第78話:獣人族領-ep.3
<獣人族領-首都ビストリア>
中央連合議会-議事堂にて
ドラゴが村を訪問して二日後のこと――
「定刻となりました。本日は議長が視察のためご不在ですが、予定どおり定例会議を始めます」
会議室には、竜人を除く11種族の代表が顔を揃えていた。
ガチャ――
「っ! 議長……どうしてこちらに?」
「お帰りになるのは明後日の予定では」
「ん、少し急ぎの要件もあったのでな。儂だけ飛んで帰ってきたんじゃ! ククッ」
「――なんと、護衛の者たちは何をしておるんだまったく!」
「よいよい、儂が勝手にやったことじゃ」
「ですが……」
本来なら現れるはずのない儂の登場に、ここにいるほとんどの者が驚き戸惑っている。
「まあいいじゃないの、全員揃ったんだし早く始めましょ」
そんな中、魚人族の長であるマリアだけは、いつもどおりのマイペースな雰囲気を醸し出していた。
「そ、そうですな……。では報告を始める前に、皆さんにご紹介したい人物がおりますので」
「ん? 儂はなにも聞いておらんぞ」
「アタシも初耳よ。いったい誰なのかしら」
どうやら、知らされておらんかったのは儂とマリアだけのようだ。ほかの議員どもは、さも当然といった感じで微動だにしていない。
それから幾分もしないうちに会議室の扉が開かれ――
中に入って来たのは日本商会の商会長だった。ひと月前くらいからこの首都へと拠点を移し、これまでにも何度か対話したことはあるが……。
「失礼します。本日はお招きいただ……議長? どうしてこちらに……」
「それを聞きたいのは儂のほうじゃ。隆之介殿こそどうしてここに?」
「あ、実はですね……」
そう言い淀みながら、ほかの議員たちに助け舟を求めている。
「おっと、これは失礼を。……本日、隆之介殿に来ていただいたのは我々の総意です議長。日頃から我ら獣人領に貢献しておられる隆之介殿を、連合議員の一員に迎え入れたらどうかとお呼びしたのですよ」
あまりに突飛な内容に、さすがの儂も思考が追いつかない。隣にいるマリアも呆気にとられている。『我々の総意』とぬかしておったが……こんな話、今まで一度も聞いたことがない。
(こりゃ、明らかに変じゃのぉ)
事前に何度も議論を重ね、満場一致で承認となれば話はわかる。だが、いきなり張本人を同席させるなど……天地がひっくり返ってもありえん。
(ここで一石を投じても話が進まんか。まずは何が仕組まれているかを把握せんとな――)
そう思案した儂は、マリアに目配せをしてから言葉を発する。
「ふむ……。たしかに、日本商会の貢献度を鑑みれば、我らの一員となる資格はあろうな」
「おお! 議長もそうお考えでしたか!」
「議長の賛同があれば、もはや何も問題あるまい」
「しかりしかり!」
「さあ隆之介殿、そちらの席へお掛けを」
いつのまに用意したのか。一つ増えている議員席に誘導され、隆之介が着席する。
(やはりおかしい。マリア以外の議員が、全員諸手を挙げて賛成するなど……こヤツら、この男に何かされておるな)
「議長、それにご同席の議員の皆さま。この度はわたくしめを議会の末席に加えて頂き、誠にありがとうございます。この隆之介、誠心誠意、獣人領のために邁進する覚悟です」
(いかん……。あまりの愚弄ぶりに大笑いしそうじゃ。この小僧、もう議員になったつもりか)
「あら、もう決議されちゃったの? アタシなにも言ってないけど」
「っ、マリア殿、これは申し訳ない。少々先走り過ぎたようで……」
(やめよマリア、それ以上やると儂はもう我慢できん! クッ、ククッ)
「ゴホンッ、マリア殿の意見はごもっとも。それでは、この件に対し決をとりたいと思いますが……。議長、よろしいですかな?」
「そうじゃの。では隆之介殿を、日本人代表として議員に加えることに賛成の者は挙手を」
そう言うと、儂とマリア以外の議員が迷いなく手を挙げていた。
(ここまで話が出来上がっておるのならば、今さら儂が何を言っても結果は変わらんじゃろう。まあ今の儂にはどうでもよいことだがのぉ)
