第84話:結界石と魔鉄
異世界生活177日目
勇者が街に行った翌日
「どうだ夏希、俺の直感も大したもんだろ?」
「直感って……。たまたまでしょ?」
「いいや違うね! 俺の内なる本能がそうしろと叫んでたんだ!」
「はいはい、すごいです素晴らしいです」
親子ほどの年齢差相手に、全力でマウントを獲ろうとするおっさんはここです。ここにいますよー。
――それは今日の午前中。
昨日の一件を申し訳なく思い、性懲りもなく鍛冶場に顔を出したときに始まる。
「やあみんな、昨日は悪かったな」
「お、村長。丁度いいところに来てくれた」
「どうしたベアーズ?」
「ちょっとコレを鑑定してくれないか」
そう言って渡されたのは、昨日私が壊した結界石だった。
「……それはいいけど、何かあるのか?」
「この結界石、本当に壊れたんだろうか。別に点滅が収まっただけで、色もそのままだし亀裂が入ったわけでもないだろ?」
「言われてみれば、まあたしかに」
「だから一度鑑定してみよう、ってな」
「よしわかった。さっそくやってみるよ」
『能力模倣』は1日に1回しか変更できない。とはいえ、このあと何かやる予定もない。さっそく鑑定をコピーして試してみることになった。
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『結界宝珠』
珠内の魔素を消費して簡易結界を自動展開
※特殊な製法により結界石の魔素が安定した状態の宝珠
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「なんてこった……。こいつ、壊れてなんかなかったんだ! ていうか、凄い代物に変化してるぞ」
「ほんとか? 早く教えてくれよ村長」
「うむ、鑑定結果は『結界宝珠』だ。結界を自動で展開してくれるらしい」
「なんだって!? そりゃトンデモない逸品じゃないか!」
こんな感じでまさかのお宝に化けていた。思わず気を良くした私は夏希にダルがらみをしていたのだった。
「それで村長、昨日あのとき何をやったんだ? そこが肝なんだ。よく思い出してくれ」
「え? そう言われてもな……。手に取ってコロコロ転がしただけ、だったような……?」
「おいおい、そんな訳ないだろ。魔力を込めたとか、スキルを使ったとか、何かあるだろう!」
そんなこと言われても、あのときは本当に何の気なしに触ってただけだ。注釈には『特殊な製法により』とあるけど、皆目見当がつかない。
「やっぱりたまたまじゃないですか。本能が? 叫んでた? いやぁ、さすがは村長ですね。プププッ」
「くっ、みんなには言うなよ夏希」
「さあ? なんのことでしょうかね。これは今日の夕食が楽しみですー」
「……すまんかった。つい調子に乗りました」
「まあ冗談はさておき、わたしとしては、村長の『敷地拡張』能力が要因だと思いますよ」
「と、いうと?」
「村長の敷地拡張は、同時に結界も展開する能力です。素材の名称も結界石ですし、どう考えても親和性は高いでしょう」
言われてみればたしかに――、原理自体は私のものと同じに思える。浮かれすぎて気づかなかった……。
「敷地が固定されるときのように、結界の点滅が収まるのと同じ状態になった。そう考えるのが妥当だね」
「はあー、たいしたもんだ。すごい説得力あるわそれ」
「ここまで説明してくれればなぁ。わたしも感心したんですけどねー」
それについては返す言葉もないので、余計な反論はしない。
続けて夏希が、「残りふたつの結界石でも試してみましょう」となったので、石を握って敷地を固定するイメージをしてみた。
すると見事に明滅が収まり、鑑定でも『結界宝珠』へと変化していた。
「過程はともかく、これで結界石の利用方法が判明しましたね」
「ああ、効果のほどは検証してみないとだけど、説明文からしてもかなり良さそうな代物だな」
「そのへんは冬也たちに実戦で試してもらいましょうよ」
「そうだな。帰ってきたらさっそく渡そう」
