第87話:隆之介-ep.2
<ケーモスの街-日本商会支部>
会長室にて
「これはこれは勇者殿、この度は無理を言って申し訳ない。私は日本商会の会長を務める隆之介です」
「はじめまして、僕は勇人と言います。僕自身大した力もないので、かしこまらずお願いします」
「んん……そうか、ならそうしよう。お連れの皆さんも初めまして、どうぞよろしく」
勇者の後ろに控えた女性たち、彼女らが興味なさそうな感じで返答する。
(こんなに女をはべらせやがって……。イケメン勇者に美女だらけのハーレムとは、実にけしからんヤツだ)
オレも30にしては若く見えるほうだし、顔だってそこそこ良い部類だ。だがこの勇人ってヤツは別格。誰が見ても超絶イケメンだった。それだけに余計悔しさを感じている。
気を取り直し、ひとりひとりと握手を交わしながら自己紹介を交わしていく。もちろん、こいつらを従属させるためだ。
だがしかし、勇者の持つ『状態異常耐性』と『勇者の威光』のせいなのか、誰にも効くことはなかった。こいつらが街に来たときから把握してたけど……。
こんな耐性まであるとは、さすがは勇者と言ったところか。こうなったら自力で引き込むしかない。
「今日来てもらったのは他でもない。同じ同郷として、何か力になれたらと思ってね。まずは友好を深めることから、ってさ」
「それはありがたいです。街に来たばかりでまだ何もわかりません。アドバイスしてもらえると助かります」
「もちろんだよ。こう見えても私、全ての街に支店を構えていてね。――そうそう最近、連合議会の議員にも選ばれたんだ。そういう方面からも、かなり融通してやれると思う」
「だけど……なぜ初対面の僕たちにそこまで? 隆之介さんにメリットがないですよね?」
(こいつ、ズケズケ聞きやがって。お前はもっとうやまえよ! ったく、ここの領主も何やってんだ。もっとオレの立場を叩き込んでおけよな、ほんと使えねぇ)
「ああ、なにも無償でってわけじゃない。私のもとで働いてくれたらいいな、と考えているんだよ」
「働くって、具体的には何をさせるつもりなんでしょうか」
勇者に聖女に剣聖となれば、その存在だけで人族に対するけん制になる。オレの配下として働かせてやるつもりだ。それをオブラートに包んで説明してやると――。
「それは戦争に加担しろということですか? でしたら僕たちはご遠慮したい。できれば平穏に暮らしたいので」
「まあ待て、そう結論を急ぐなよ。もちろん今すぐって事じゃない。時が来れば協力を仰ぎたいって意味だよ。これは議会の総意でもある」
もちろん嘘だが、オレの決定は議会の総意みたいなもんだ。
「そうですか……。もし協力しなかった場合、僕たちにペナルティは?」
「どうだろうね。もちろん私がなんとかするけど、他の議員からは干渉があるかもしれない。なにせ勇者だし」
「僕の……僕たちの願いは、この街で穏便に暮らすことです。まだここに来て間もないですし、いきなり戦争と言われても困ります」
気取っているのか臆病なのか、どちらにせよ協力する気はないようだ。このまま話していても無駄だと思い、外堀から埋めていくことにした。
「後ろの彼女たちはどうなのかな。私のもとにいれば、この世界でも最上級の生活を約束するよ? 欲しい物もなんだって手に入る。もちろん戦争なんて最終手段だ。まだ起きるかもわからない絵空事だよ」
私の問いかけに、「最上級だって!」とか「どんな物でも?」なんていう声がボソボソと聞こえてきた。どうやら一定の興味は引けたようだ。
「仮に街で自活するにしろ、何かとお金が必要だろ? これだけの人数を養うのはかなり厳しいと思うんだけど……みんなはどう考えてる?」
「みんなで働けばなんとかなるっしょ!」
「そ、そうだよねー。なるなるー」
「それは甘いと思うよ。多くの日本人が転移してきたせいで、働き口も少ないんだ。まあ、うちの店ならなんとかなるけどね」
「じゃあ、隆之介さんのお店で働かせてもらえば良いよね! 勇人たちは冒険者やればいいしさ!」
「あ、それ名案かもー!」
「「わたしたちも賛成!」」
