継承できないか』
それを試して、見事に玉砕したところだった。十中八九、無理だとわかっていたけど、検証しない訳にはいかない。
もしこれが成功してしまったら、村のみんなに能力を付与し放題になる。それこそ、村人全員が勇者並みのチート持ちになるところだった。
「じゃあ次だ。とりあえず『物資転送』を椿に継承する。継承した分、私のスキルレベルが下がるかの検証だ」
「はい、お願いします」
椿に宣言してから自分の能力を渡すイメージをする、のだが……。
「できた……のか? 私にはなんの感覚もないけど、椿はどう?」
「いえ、とくに何も。アナウンスみたいなのもありませんし、心身にも変化はないです」
「一度モニターで確認してくれるか?」
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椿 Lv27
村人:忠誠99
職業:農民
スキル 農耕Lv4
土地を容易に耕すことができる。
農作物の成長速度を早める。
農作物の収穫量が増加する。
農作物の品質が向上する。
継承スキル:物資転送<NEW>
村の敷地内限定で、事前に設定した位置間で物資の転送が可能となる。※生物転送不可
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「あ、表示されてますね」
「なるほどね、こんな感じになるのか」
続いて私も確認してみると、『物資転送』能力がしっかり消えていた。ただ、スキルレベルは9のまま維持されている。継承し過ぎてスキルレベルが下がり、拡張できる敷地が減る、みたいな心配はないようだ。
「啓介さん、私も能力を試してみたいんですけど、いいですか?」
「うん、たぶん鉱山の倉庫には物資があるはずだから、そこからこっちへ送ってみようか」
「ではさっそく行きましょう!」
珍しく乗り気な椿は、駆け足で万能倉庫へと向かう。私もそれを追いかけると、到着して早々に『物資転送』を試していた。
ガラガラッ、ゴトッ
「お、うまくいったようだ。ってあれ? やり方なんて教えたっけ?」
「以前教えてくれましたよ、忘れたんですか?」
「そうだっけ? そう言われるとそんな気もするけど……まあいっか。んじゃ、しばらくそのまま所有しててね」
「え、いいんですか?」
「継承の能力を見たときから、椿に渡そうと思ってた。物資の移送も任せられて私も助かる、ぜひとも任せたい」
「っ! はい!」
この能力を『安心して』渡せる相手は椿しかいない。彼女への信頼はもちろんのこと、常に村にいるから身の安全も保障されている。付け加えるなら、総合管理も任せられる人物だからだ。
「まあ、まだ死ぬ気はないからね。お互い協力しながら運営していこう」
「そう簡単に死なれては村のみんなが……いえ、私が困ります」
「ありがとう、うれしいよ」
「じゃあ、赤ちゃんのところへ行きましょう。私も早く見たいです!」
「そうだね、すぐにいこう」
細かい検証は後回し、
椿とふたりで小さな村人のところへ駆け寄っていった――。