小僧の議員入りが決まると、皆が席を立ち拍手で迎えていた。それに答えるように、小僧が一礼している。
――さっきから、小僧小僧と言っておるが、たしか齢は30と言っておったか……。それにしては、腹芸のひとつも出来ぬとはなさけない。
(さて、今度は儂の番じゃの)
実に愚かしい茶番も済んだので、今日、慌ててここまで来た要件を話していく。
「皆の者、儂からもひとつ良いかの」
儂がそう言い放つと、皆が居住まいを正してこちらに注目する。
「ナナシ村だがの。結論から申すと、獣人領の脅威とはなりえん。向こうがヘソを曲げん限り、食糧の安定した供給源となることは間違いない」
「ほお……戦力のほうはいかがで?」
「村の人口は約70人、そのうち戦力となるのは10人というところかの。だがせいぜい、強い者でもBランク冒険者程度じゃな」
「なるほど、そういうことなら我らに好都合というもの。議長のお言葉ならば、我らも安心できますわい」
「うむ、その通りですな」
ほかの議員たちも、さして反論はないようだった。隆之介も静観を決め込み……というか興味無さそうにしている。
「――ただ、今後のことを考えると」
そこで一度言葉を区切り、
「獣人領への食糧供給は重要な案件じゃ。そこで儂は、あの村へ移住して監視しようと思うておる」
「「「えええ!?」」」
まあ当然の反応じゃな。連合議会の議長がどこぞの村人になるなど、普通ならありえん。
「実はな、ひょんなことから儂も村人になれての。そのお陰で村の中にも侵入でき、村の詳細まで把握することが成ったんじゃ」
「しかしそうなりますと……。議長の職務はどうされるおつもりですか」
「うむ。議長の任を譲ろうと思うておる。なんと都合のいいことに、議員もひとり増えたでな」
儂の発言を耳にした議員どもは、今日一番の驚きを見せておる。その表情や声色からしても、とても演技には見えん。
(最初は、隆之介による洗脳を疑っておったのじゃが……それにしては、ちと縛りが弱いように感じる。まさか金を積まれてなびいたとも思えんし……。ふむ、わからん)
「仮にこれが通ったとして、いったい次の議長は誰が適任と?」
「儂としては、種族数の最も少ないマリアを推すがの。最終的には、ここにいる議員の総意で決めるのが良かろうて」
「ちょっとちょっと! 議長なんて御免よ。選ぶなら他の人にして頂戴」
「ふむ……。なんにせよ移住の決意は固い、そう思ってくれ」
「議長、新参者ではありますが、わたくしの発言をお許しください」
「隆之介殿、お主も議員のひとりじゃ。忌憚なく意見を申してくれ」
ここまで沈黙を保っていた小僧は、この件でなにやら物申したいことがあるらしい。なにやら自信満々の表情で話し出した。
「わたくしは、議長の提案に賛成です。村の連中、今は脅威とならなくとも、いつ反旗をひるがえすやもしれません。同じ日本人として、その性質はある程度理解しているつもりですので」
「そうかもしれませんな」
「たしかに、隆之介殿の言には説得力がありますな」
議員も揃って同意しておるが……。この小僧、自分がいま何を言ったかわかっておるんじゃろうか。今の発言は、「自分もいつ裏切るかわからんぞ」と言っているも同義ぞ。
(やはりつたない。商会を運営する手腕は認めるが、それも小僧自身によるものではないな。何かのスキルか、もしくは部下にやらせておるのか……)
そのあとも、多少のやり取りはあったが否定的な意見はでなかった。
議長としての責務や、様々な権限移譲のこともある。直ちに退任とはいかぬが、新たな議長の選任を含めて、この提案は可決された。
そして隆之介が議員となったことを、首都ビストリアや各街の領主へと触れを出すことに決まる。
やがて議会も閉幕となり――
「ねえ、このあとあなたの家にいくから。ちゃんと説明してもらうまで、絶対に逃がさないわよ!」
帰り際、マリアがそんなことを耳元でつぶやいた。
この女傑も、議員や小僧に対して儂と同じことを感じたのだろう。今後の身の振りも含めて、彼女にだけは真実を伝えておくべきだと考えていた。




