第64話:選ばれた存在
「みんなと仲良くなりたい一番の理由、それを今から話したい」
私がそう言っても、ほとんどの人はポカンと呆けているだけだった。
「理由、ですか?」
かろうじて杏子さんがそう呟いた。
「実はね、私は鑑定のスキルを持ってるんだ。――それで昨日、念のためにみんなの能力を調べさせてもらった」
「ん、まああの状況で鑑定のスキルがあるなら、相手の能力を把握するのは当然ですよね」
「うん、でも勝手にしたのは申し訳ないと思っているよ。ただそれよりも、君たちの職業とスキルが問題なんだ」
「んん? スキルはわかりますが……職業って何ですか?」
「どうやらね、転移してきた日本人は全員、何らかの職業とスキルを持ってこの世界に来ているようなんだ」
杏子さん以外のそういった知識が無い人は、頭の上にハテナマークを浮かべていた。このおっさん、急になにを言ってるんだ? と、鑑定のことも含めて、たぶんそんなことを思っているのだろう。
「それって戦士とか魔法使いみたいな……ゲームみたいなヤツですか?」
「大体そんなところだと思う。ほかにも色々あるみたいなんだけどね。詳しいことまでは私も良くわかってないんだ」
「なるほど、それで私たちの何が問題なんでしょうか」
「この中の4人がさ、特殊な職業とスキルを持ってたんだよ。杏子さん、あなたもそのひとりだ」
それを聞いた杏子さんは一瞬驚いて固まったが、すぐに何かに気づいたようで――、
「私の職業とスキルって、もしかして『賢者』とか『全属性魔法』とかですか?」
「おおー、流石だね。私の鑑定ではそう表示されていたよ」
「どおりでこんなに都合よく魔法が使えたわけですね……」
「他にも、立花さんは『剣聖』、葉月さんは『聖女』、勇人くんに至っては『勇者』の職業を持っているのが判明したよ」
さすがにこれくらいは知ってるようで、3人とも自分の職業を聞いて驚いている。
「立花さん、さっきも剣に執着してたろ? 葉月さんも誰かの怪我を治したとかなかった? 勇人くんもさ、なんでもやれちゃいそうな――、全能感みたいなのに思い当たるところはなかったかい?」
「あ……」
「たしかに、あの時のはそれで……」
「僕もそう言われると思い当たることが――こんなことになったのに、それでもなんとかなる、みたいな妙な自信があったかもしれない」
どの程度か知らんが、3人とも思い当たる節があったようだ。
「ほかの6人にしてもそうだ。特殊なスキルではないにしろ、それぞれがとても貴重なスキルを所持しているよ」
それを聞いて喜ぶ人や安堵する人、まだ良くわかってない人と、反応は様々だが、貴重という言葉を聞いて悪い気はしていない。
「まるで誰かが仕組んだ、そうと思えるほど都合の良いスキル編成だった。物語で言えば、君たちは完全に主役だね」
しばしの沈黙の後、杏子さんが気を持ち直して返してくる。
「でもみんな、突然の転移でした。それこそ、神からのお告げも超越者との遭遇なんかもありませんでしたし……」
「そのへんのことは私もわからない。忘れてるだけなのか、何か理由があって説明がなかったのか。案外、勇者補正ってことで勇人くんの下に集まった、っていう可能性もあるけどね」
「主人公補正ってヤツですね。自分たちが言うのもアレですけど、勇者の異世界ハーレムものって感じで……」
ハーレムという言葉に反応して、勇人くんが少し動揺しているので軽くフォローを入れておく。
「勇人くんが心の支えになってたんだろ? それが悪いなんて、これっぽっちも思ってないよ。まあ、そういう可能性もあるってだけ」
「あ、そうだ魔王……勇者がいるなら魔王もいるのかな?」
「いや全然わからん。魔王なんてのがいるのかも不明だし、この世界に来た目的すらもわからないからな。私もそれが知りたいよ……」
「ですよねー」
少し素の口調がでてきた杏子さんを尻目に話を戻す。
「最初にも言ったけど、これがみんなと仲良くなりたい理由だ」
「私たちが大きな力を持っているから……ですか」
「そう、ぶっちゃけて言えば恩を売っておきたいってこと。もちろん、敵対するってなら別だよ?」
