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異世界村長【書籍発売中】  作者: 七城
第1部 『異世界村長編』
83/252

第83話:勇者の旅立ち

異世界生活176日目



 次の日の早朝、予定より少し早めに勇者一行がやってきた。


 手荷物も少なく、身軽な感じでのご登場。こういうとき、空間収納のスキルは非常に便利だ。


 本来なら、村人以外は不用意に侵入させないんだけど……今回は特別に許可している。短時間だし、最後に印象を悪くするのも悪手だからね。まだダンジョン組も村にいるから、万が一があっても問題ないだろう。


 ただし、居住の許可は出してないので、誰も村人にはなっていない。能力強化のことが頭にちらつき、ちょっとだけ迷ったけれども踏みとどまった。


 後々、このときの選択を悔やむかもしれない。けれどなんとなく、今じゃない、やめた方がいい、そう感じたんだ。何の根拠もない直感だけどね。


 こんなことは滅多にないので、自分を信じて見送ることに決めた。



「啓介さん、朝早くからすみません」

「おはよう、出発の準備はできてるぞ」

「ありがとうございます。みんな昨日からソワソワしちゃって……かなり早く出てきちゃいました」


 勇人たちは、初めて見る村の風景にとても驚いていた。まあ、あの砦を基準とすれば、ナナシ村は大層立派に見えることだろう。


「話には聞いてましたけど……これはもう、ちょっとした街の規模じゃないですか?」

「うんうん、すっごいよねー!」

「人もいっぱいだしー」

「なんならゆっくりしてもいいんだぞ?」

「いえ、そう長くお邪魔するわけにもいきませんし、それに……」


 勇人はそう言いながら、なんとも申し訳なさそうな顔をしている。


「街はもっと大きいのかなぁ」

「早く行ってみたいねー」

「だよねー、楽しみー!」


 なるほど、彼女たちは街のことで頭がいっぱいのご様子。さっさと見送ったほうが良さそうだ。勇人を万能倉庫へ連れていき、空間収納に食糧なんかをたんまり入れさせた。

 

 その間、杏子や他のメンバーたちは別れの挨拶を交わしていたよ。戻るころには座談会と化していた。街まではそう遠くないし、なにも今生の別れってわけでもない。誰一人として悲し気な表情はしておらず、「またそのうちねー」程度の感覚でいる。


 そんなにぎやかな雰囲気の中、馬車に揺られて旅立っていった。


 今後交わることがあるのかは微妙なところ。だけれどいつかまた、元気に再会したいものだ。



◇◇◇


 勇人たちを見送った後は、いつもと変わらない日常が始まる。街や首都に動きがあろうと、ナナシ村に影響がでるのはまだまだ先の話だ。


 

 農場では6回目となる米の収穫がおわり、乾燥済みの稲を脱穀場へと運び込んでいる。水車式脱穀機のお陰で、米の脱穀や精米作業も格段に効率化された。


『収穫量に追いつかない問題』、これもずいぶん解消されている。


 米の生産だけでなく、麦や野菜の栽培も全て村人任せにしているが――。目立った問題もなく、というより余裕すらでてきており、農地拡大の提案がでるほどだった。敷地に余裕はあるので、存分にやってくれと言いつけてある。



 村にいる子どもたちも、食堂を教室にして文字の勉強に励んでいる。


 メリナードの妻であるメリッサ、先生役は彼女に一任していた。農作業に余裕ができたのもあり、最近では毎日のように開かれている。


 午後の自由時間は、みんな思い思いに遊んでいるよ。中にはダンジョンの浅い層で実技訓練をする子も――。あまりに幼い子は止めているけど、10歳以上のやる気がある子は、ラドたちに同行する許可を出している。


 過保護に育てる気は微塵もないようで、それに反対する親もいなかった。


 ここは弱い者が淘汰される世界だ。生き延びる術を自ら獲得するしかない。そういう観点からすると、ナナシ村は絶好の修練場だった。



「やあみんな、調子はどうだい?」


 そんなこんなで暇人の私は、鍛冶場に顔を出しているところだ。


「あ、村長どうもです」

「いや参ったよ村長、なかなか難航しているんだ」

「あれ、夏希はいないのか?」

「夏希ちゃんなら、今日は春香さんと鉱山へ行ってますよー」

「あれだ村長、この前発掘した希少石を直接現地で見たいんだとよ」


 いつもは工房にいる夏希だったが、どうやら今日は鉱山視察に出向いているみたいだ。ここにはベリトアとベアーズしかいなかった。

 

