第82話:新たな村人たち
異世界生活175日目
杏子の村人加入から四日後
ここ最近、村の人材補強が滞っていたのだけれど、ようやく今日、メリナードが奴隷を引き連れて村に戻ってきた。
以前、20名の奴隷が村人になってから、約20日ぶりの新規加入予定者たちだ。前回同様、四種族の奴隷を集めたらしい。
人数は20名で、男女比は前と逆になっている。種族間の人口バランス、これを考慮した人選のようだ。
先住する同族たちのおかげで、目立ったトラブルもなく受入れが進んでいった。
やはり、同族の言葉ってのは心に響きやすいようで、村での実生活を耳にすることで忠誠度の上がり具合も良い。私は軽い挨拶を交わし、居住の許可を出しただけ。あとは春香が手際よく仕切ってくれた。
新参者が早くなじめるように、仕事についても前回と同じ割り振りにした。結果、四種族による作業分担はこんな感じとなり、各班ともに大幅な労働力アップが叶った。
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『猫人族』10人
成人男性3→5人 採掘
成人女性2→5人 農業
『犬人族』10人
成人男性3→5人 採掘
成人女性2→5人 農業
『狼人族』10人
成人男性3→5人 戦闘、狩猟
成人女性2→5人 農業
『狐人族』10人
成人男性3→5人 建築
成人女性2→5人 機織り
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採掘班や戦闘班のほか、建築班や機織り班を増強。あとはなんといっても、村の主要産業である農業班の充実がありがたい。
これだけいれば、急に農地を増やすことになっても対応できる。食糧不足になることは考えられないが……。街との取引量を増やす可能性もある。すぐさま対処可能となったのは大きい。
村人の数も94人まで増え、大台の3桁まであと一息。
『村人100人達成』
これは能力解放条件の一つだと考えている。その瞬間が訪れるのを、今かいまかと待ち望んでいた――。
「啓介さん、受入れはバッチリよー」
「おつかれ、あとは椿に引き継いでくれ」
「かしこまりー」
住民登録や住居の手配は、すべて椿が管理している。物資担当のメリマスとも連携が取れており、私が関与することはほとんどなくなっていた。そのおかげもあり、自由な時間がかなり増えている。
◇◇◇
お昼の混雑も過ぎたころ、
空席の目立つ食堂でメリナードと打ち合わせをしていた。交易品の搬入なんかは、すでに終わらせている状態だ。
「頼んでおいた魔道具だけど、この短期間でよく揃えられたね」
「買い手がなく売れ残っておりました。さほど難しくはありませんよ」
「それにしても、あんなモノまであるなんてな。いいタイミングで入手してくれたよ」
「いずれは必要になるかと思いましたので。喜んで頂けてなによりです」
私が興味を魅かれたのは『製塩の魔道具』。正式名称は知らないが、海水から塩を分離して抽出する魔道具のようだ。
身の丈の倍はあるだろうか。ドラム缶を何倍にも大きくした感じで、天井部分には注入用の穴が空いている。そして最下部には、排水用の管が設置されていた。
動力盤となる魔道具は側面に取り付けてあり、魔石を投入することで稼働するみたいだ。内部の構造はよくわからないが……熱処理をしたあと、塩と水とに分離する仕組みらしい。
(しっかし、この世界の魔道具って不思議だよな……)
一番最初に魔道具を発明した人は、何をヒントにして発案に至ったのだろうか。これだけの技術と発想力があれば、他産業の文明も高い水準で発展しているはず。
だというのに、こんな局所的に技術革命が起きているのはなぜなんだろう。過去の異世界人が関与していたりするのか……。判明したところで何が変わるわけでもないけど、個人的にはとても気になっている。
――と、話を戻すが、
勇人たちが街へ行くとなれば、南の海まで結界を延ばすのに何の遠慮もいらなくなる。漁業と合わせて塩の生産も可能、メリナードの手腕には感謝せざるを得ない。
「あとは、勇者たちの件だけど」
「村に来られるのは明日の午前でしたね。馬車も用意してありますので、いつでも出られます」
「勇者が街に行けば必ず騒ぎになる。メリナードにはそのあたりの監視を頼みたい」
「お任せください。彼らの動向も含め、逐次報告いたします」
「ああ、助かるよ」