ダンジョン班、とくに近接職なら敵の攻撃を受ける頻度も高い。検証するには打って付けだ。
「なあ村長、物は試しだ。ちょっとコレにもやってみてくれないか?」
なにかを思いついたのか、ベアーズが大小さまざまな魔石を渡してくる。結界石同様、魔石にも反応があるかもしれない、そう付け加えていた。
魔石を受け取った私は、とりあえず自分の魔力を込めてみる。と言っても、やり方もわからないので適当にイメージしてみるだけだが……。
しかしなんと、
魔力を込めるイメージをした瞬間……今まで黒っぽかった魔石の色に変化が生じた。色が薄緑色に変わり、わずかに明滅した状態になったのだ。これはもしかして――、そう思い至り、敷地固定のイメージをしてみる。
と、予想どおりに明滅が収まり、ただの魔石が『魔結石』という名称に変化した。
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『魔結石』
通常の魔石よりも、より純度の高い魔石
※魔石に大地の魔素を定着させて変質した状態
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「おおこれは……村長、ちょっと借りるぞ」
「おじさん、まさかそれを魔導炉に?」
「ああベリトア、これならもしかして……」
「っ、可能性は十分ありそう……。早くやってみましょうよ!」
どうやら、この魔結石を使って『魔鉄』の熱処理を試すみたいだ。
「じゃあいくぞ……」
「うん」
投入口に魔結石を入れると、すぐに魔導炉が起動する。私にはいつもと同じに見えるが……。ふたりに言わせると、炉の熱量が明らかに違うらしい。稼働にも問題がないようなので、続いて魔鉄を炉内に投入する――。
「おおお!」
「やりました!」
投入した魔鉄が炉内の熱に反応、みるみるうちに真っ青に変化する。
「なあ、色が変じゃないか? 熱処理なんだから、普通は赤とか黄色っぽい感じになるよな」
「通常は、な。だがこれは未知の素材なんだ。当然、この程度の変化はあるだろうよ」
「……そうなのか?」
ド素人にはよくわからんが、とにかく変化は起こっているのだ。一歩前進したのは間違いなかった。
「よしベリトア、このまま加工に取り掛かるぞ!」
「うん、まずは1本仕上げてみましょう!」
「悪いが村長、魔結石を量産してくれ! 1個でどれだけ稼働できるかわからんし、途中で切れたら困るからな」
「お、おう。任せとけ」
魔鉄の加工に兆しが見え、俄然ヤル気をみせる鍛冶師のふたり。それを夏希が見守るなか、私は必死こいて魔石を加工していく。
魔結石にするのは簡単で、途中で魔力切れになることもない。何個か作ってみたけど、失敗する気配もないので量産体制に入った。
結局、ゴブリンが落とす小さな魔石だと、3分程度しか持たなかったよ。それがオークのものになると10分といったところか。かなり燃費は悪いが、途中で炉を止めるわけにもいかないので一心不乱に作り続けた――。
◇◇◇
やがて夕方にさしかかり、
結構な量の魔結石を消費しながら一振りの剣が完成した。
その剣は、素人目でも違いがわかるほどの逸品だった。刀身が薄い緑色に煌めき、いかにも切れ味の良さそうな雰囲気を醸し出している。
「自分で言うのもなんだが、これは見事なもんだぞ。間違いなく今までで最高の出来だ」
「私もそう思います。これほどの物をたった半日で仕上げられるなんて……、普通じゃ考えられませんよ」
たしかに剣を仕上げるとなれば、普通はもっと期間を要するのだろう。職業やスキルのおかげもあるけど、ふたりの手際はとても良かった。まさに職人技って感じで、見ているこっちも魅了されていたよ。
「ダンジョン組も戻ってきたし、結界石も含めてお披露目といこう」
「うんうん、内なる本能の話もしないとだし! 早くいきましょう!」
「夏希、それは内緒の約束だろ……」
まさかホントに言わないよな?
そう信じながら、みんなで食堂に向かうのだった。