「いえ、今さら敵対とか考えませんよ。ねえ、みんな?」
杏子さんが周りを見渡すと、ほかのみんなも頷いて返していた。これまでのおもてなし効果は十分にあったみたいだ。
「そんなわけで、鑑定結果を詳しく伝えようと思うんだけど、どうかな? 自分たちの力を知れば、これからの生活も楽になるし、戦力増強にも繋がる」
全員、なんの異論もないみたいだ。少しでも勇人くんの力になりたいんだろう、女性陣は結構乗り気で志願していた。
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勇人 Lv16
職業:勇者
ユニークスキル:全状態異常無効Lv-
あらゆる状態異常を無効にする
スキル:
剣術 Lv2
身体強化Lv2
光魔法 Lv1
治癒魔法Lv1
超回復 Lv2
直感 Lv2
幸運 Lv3
解体 Lv2
料理 Lv1
空間収納Lv2
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杏子 Lv12
職業:賢者
ユニークスキル:全属性魔法Lv2
念じることで全ての属性魔法を発動できる
※レベルにより威力と範囲が向上する
スキル:消費MP減少Lv1
魔法使用時のMPが10%減少する
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立花 Lv13
職業:剣聖
ユニークスキル:聖剣術Lv2
剣の扱いに長け、威力が上昇する
※レベルにより効果が向上する
斬撃を飛ばしての攻撃が可能となる
※斬撃数1
スキル:身体強化Lv2
身体能力を強化する
※常時発動
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葉月 Lv10
職業:聖女
ユニークスキル:聖なる祈りLv2
あらゆる傷や部位欠損を回復する
あらゆる状態異常、病気を回復する
※レベルにより効果と範囲、回復速度が向上する
スキル:消費MP減少Lv1
魔法使用時のMPが10%減少する
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主要な4人の鑑定結果はこの通り。ほかの6人も、農民、細工師、漁師、鍛冶士、調理師とまさに万能詰め合わせ集団という構成だった。
能力を紙に書き写しながら、順番にわかる範囲で説明をしていく。
漁師や調理師なんかは私にも良くわからないので、いろいろ検証してくれと言うほかなかった。ただ、もともと2人とも漁や調理を担当していたようで、薄々と何らかの効果は感じていたらしい。
「啓介さんを疑うわけではないんですが……。何ていうか、ユニークと言う割には少し物足りない感じがします」
「杏子さんの言うとおり、私も最初はそう思ったよ。けど、スキルレベルが上がる毎にどんどん効果や種類が増えるんじゃないかな」
「そうでしょうか。まあ、勇人のは今でも凄いと思いますが……」
「今までは自分の能力も知らずにいたんだ。これから各自の持ち味を極めていけば成長も早いと思うよ」
私の村スキルがそうであるように、彼女たちも次々と能力が解放されていくはず。この程度で留まるわけがない。その後も解説を続けていき、そろそろ終わりを迎えた頃――、
「あ、啓介さん……。今さらですけど、僕も空間収納のこと黙っててすいませんでした」
「いやいや、それで正解だよ。無暗に手の内を明かすと命に関わる。真っ当な判断だと思う」
「啓介さんはいろいろ話してくれたのに……ごめんなさい……」
しかしこの勇者、本当に人のいい性格をしている。こんなヤツでも、いずれ力に溺れて好き放題やるようになるんだろうか。まあ、こちらに影響ないなら好きにすればいいが、村にちょっかいをだすのは面倒なのでやめていただきたい。
「さて――スキル解説も大体終わったし、そろそろお暇しようかな」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「村の皆も待ってるからな。それに、あまり長居するのも迷惑だろ?」
