第75話:議長の訪問(2/3)
どうしてこうなったのか。
一時的とはいえ、獣人領の代表がナナシ村の一員となってしまった。
これはあとで判明するのだが、
村に着くまでの道中、メリナードが村や私のことについて熱く熱く語っていたんだと。初めは議長のほうが興味津々、いろいろ聞いていたそうなんだが……。途中からは立場が逆転、メリナードの独壇場だったらしい。
なんでも、私の人柄やスキルの有用性を熱弁しており、村に到着する頃には「夢のような村と人格者の村長」という感じに刷り込まれていた。
結果的には助かったし、なにも文句はないんだが……なぜだか申し訳ない気分でいっぱいだった。
「初めまして。私は村長の補佐を務めております、椿と申します」
「おお、これは可憐な娘さんだ。儂はドラゴじゃ、椿嬢のことはメリナードからも聞いておるぞ。よろしく頼む」
「はい、精一杯おもてなしさせて頂きます」
まずは農地に向かいながら椿と合流、今はふたりが挨拶を交わしているところだった。
「して村長、お主の嫁は椿嬢ひとりと言うことかの?」
「……いえ、私は独り身です。彼女は良きパートナーですよ」
「そうですね、今は補佐役として村長の最も近くにいる存在です」
「ほぉほぉ。これは中々、芯が強そうなお嬢さんじゃの! いやはや、先が楽しみよの村長」
「ははは、おっしゃる通りですね」
椿さん、なかなかキツい先制パンチをかますじゃないですか。それも国のトップを相手に……。でもまあ、おっさんはとても嬉しい気分です。
「この農地は椿が中心となって管理しております。この村が豊かなのも彼女あってのことなので、大変助かってますよ」
「ほお、大したもんじゃな」
「椿、現在の収穫量を教えて差し上げて」
「はい、現在の収穫量は――」
村で育てている作物、その収穫量なんかをざっくりと説明してもらう。もうこれについては隠す必要もないし、バレたところで大した影響もない。
収穫量を聞いた議長は唖然としている。自国との差に驚き、すぐにその理由を聞いてきた。
「この村の恩恵で、作物が病気や連作障害にかからないんですよ。要は、土地の栄養が常に豊潤な状態にある、と言うわけです」
「それは村長のスキルと考えても?」
「はい、そのとおりです」
「……大森林の中で育てたとしても、結界の外では無駄なんじゃろうな」
議長も無駄なことは理解しているはずだ。私がどう答えるか、それをを試しているのかもしれない。
「そうですね。兎人の集落でも、そのことは証明されていると思います」
「まあ、そうよな」
「議会でも、大森林の開拓計画が出ていたと聞いております。……現在も進行中でしょうか」
「いや、無駄なのは誰しも理解しておる。お主の領域を冒すような馬鹿な真似はせぬ」
議長からの言質もとれたので、当面は村のほうに浸食してくることも無さそうだ。『お主の領域』と言うくらいだから、ここでの自治権もある程度は認めているのだろう。
「では、次の場所に向かいましょうか」
「この農地を見れただけでも、今回の視察は十分価値のあるものとなった。だが……まだ何かありそうじゃしな、楽しみじゃわい!」
「ご期待に沿えれば良いのですが、それでは――」
農地を見せたあとは、水車小屋や万能倉庫、鍛冶場や食堂なんかを紹介していく。
どの場所もかなり興味を魅かれたようで、訪れた場所にいる村人とも楽しそうに話していた。メリナードから事前に聞いていたとおり、議長の人柄は温厚、されど威厳を持ち合わせた人物のようだ。
「あとは、北の大山脈で小規模な採掘をしています。赴くには時間が足りないので、今回は省略させて頂きますね」
「うむ、構わんぞ。儂も根掘り葉掘り、詮索にきたわけではない」
「そう言って頂けると助かります」
「ところで、あの建物はなんじゃろう?」
議長が興味を持ったのは大浴場だった。
「あれは村の公衆浴場です。宜しければ入られていきますか?」
「ほお、風呂とな。……それなら折角だし、体験させてもらおうかの」
「もう少しで昼食となりますので、その前に入られてはいかがですか?」
「よし、では村長とふたりで入るとしよう」
「ええ、ご案内します」
湯を温め直してもらうため、桜に念話を送りながら案内する。椿やメリナードは昼食の準備に向かい、ふたりきりとなる状況をつくりだす。
「啓介さん、湯加減はこれくらいかな?」
「ああ、ちょうどいいよ。ありがとう桜」
「桜嬢、実に見事な腕前であった。もてなし感謝するぞ」
「いえいえ、ではごゆっくり」
自己紹介をしたあと、桜が湯加減を調整……というか、わざわざお湯を張り替えてくれた。その魔法技術をみて、議長もウンウンと唸って感心している。
「あのお嬢さんも村長の嫁候補か。ククッ、実に羨ましいことじゃて」
「お言葉ですが、彼女ともそういう関係ではありませんよ。……さあ、湯が冷めないうちに入りましょう」
「そうよな、ククッ」
「まいったなこりゃ……」
大きな湯舟に浸かりながら、しばしの沈黙がつづいていく。聞こえてくるのはふたりの息遣いだけだった――。
