第79話:上級鑑定士
異世界生活170日目
ドラゴ一行の視察から、はや五日。
この数日の間にいくつかのイベントが発生していた。そのほとんどは良いものだったんだけど、なかには村にとって都合の悪いことも……。
まずは何と言っても、春香が念願のクラスアップを果たしたこと。タイミング的には、ドラゴ一行が視察に来た二日後の朝、春香が教会におもむき祈りを捧げたときだった。
頭の中にアナウンスが流れて、新たな職業になれると告げられたそうだ。もちろんそれを拒む選択肢なんてない。すぐに転職を決めたらしい。
肝心のステータスはこんな感じだ。
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春香 Lv43
村人:忠誠98
職業:上級鑑定士<NEW>
スキル:上級鑑定Lv1<NEW>
対象を目視することで全てのものを鑑定可能
通常鑑定よりも詳細な鑑定が可能となる
自身に対する鑑定を阻害できる
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職業は『上級鑑定士』
一見すると安易な派生先だなと感じてしまうが、春香にしたら伸びしろがあっていい、という見解だった。「上級があるなら、さらにその上の特級とか最上級だってあるでしょ!」ってことらしい。
そんな2次転職的なものが本当にあるのかは不明だが、「スキル保持者にしか理解できない漠然とした感覚」には私も身に覚えがある。春香がそう感じたなら、きっと何かがあるのだろう。
スキルについては『上級鑑定』に変化しており、鑑定対象に制限がなくなって、今までよりも詳細に鑑定できる優れもの。試しに私を鑑定してもらったのだが――、
一般的なところだと、「性別、年齢、種族、健康状態」なんかが見えるようになり、ちょっと変わったところだと「属性や弱点」というのもわかるらしい。
ちなみに、私の属性は「属性:なし」だった。桜や秋穂も同じだったので、魔法の属性とは別物のようだ。きっと、魔物とか種族特有の基本耐性みたいなものだろう、と春香は語っていた。
また、弱点については、私の名誉のためにこの場で公開するのは遠慮させてもらおう……。勘違いしないでほしいが、決していかがわしいものではないので、邪推はしないで頂きたい。
なんにしても、春香本人は大層喜んでおり「次は戦闘系のスキルでも生えてこないかなー」と、欲張っている始末だった。
次のイベントは、村の食堂施設がついに完成したことだ。
立派な炊事場が出来上がり、ルドルグ特製のパン焼きかまども併設された。これで営業準備は万全といったところか。
朝昼晩の食事に加え、以前から構想していたお弁当企画も無事に通った。ダンジョン組や採掘班も、出かけるときには弁当を受け取り出発していったよ。
食堂を任せている兎人たちだが、ルルさんの他にもう一人、調理師の職業が授けられた。この調子で行けば、残りのふたりも恩恵を受けられそうだ。
当の本人たちは気負った感じはなく、「私たちはのんびりやっていきますよ」と話していた。
あ、そうだ。お弁当の話がでたので補足しておくと、日本人の一番人気は「塩おむすび」で、獣人たちは「ただの蒸かし芋」だったよ。採掘作業や戦闘の合間に食べるので、シンプルで手早く食べれるものが好まれるんだと。
それと採掘作業といえば――。
忘れちゃいけないのが、深層での採掘が解禁されたことだ。
北の鉱山に結界を張ってから、都度9日間様子を見たんだけど……。鉱山が埋まってしまうことや、結界に影響が出ることもなかった。いよいよ今日から挑戦してみようとなって、採掘班の皆は意気揚々と出かけていった。
何か珍しいものが見つかれば儲けもん、って感じだったので、無理をすることもないだろう。深層での採掘は、まだ誰も挑戦したことがない。「自分たちが栄誉ある先駆者だ!」と楽しそうに話していたよ。
最後に、これはかなり厄介な匂いがするイベントだ……。
獣人領の首都ビストリア、ここの連合議会が大きな動きを見せていた。
メリナードが先ほど仕入れた最新の情報なんだが、なんとあのドラゴが議長を退任する予定みたいだ。しかもそれだけではなく、日本商会の商会長が、日本人代表として議会の末席に加わったらしい。
