第83話:勇者の旅立ち
異世界生活176日目
次の日の早朝、予定より少し早めに勇者一行がやってきた。
手荷物も少なく、身軽な感じでのご登場。こういうとき、空間収納のスキルは非常に便利だ。
本来なら、村人以外は不用意に侵入させないんだけど……今回は特別に許可している。短時間だし、最後に印象を悪くするのも悪手だからね。まだダンジョン組も村にいるから、万が一があっても問題ないだろう。
ただし、居住の許可は出してないので、誰も村人にはなっていない。能力強化のことが頭にちらつき、ちょっとだけ迷ったけれども踏みとどまった。
後々、このときの選択を悔やむかもしれない。けれどなんとなく、今じゃない、やめた方がいい、そう感じたんだ。何の根拠もない直感だけどね。
こんなことは滅多にないので、自分を信じて見送ることに決めた。
「啓介さん、朝早くからすみません」
「おはよう、出発の準備はできてるぞ」
「ありがとうございます。みんな昨日からソワソワしちゃって……かなり早く出てきちゃいました」
勇人たちは、初めて見る村の風景にとても驚いていた。まあ、あの砦を基準とすれば、ナナシ村は大層立派に見えることだろう。
「話には聞いてましたけど……これはもう、ちょっとした街の規模じゃないですか?」
「うんうん、すっごいよねー!」
「人もいっぱいだしー」
「なんならゆっくりしてもいいんだぞ?」
「いえ、そう長くお邪魔するわけにもいきませんし、それに……」
勇人はそう言いながら、なんとも申し訳なさそうな顔をしている。
「街はもっと大きいのかなぁ」
「早く行ってみたいねー」
「だよねー、楽しみー!」
なるほど、彼女たちは街のことで頭がいっぱいのご様子。さっさと見送ったほうが良さそうだ。勇人を万能倉庫へ連れていき、空間収納に食糧なんかをたんまり入れさせた。
その間、杏子や他のメンバーたちは別れの挨拶を交わしていたよ。戻るころには座談会と化していた。街まではそう遠くないし、なにも今生の別れってわけでもない。誰一人として悲し気な表情はしておらず、「またそのうちねー」程度の感覚でいる。
そんなにぎやかな雰囲気の中、馬車に揺られて旅立っていった。
今後交わることがあるのかは微妙なところ。だけれどいつかまた、元気に再会したいものだ。
◇◇◇
勇人たちを見送った後は、いつもと変わらない日常が始まる。街や首都に動きがあろうと、ナナシ村に影響がでるのはまだまだ先の話だ。
農場では6回目となる米の収穫がおわり、乾燥済みの稲を脱穀場へと運び込んでいる。水車式脱穀機のお陰で、米の脱穀や精米作業も格段に効率化された。
『収穫量に追いつかない問題』、これもずいぶん解消されている。
米の生産だけでなく、麦や野菜の栽培も全て村人任せにしているが――。目立った問題もなく、というより余裕すらでてきており、農地拡大の提案がでるほどだった。敷地に余裕はあるので、存分にやってくれと言いつけてある。
村にいる子どもたちも、食堂を教室にして文字の勉強に励んでいる。
メリナードの妻であるメリッサ、先生役は彼女に一任していた。農作業に余裕ができたのもあり、最近では毎日のように開かれている。
午後の自由時間は、みんな思い思いに遊んでいるよ。中にはダンジョンの浅い層で実技訓練をする子も――。あまりに幼い子は止めているけど、10歳以上のやる気がある子は、ラドたちに同行する許可を出している。
過保護に育てる気は微塵もないようで、それに反対する親もいなかった。
ここは弱い者が淘汰される世界だ。生き延びる術を自ら獲得するしかない。そういう観点からすると、ナナシ村は絶好の修練場だった。
「やあみんな、調子はどうだい?」
そんなこんなで暇人の私は、鍛冶場に顔を出しているところだ。
「あ、村長どうもです」
「いや参ったよ村長、なかなか難航しているんだ」
「あれ、夏希はいないのか?」
「夏希ちゃんなら、今日は春香さんと鉱山へ行ってますよー」