議会や領主の歓待を受けて気ままにやれるのか。良からぬ輩の干渉で厄介ごとに巻き込まれるのか。……まあ勇者なんだし、どうやっても物語の本筋に絡んでいくのだろう。せめて食糧には困らないように、米や芋をたんまり持たせてやろう。
「村長、勇者の話ついでに私からもひとつ質問が」
「ん、なんだろうか」
「彼らが街へ進出するに至った理由、良ければ教えて頂けますか?」
「ああ、そのことか」
これについては私も最近になって知った。
杏子さんが村に来た次の日、村の経緯や彼女たちについて、ふたりで話していたときのことだ――。
「結局、勇人たちが街へ行くのって、なにが目的なのかな?」
「簡潔に言うと、今の生活に満足できないから、ですね。付け加えるなら、勇人以外の女性陣が、です」
「彼女たちの希望を汲んで、勇人も同行するって感じか」
「ええ。立花や葉月はそんなでもないけど……ほかの子たちは、街への憧れが日々強まっていました」
「支援したはいいけど、ちょっと軽率だったかもしれないね」
生活が豊かになるほど、物欲はどんどん増していく。私が支援したことで、彼女たちの欲求が高まってしまったようだ。
「街の存在を知った時点で、いずれはこうなると思いました。啓介さんの支援は純粋に感謝してますよ」
「杏子さん自身はどうだったのかな」
「啓介さん、できたら杏子って呼び捨てにして下さい。ほかの方との隔たりを感じちゃって……早く村に馴染みたいんです」
このくだりにもだいぶ慣れてきた。呼び捨てにする程度、いまさら躊躇するおっさんではないのだ。
「わかった。それで杏子はどうなの?」
「私は最初から、みんなで村に移住するのが最善だと考えてました。もちろん、そう簡単に受け入れてくれるとは思ってませんでしたけどね」
「それはなんで?」
「だってこんなハーレム集団が村に来たら……、至るところでギスギスするのは目に見えてますもん」
「だよなぁ。私も同じことを考えていたよ」
ハーレムによる弊害、それに彼女も気づいていた。どう考えても村での共同生活には不向きだよな。
「それに私たちが勇者パーティだというのも、トラブルの原因になりそうでしょ? 異世界ファンタジーの王道パターンだし」
「やっぱそう考えるよなぁ」
「勇人自身は好感の持てる人物ですよ。でも周りの環境次第で、事件に巻き込まれていくでしょう」
やはり思考が似ている。同志だけあって考えることは一緒のようだ。トラブルというのは、勇者が背負う宿命だと思っている。
「なのでみんなで移住、というのは早々に諦めました。ですがどうしても、ああいう関係には抵抗があって……」
「まあ人それぞれだよね。あの環境ならしょうがないかなって、個人的には思ってるけど」
「それに私だけ年上でしたし……。ファンタジー関連の話も、疎外感があってキツかったんですよね」
「そんなときに私たちが来たわけか」
「やっと気兼ねなく話せる! って、内心飛び跳ねてましたよ」
さぞ羨ましく見えたんだろう。彼女の気持ちは手に取るように分かった。
「……こんな私を軽蔑します?」
「いや全然? いつ死ぬかもわからない世界なんだ。自分の思うようにやらなきゃ後悔するでしょ」
「桜さんも同じことを言ってました。きっと啓介さんもそうだろうって」
「私や村に不利益がない限り、杏子の好きにやったらいいよ。せっかくの賢者スキルなんだ、存分に生かしてくれ」
「うん、ありがとう」
――――――
「とまあ、そんな感じだったんだ」
「なるほど、街での生活は便利ですからね。至極当然の選択でしょう」
「だからと言って手厚く保護する必要はない。間違っても、自分を犠牲にしてまで助けたりするなよ?」
「はい、重々承知しております」
◇◇◇
その日の夕方、ダンジョン組や採掘班が村へと戻り、新しく村人になった者たちの歓迎会を開いた。
いくら広い食堂だといっても、総勢100人近くが集まるとほぼ満席状態だった。せめて、酒飲み連中と他とで場所を分けよう、という意見があがり、近々専用の酒場を併設する運びとなった。
建築士のルドルグもこの案には乗り気なご様子。自身の酒好きも相まって、自分好みの酒場を建てるつもりらしい。いまも建築構想について、飲み仲間たちとワイワイ語らっている。
杏子さんはお酒が弱いみたいで、春香たちに囲まれながら薄めのぶどう酒をチビチビやっていたよ。
この前みたいに絡まれるのはもう御免。
私は少し離れたところで、ゆっくりと食事を楽しんでいた。