つい数日前に会ったばかりなのに、それがいきなり退任なんて普通じゃない。日本商会のことにしても、この世界に来てまだ半年だというのに、一介の商会長が選出されるのにも違和感しかない。
そんなことを考えながら、メリナードとの念話を思いだしていた。
◇◇◇
「――で、その情報は確かなのか」
「はい、街の領主に直接聞きましたので間違いありません」
「理由は? こんなおおごとだ。余程の理由がないとありえないだろ?」
「議長退任に関しては、村の監視を目的として移住をするため、だそうです。本人の意思も固く、議会の総意で決議されたと」
「たしかに村人にはなったけどさ。議長の座を放り出すなんて……」
「議長の真意については、直接聞かなければなんとも。ですが女神様への信仰心からして、十分考えられるのではないかと」
「そう、なのかなぁ」
まあ、わからんでもないが……。それにしたって、飛行スキルで飛んでくれば、この村まで2日とかからないんだ。いつでも来れるというのに、なぜ移住なんて選択をしたのかは理解できなかった。
「それと、村の監視ってことだけどさ。これは建前の話だよな? 忠誠度も高かったし、そんなわけないだろう」
「はい、それについては私も同意見です」
「ふぅ、あとはなるようになる……か。――家族や部族をどうするのか、その辺の事情は聞いてる?」
「ご家族の方も同じ竜人、ともなれば信仰心もさぞおありでしょう。私見ではありますが、問題なく村人になれると考えます」
「そうだな、これ以上は実際村へ来たときに対処しよう」
まだどうなるのかも定かではない。今からアレコレ考えても無駄だ。こちらの想定どおりに事が運ぶなんてことは稀だし、とりあえず棚上げにした。
「それと日本商会のことだが……」
「領主の話では、議員の大半が就任に賛成しており、諸手を上げて迎え入れたと聞いております」
「ありえん、絶対に何かあるぞソレ」
「何か、というのは日本人のスキルのことですか? それとも、金銭による買収のことを?」
「賄賂の線はないと思う。厳格に定められた議会の規律上、金銭程度でなびく輩がいるとは思えん」
「ならばスキルによる影響……と?」
「前に商会長のスキルを教えてくれただろ? たしかカリスマだっけか」
「ええ、教会の登録情報にそう記載してありました。間違いないかと」
日本人のスキル情報については教会で一括管理をしている。そして寄付という名の情報料さえ払えば誰でも知ることができる。商会長については、割と早い段階で情報を入手していたんだが……。
「カリスマってさ。他人を扇動したり、人々を導く力、ってのが良くあるパターンなんだけど――。意志の強い人とか地位の高い人なんかには効きにくい、ってのが定番なんだよ」
「そうなのですか?」
「まあ勝手な想像だから、本当のところはわからないけどな」
「議員に選ばれるような高位の人物に対し、ここまでの効果がでるのはおかしい、そう考えているのですね」
とてもじゃないが、議員を意のままに操るなんて不可能だろう。少なくともカリスマ程度じゃ無理だと思っている。
「たぶんだけど、もっと強力なスキルを持っているはず。パッと思いつくのは『洗脳』とか『魅了』なんかだね」
「もしそうなら相当危険なのでは?」
「だからと言って私が関与する問題ではないし、せいぜい好きにやればいいさ。――ただメリナード、商会長には極力接触しないようにな」
「わかりました。他の者にも徹底させます」
私がいろいろ思案したところで、どうにかできるはずもない。そもそも、街や首都へ安全に行ける保障もないのだ。事態は止められないし、止める気すらない。
◇◇◇
とまあ、そんなことがあり、いよいよ獣人領の動向が怪しくなってきた。
この話を聞いた私は、街でしか手に入らないものをメリナードに頼んだ。製錬や魔力炉の魔道具、灯りの魔道具など、街との取引が困難になる前に必要なものを揃えておきたかった。
街との交易停止については、まだ先のことだと思っていた。だけど、ここまで事態が進展してるとなれば、少し急がなければならない。明日は南の勇者のところへ行く予定だし、このへんの事情も伝えておいたほうが良さそうだ。
なにやら杏子さんたちにお礼がしたいらしく、桜たちも同行を希望していた。ランクアップの件だと思うが、彼女たちなら余計なことは言わずに上手く話してくれるだろう。
私もなんだかんだと勇人のことは気に入っているので、会いに行くのを楽しみにしていた。