「なあ村長。お主はこの世界にきて、生きる目的だとか、野望みたいなもんは持ったかの?」
やがて沈黙を破り、議長がそんなことを聞いてきた。私の返答次第で村の扱いが決まる、そんな予感がしている。
「野望はありません。生きる目的については……そうですね。この世界を堪能して余生を送る、その程度しか今は思いつきませんね」
「余生とな、まだ若いのに随分と達観しておるのじゃな」
「私はもう40ですからね。元気に動けるのもせいぜいあと20年でしょう。元の地に戻れるかも不明なので、せめて物語のようなこの世界を満喫できれば……そう考えてますよ」
これは正直な気持ちだった。大それた野望はもとより、さしたる目的もない。日々を楽しく過ごせればじゅうぶんだ。
「これほどの能力を持っておるのに、惜しいとは思わんのか?」
「それは例えば、国を興すとか、他の領地を侵略するということをおっしゃっているので?」
「そうじゃの、実際それだけの力は有しておろう?」
まあ普通に探りを入れてるんだろうけど、侵略なんて面倒事、する気も無いし、お願いされたとしてもご勘弁だ。
「国や領地の規模となれば、運よく得たチカラ程度で統治できるわけがないですよ。まあ、出来たとしてもやりませんけどね」
「ほお……、本心のようじゃの」
「そもそも私たちは、勝手にこの世界に来た邪魔者なんです。そんなヤツらが大きな顔をするなんてとてもとても……。村の存在を許されているだけでも御の字でしょう」
「――お主はアレじゃな。街にいる連中とはかなり違うのぉ」
「それは、どの辺りがでしょう?」
そのあとドラゴが語った内容を要約すると、首都や街にいる他の日本人たちは、もっと親近感をもって接してきたらしい。ものすごくオブラートに包んで話していたが、ぶっちゃければ、「馴れ馴れしい礼儀知らず」ってことだ。
良くある話で、いつのまにか一国の王様と友達になっちゃうアレな感覚なのだろうか。私としてはそんなのありえない訳だが、自分の力に酔ったり、異世界に来て妙な自信を持つ勘違い野郎もいるんだろう。
「どう接するかは人それぞれ、各々好きにすればいいとは思いますが、私の感覚では理解できませんね」
「ふむ、お主ならそう言うと思った」
「一国を収める長と余所者の平民という立場を考えれば、普通ならすぐに思い至るものでしょう?」
「まあ、儂はかまわんがな。有象無象に何を言われようとも響いてこん」
「――それで、私の評価はいかがですか」
「良き隣人となれる確信を持っとる。メリナードからも散々説き伏せられたしのぉ、ククッ」
「ありがとうございます」
村人になれた時点で大丈夫だろうとは思っていたが、直接の言葉を聞けてホッとした。獣人国全体のことは知らんが……、議長個人に敵対の意志はないだろう。
「そろそろ出ましょうか。昼食の準備も終わっていると思いますし、お連れの方々も心配しておられるご様子」
「じゃの、いい風呂だった。また入りに来たいもんじゃ」
「村人である限りはご存分に、いつでも歓迎いたします」
◇◇◇
やがて昼食の時間となり、水路の建設をしていたメンバーとも合流。議長に紹介してから自宅へと向かった。
不敬な態度をとるとは思ってないが、椿とメリナード以外の村人は食堂で食べさせることにした。さすがに国のトップと同席というのも敷居が高いだろうし、緊張で食事どころではなくなる。
結界の外にいる人たちにも、これでもかと言わんばかりに、芋料理の数々をもてなした。どうやら効果は抜群のようで、このときだけは護衛の任務そっちのけで料理に飛びついていたよ。
昼前には議長も顔をだしており、「せっかくの好意だ。存分に味わえ!」とお墨付きを与えていたのが決め手となった感じだ。
「この村に住む日本人は、誰もが良い表情をしておるな」
「ええ、みんな頼れる存在です」
「たしか……冬也と言ったか。あの若者は相当の手練れであろう?」
「ナナシ村の戦士長ですね。彼の発想力にはかなり助けられてますよ」
ここにいるのは私と議長、それに椿とメリナードの四人だけ。リビングで食事をしながら、午前中よりは幾分打ち解けた感じで雑談をしていた。
「昼からは何を見せてくれるんじゃ?」
「ほとんどお見せしたと思いますが……。あ、教会がまだでしたか」
「こういってはなんだが、そこはわざと避けていたじゃろ」
「いえ、……いや、おっしゃる通りです。これは私からのお願いなんですが、今から話すことだけはドラゴ様の胸の内に留めて頂けませんか?」
「議会に報告するな、そういうことじゃな」
「はい。村人になれたとはいえ、これだけは譲れませんので」
「あいわかった。崇拝する女神様に誓って約束しよう」
村の教会で『職業とスキル』が授けられることが公になれば、確実にちょっかいを掛ける連中が現れる。それだけならまだしも、村を強奪しようと戦争まがいの事態にも発展しかねない。
ギリギリまで迷っていたが――。
議長の言質もとれたので、意を決して説明する判断を下すのだった。