 実は数日前、鉱山の深層で二種類の希少石が見つかっていた。春香の鑑定によると『魔鉱石』と『結界石』という名称らしい。


 『魔鉱石』は、魔素の含有率が非常に高い鉄鉱石で、製錬すると『魔鉄』になる。魔力の伝導率が高く、自身の魔力を流すことで硬度も上昇するという優れモノだった。


 そして『結界石』については、『大地の祝福を受けた希少石』という漠然とした鑑定結果になった。研磨された状態で発掘され、静かに明滅を繰り返している。色は薄緑色で大きさはビー玉サイズ、まさに村の結界を凝縮したかのような代物だ。


 ただし、魔鉄の加工がなかなか上手くいかずに、鍛冶師のふたりも頭を抱えている状態。いつも使用している魔導炉では熱反応が起きないらしく、そこさえクリア出来ればあとの加工はいけるはず、とも言っていた。


 夏希は解決の糸口を探しに、現地へとおもむいて行ったらしい。魔鉄製品を使って、特殊能力付与を試したいんだと。



 そして結界石のほうも同じだ。原石のまま所持していれば良いのか、加工しないと効果がでないのか。そもそも何の効果があるのかも不明。


「せっかくお宝を見つけたのに、それを生かせないのは悔しいです!」

「色々と試してはいるんだがな……」


 鍛冶士のふたりもお手上げ状態。お宝を目の前にして、指をくわえている状態だ。


「魔導炉の性能が悪い、ってわけじゃないんだよな?」

「ここのヤツも街にあるのと変わらんよ。なにせ初めて見る素材だからな……なにが原因かも不明って感じだ」

「まああれだ。そのうち進展もあるさ! 焦らずじっくりいこう」


 そうは言ってみたものの。この場の空気に耐えられず、目に付いた結界石を手に取り転がしてみる。コロコロと……。


「「あ……」」


 と、ついさっきまで明滅していた石の輝きが収まってしまった。


「あっ、ごめん! つい触っちゃって……。もしかして壊れちゃった?」

「わからん……」

「ま、まあ少しなら在庫もありますし……」

「ホントごめん、不用意に触った私が悪い」


 やっちまった……。その道のプロでも知らない貴重なものを、素人が迂闊に触るべきではなかった。


「じゃ、じゃあ私は行くよ。力になれなくてすまんな……」


 力になるどころか、余計なことをしてしまった。そんな私は逃げるようにその場を離れたのだった……。



◇◇◇


 結局その日は、ずっと沈んだ気持ちのままボンヤリと過ごしてしまった。もちろん反省はしている。


 途中、メリナードから念話があり、勇人たちと街へ到着したことも聞いた。予想どおり、勇者と判明してすぐに領主への挨拶となったらしい。が、悪い雰囲気ではなかったみたいだ。


 今後のことは、領主とメリー商会を交えて決めるらしい。手厚くもてなされたので心配ない、とメリナードが言っていたので大丈夫だろう。



 

 やがて夕方になり、採掘班とともに夏希と春香が帰ってきた。現地でいろいろ調べたけど、解決に至るような情報は得られなかったらしい。


 夕食のとき、しょんぼりしているふたりが目に付き、なんとなく話しかけてみると――、


「あー、村長聞いたよー。結界石壊しちゃったんだってねぇ」

「悪いな……つい触っちゃってさ」

「まあ、誰にだって失敗はあります。あんまり気にしちゃダメだよー」

「そうですよ、切り替えていきましょ!」


 こんな感じで、逆に慰められてしまう始末、なんとも情けない。


 そのあとみんなにもフォローを入れられつつ、何か打開策はないものかと話し合うのだった。




 だが私は、今日の自分に言ってやりたい。


 あのときの行動は正しかったんだと!


 お前は何も間違ってなかったぞと!

 


 まさかあんな展開になるとは、このときの私は予想もしてなかったんだ。






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