第77話:用水路の開通式
異世界生活166日目
昨日、視察団が帰還して、村にもまた平穏な時が訪れていた。ちなみにメリナードも、議長たちに随行して街に戻っている。
今日は村の全休日、水路の開通式を行っていた。昨日のうちに、桜たちによる水路建設が竣工したのだ。今まさに、放流を開始するところだった。
『村長、そっちの準備はいいか?』
『おう、いつでも大丈夫だ』
『じゃあ水門を開くぞー!』
水路の上流にいる冬也、彼の合図とともに放流がはじまった。村の中心部では、大人から子どもまで様々な種族が集まっている。
「みんな、もうすぐ流れてくるぞー!」
「「「おおおー!」」」
と、すぐに勢いよく水が流れ込んできた。土魔法でガチガチに固めてあるので、水路が削られることない。澄んだ川の水が流れている。
「そんちょー、はいってもいーい?」
「わたしもはいりたーい」
「ぼくもー」
「いいぞ、流されないようにな」
「わたしも入っちゃおー!」
「じゃああたしも! えいっ!」
喜んで川に入っていく子どもたち。それに交じって、夏希と春香も勢いよく飛び込んでいく。それに釣られたのか、ほかの獣人たちもゾロゾロと続いていった――。
小さな子どもが入っても、せいぜい腰まで浸かるくらいか。さすがに母親が支えているけど、流れもそこまで速くないし、まあ大丈夫だろう。それに村の要所には、流され防止用の鉄格子が設置してある。そのまま下流に流され、海まで行っちゃうような事態にはならんはずだ。
「おおー、いい感じじゃん!」
「お、冬也おつかれ。そっちも問題なかったか?」
「ああ、どこも異常なしだ」
「――じゃあみんな、今日は一日休みだ。作業をするなとは言わんが、今日くらいはほどほどにしとけよー!」
「「はーい!」」
「村長のご厚意で、今日は朝からお酒も解禁よー! 飲みたい人は食堂までいらっしゃーい!」
「「うおおおおっ!」」
「「よっしゃああ!」」
飲酒解禁の宣言に、野太い声が村に響く。
村のあちこちで輪ができており、村人全員が和やかな時間を満喫していた。……まあごく一部、ハメをはずし過ぎる者もいたが……今日は無礼講なので誰のお咎めもナシだ。
「啓介さんも入ってみれば良かったのにー、気持ちよかったよー?」
「まあ、俺はいいよ。……村長としての威厳もあるし」
「あー、ひょっとして水が怖いとか?」
普段は酒を飲まない私だったが、皆に誘われたのもあり、今日ばかりは宴会に参加していた。今は春香と桜、椿の三人と一緒に、卓を囲んでお酒を楽しんでいる。
「昔、ちょっとな……」
「なになにー? 教えてよー」
「……小さい頃、田舎の川で溺れかけてさ。それ以来、川に入ると足がすくんじゃって……」
「あ、そういえば私と椿さんの三人でいた頃も……。水浴びするとき、啓介さんだけは川に入ってませんでしたね」
「たしかに……。アレは一緒に入るのが恥ずかしいんじゃなくて、川に入るのが怖かったんですね」
「正直、ビビってるのを隠すので精一杯だったよ。二人の裸を見るどころではなかったな」
と、つい本音が漏れてしまった。
「え? そんな入浴イベントがあったの?」
「っ、あったけど! 俺は何も見てないぞ」
「クンクンっ、これはいかがわしい匂いがしますぞっ」
「おい春香、飲み過ぎじゃないのか? あんまり絡んでくるなよ」
過去のトラウマを披露したまではいいが、余計なことまで口走ってしまい、春香が執拗に問いただしてくる。彼女は完全に出来上がっているようだ。
「そもそもさ、こんないい女が三人もいるのに、未だに手を出さないっておかしくない?」
「それはそう! あの時の話し合いから結構たつけど、まだ誰からも報告はないしね」
「それは追々って話しただろ……」
「もしかしてそういうのに奥手とか。椿ちゃんはどう思う?」
(お、椿なら上手にかわしてくれそうだ)
「私ですか? ……そうですね。思わせぶりな態度だけして、何もしてこないのなら、とんだ腑抜け野郎ですね」
「え、椿? ……え?」
「誠実に接しているうち――自然の流れで、というならまあ及第点はあげましょう」
「椿さん、きっついこといいますねー!」
「いいねー! もっとやれー」
どうやら椿と桜もかなり仕上がっているようだ。普段の椿からは想像もできないような、辛辣な言葉を耳にしてしまった。
「俺ももう40、所かまわずがっつくようなお年頃じゃないわけ」
「それを人は言い訳と言うんです」
「…………」
私がしょんぼりしていると、見るに見かねた桜が助け舟をだす。
「んんっ、年齢の話が出たから言うけど、啓介さんて最初に会った時より若く見えますよね?」
「お、そりゃ嬉しいな」
「健康的な生活と食べ物が要因かもしれませんね。……あとは、魔素の影響とか、『豊穣の大地』の効果かも?」
「なんにしろ、若く見えるってのは嬉しいもんだな。そういうみんなは、何か変化を感じたりしてるのか?」
「ん-、肌の張りなんかは良いですね」
「あたしもとくにケアしてない、ていうか美容品もないから出来ないけど。髪も肌もいい感じかもー?」
「私も同じですね」
「そうか……。やっぱり何かしらの好影響を受けてるんだろうな」
上手く話題が逸れ、ホッとしているところに――。
「こういう時は、みんなキレイになったね、って言うもんでしょー!」
「いやいや、そのセリフこそ思わせぶりだろ」
「チッ、バレてたか」
「おかしな方向に誘導するなよなぁ……」
これ以上ここにいると、どんな地雷を踏むかわからない。頃合いを見て、ほかのシマにいる男性陣たちのほうへと立ち去る。まあ、そこでも色々はやし立てられたけど……野郎同士ならなんてことはない。
◇◇◇
結局その日は、宴会が夕飯の時間までなだれ込み、どんちゃん騒ぎのまま一日が過ぎていった。
それはそうと、議長来訪の後日談なのだが――。
今日の昼頃、メリナードから念話がきて、議長一行は早々に首都へと向かっていった。そう知らせてくれたよ。しかもドラゴは、自分だけ先に飛んで帰ってしまったらしい。
なんでも、「自分の家族に大事な話をしなければならぬ」と言い放ち、アッという間にいなくなってしまったそうだ。当然、側近や護衛たちは大慌て、全力疾走で追いかけたんだと。
……まあ、国のトップのすることに誰がとやかく言えるはずもなく、護衛の任を果たせなかったヤツらも、それに対するお咎めはないだろう。
それと昨日、ドラゴが帰ったあとに気づいたんだが……。
北の大山脈に住むという竜の存在について、鉱山を掘り進めても大丈夫なのかを聞いてもらったんだ。そしたらドラゴは、「その程度のこと、偉大なる竜は気にも留めぬ」と即答していたよ。
竜の逆鱗に触れる、なんて行為ではないみたいだった。
人族領のことや、北の勇者たちの動向はもちろん気になる。けれどまだしばらくは、戦争までの猶予がありそうだ。
しかるべき時に備え、今は村の発展に力を注ぐのが一番大事だろう。