「あれだ村長、この前発掘した希少石を直接現地で見たいんだとよ」
いつもは工房にいる夏希だったが、どうやら今日は鉱山視察に出向いているみたいだ。ここにはベリトアとベアーズしかいなかった。
実は数日前、鉱山の深層で二種類の希少石が見つかっていた。春香の鑑定によると『魔鉱石』と『結界石』という名称らしい。
『魔鉱石』は、魔素の含有率が非常に高い鉄鉱石で、製錬すると『魔鉄』になる。魔力の伝導率が高く、自身の魔力を流すことで硬度も上昇するという優れモノだった。
そして『結界石』については、『大地の祝福を受けた希少石』という漠然とした鑑定結果になった。研磨された状態で発掘され、静かに明滅を繰り返している。色は薄緑色で大きさはビー玉サイズ、まさに村の結界を凝縮したかのような代物だ。
ただし、魔鉄の加工がなかなか上手くいかずに、鍛冶師のふたりも頭を抱えている状態。いつも使用している魔導炉では熱反応が起きないらしく、そこさえクリア出来ればあとの加工はいけるはず、とも言っていた。
夏希は解決の糸口を探しに、現地へとおもむいて行ったらしい。魔鉄製品を使って、特殊能力付与を試したいんだと。
そして結界石のほうも同じだ。原石のまま所持していれば良いのか、加工しないと効果がでないのか。そもそも何の効果があるのかも不明。
「せっかくお宝を見つけたのに、それを生かせないのは悔しいです!」
「色々と試してはいるんだがな……」
鍛冶士のふたりもお手上げ状態。お宝を目の前にして、指をくわえている状態だ。
「魔導炉の性能が悪い、ってわけじゃないんだよな?」
「ここのヤツも街にあるのと変わらんよ。なにせ初めて見る素材だからな……なにが原因かも不明って感じだ」
「まああれだ。そのうち進展もあるさ! 焦らずじっくりいこう」
そうは言ってみたものの。この場の空気に耐えられず、目に付いた結界石を手に取り転がしてみる。コロコロと……。
「「あ……」」
と、ついさっきまで明滅していた石の輝きが収まってしまった。
「あっ、ごめん! つい触っちゃって……。もしかして壊れちゃった?」
「わからん……」
「ま、まあ少しなら在庫もありますし……」
「ホントごめん、不用意に触った私が悪い」
やっちまった……。その道のプロでも知らない貴重なものを、素人が迂闊に触るべきではなかった。
「じゃ、じゃあ私は行くよ。力になれなくてすまんな……」
力になるどころか、余計なことをしてしまった。そんな私は逃げるようにその場を離れたのだった……。
◇◇◇
結局その日は、ずっと沈んだ気持ちのままボンヤリと過ごしてしまった。もちろん反省はしている。
途中、メリナードから念話があり、勇人たちと街へ到着したことも聞いた。予想どおり、勇者と判明してすぐに領主への挨拶となったらしい。が、悪い雰囲気ではなかったみたいだ。
今後のことは、領主とメリー商会を交えて決めるらしい。手厚くもてなされたので心配ない、とメリナードが言っていたので大丈夫だろう。
やがて夕方になり、採掘班とともに夏希と春香が帰ってきた。現地でいろいろ調べたけど、解決に至るような情報は得られなかったらしい。
夕食のとき、しょんぼりしているふたりが目に付き、なんとなく話しかけてみると――、
「あー、村長聞いたよー。結界石壊しちゃったんだってねぇ」
「悪いな……つい触っちゃってさ」
「まあ、誰にだって失敗はあります。あんまり気にしちゃダメだよー」
「そうですよ、切り替えていきましょ!」
こんな感じで、逆に慰められてしまう始末、なんとも情けない。
そのあとみんなにもフォローを入れられつつ、何か打開策はないものかと話し合うのだった。
だが私は、今日の自分に言ってやりたい。
あのときの行動は正しかったんだと!
お前は何も間違ってなかったぞと!
まさかあんな展開になるとは、このときの私は予想もしてなかったんだ。