女たちは厚かましいが、流れ自体はよくなってきた。手元にさえ置いておけば、あとはこっちのものだ。そう思っていたんだが……。
「みんな、ちょっと待って欲しい。何でも頼り過ぎるのは良くないと思うんだ。まずは持ち帰ってじっくり話し合おう。――隆之介さん、考える時間を頂いてもいいでしょうか?」
(おい、お前は何様のつもりだ! 「僕は勇者様だぞ」ってか? これだけ譲歩してやってんのにありえねぇ)
「もちろんだとも、じっくり話し合って決めてほしい。――ただ、私も忙しい身だからね。出来れば早めに返事を貰いたいところかな」
「わかりました。なるべく早く返事ができるように相談します」
「ああ、いい返答を期待してるよ」
まあ、種は撒いておいた。あとは裏で手をまわしてドン底に追い込み、そっちから懇願させてやる。
「悪かったね。いきなりこんな話をするつもりじゃなかったんだ。嫌な気分にさせてたら申し訳ない」
「いえ、ご厚意はありがたいです。お気になさらず」
「そうか――。話は変わるけど、勇人くんたちのこれまでを聞かせてもらってもいいかな?」
「ええ、構いませんよ。僕らは最初――」
さっきまでの話で少し警戒させてしまったかと思ったが、そのあとは割と気さくな感じでお互い雑談に入っていった。話の途中で、大森林にあるというナナシ村の話題になると、勇者の顔が今日一番の笑顔に変わる。
日本人のおっさんが村長だというのは聞いていたが、「せっせと作った米や芋なんかを売っているモノ好きなヤツら」程度の認識だった。
議長からの報告でも、戦力はたいしたことないし、人口だって100人にも満たない小規模な集団だ。今後も多少増えたところで、今のオレにとっては無害、むしろ食糧源として利用してやる。
なにをとち狂ったのかドラゴも村に移住するらしいが、いくら個の力が強くても、争いとなればモノを言うのは数だ。老兵ごとき、へんぴな村で隠居してればいい。
大人しく食糧を提供しているうちは放置で問題ない。まあ、村のおっさんのことを嬉々として語る勇者はうっとおしいが……、機嫌も良くなったんだからヨシとしよう。
「なるほど、今まで大変だったんだね。まあ、これからは協力してやっていこうじゃないか。同じ日本人なんだし、いつでも相談に乗るよ」
「はい、僕たちもじっくり生活基盤を整えていこうと思います」
(馬鹿が! オレの下につかない限り、そんな未来は絶対来ないっての)
「ああ。君たちの明るい未来を応援するよ」
――――
別れの挨拶をおえると、勇者たちはそそくさと帰っていった。こちらに何かを要求するわけでもなく、無関心って態度がイライラする。
「おいミザリー、オレはすぐに首都へ戻る。ヤツらの返答次第では、徹底的に邪魔をしてやれ。平穏? じっくり? そんなことは絶対に許すな」
「はい、かしこまりました」
「息のかかった商会や宿屋、冒険者ギルドにも伝えておけ」
街のどこにいようが関係ない。宿屋も武器屋もダンジョンも、朝から晩まで苦難を与え続けててやる。
「隆之介様。仮に全員ではなくとも、一部の者だけでも引き込みますか?」
「ああもちろん、とくに女どもはな。金とをつぎ込んで篭絡させてやれ。最悪、勇者の泣きっ面が見れるだけでも十分だ」
「ではそのように致します。状況は逐次報告いたしますので」
「ハハッ、どん底に堕ちた勇者が目に浮かぶぞ!」
勇者と話すまでは、オレの配下にしてコキ使ってやろうと思っていたんだが……。あの様子だと、こちらになびくことはまずない。
だったら勇者を孤立させてしまうのが得策だ。剣聖と聖女さえ何とかすれば、他の女たちを寝返らせるのはそう難しくはないはず。
ハーレム作って余裕ぶってるみたいだが、それもここまでだ。慕われていた女たちに裏切られたら、さぞ悔しいことだろう。絶望してどこぞに消えてしまえば、オレに危害がおよぶ心配も皆無だ。
(残念ながらこの世界の主役はお前じゃない。オレこそが主人公となるべき存在なんだからな)
――もうまもなく、この国がオレのモノになる。議長さえ交代させてしまえば、あとは思うがまま動かせる。
勇者、お前はせいぜい落ちぶれながら、オレの華々しい人生に嫉妬してればいいのさ。