「いえ、そんなことないですよ! ここまで良くしてもらっといて、そんなこと思いませんよ」
「そっか、じゃあまた米でも持参して会いに来るよ」
米のワードが出た瞬間、女性陣から歓声があがる。昼に出したおにぎりの効果は抜群のようだ。胃袋をガッツリ掴んだところで別れることになった。
「来るときは必ずこのルートで結界を進んでくる。それ以外の接触は外敵だと思って気をつけてくれよな」
街から干渉を受ける可能性があるため、一応の注意喚起はしておく。
「わかりました。街へ向かうかどうかも検討してみたいと思いますので、また情報があればお願いしたいです」
「ああ、了解したよ。万が一があったら川沿いを北へ来てくれ。村で対処できることならなんとかする」
勇者たちの性格や関係性、海の状況についてもしっかりと把握できた。相手が名残惜しさを感じている間に、とっとと退散した。
◇◇◇
帰りの道中、
「三人ともおつかれさま。みんなのお陰で上手く接触できたよ」
「私とロアは、獣人のことを根掘り葉掘り聞かれていただけだがな」
「でもお父さん、嫌な感じでは無かったよ。聞き耳でも悪い話は全く出てなかったし」
「私は村での生活についてを聞かれました。みなさん、かなり興味を持たれていましたよ」
自分たちの砦と村を比較すれば、衣食住どれをとっても段違いだ。極めつけに、日本で食べ慣れた米やパンのダメ押しとなれば、魅かれるのも当たり前。
「三人の話しぶりで随分警戒を解いていたからね。本当に助かったよ」
「お役に立てたのなら嬉しいです」
今回の人選は我ながら上手くやったと思う。だが、今度は他のみんなも連れていかないと不満が出そうだ……。とくに春香とか夏希とか……。
「――そうだラド、明日から馬車の操縦を教えてくれるか? 私も扱えるようになっておきたい」
勇者たちとの会合を無事に終え、ゆっくりと村に帰っていくのだった。
◇◇◇
村に到着した頃には、村人のほとんどが広場に集まっていた。
夕飯の準備をする人や談笑してる人たち、いつもの賑やかな光景を目にして自然と心が和む。もうすっかり、この村が自分の帰る場所であり日常なんだなと実感していた。私も、勇者たちから頂戴した新鮮な魚を捌きながら、その輪の中に溶け込んでいる。
「みんなただいまー、ついに10層のボス部屋を見つけたよー!」
機嫌の良さそうな春香を先頭にしてダンジョン組も戻って来た。
「みんなおつかれー、着替えたらごはんだよー。今日はなんと、獲れたてのお魚があります!」
「おおー、久々の魚料理!」
「お魚大好き、早く食べたい」
夏希の呼びかけに、桜や秋穂が食いついていた。どうやらこの二人は魚が大の好物みたいで、その存在を知るとすぐ着替えに飛んで行った。私も割と好きなほうなので楽しみにしている。
ちなみにこれは完全な偏見なのだが、「猫人族は魚が好き」と言うこともなく、村の芋のほうを嬉々として食していた。
「まさかあの人が勇者だったとはなぁ。オレ、全然気づかなかった」
「勇者だったらそのハーレムも納得だよねー。ジャンルで言うと、善良勇者系ハーレムってヤツですかね?」
「ジャンルとか言うなよ夏希。オレも話したけど、勇人さん結構良い人だったぞ」
「冬也、村長にはいつもタメ口なのに、勇者にはさん付けするんだね」
「秋穂まで……俺も一般常識くらいあるっての!」
「「どの口がそれを言う……」」
この世界に来て初めての新鮮な魚に舌鼓を打ちながら、若い三人が勇者の件で盛り上がっていた。
「でもさぁ。昨日の時点でわかってたなら、どうしてすぐ教えてくれなかったんですか?」
そんな私のとなりでは、桜が不満そうにしている。たしかに黙っていたのは悪かったが……。
「敢えて言うが、みんなを信用してないわけじゃないぞ。ダンジョンで命賭けてるのに、余計な情報のせいで集中を乱したくなかっただけだ」
「まあ、それはわかってますけどねー」
拗ねてはいるが、不信に感じてるわけじゃなさそうだ。
「じゃあわたしは? 毎日ずっと村の中にいるんですけどー」
今度は夏希が応戦してくるが、こいつの場合は完全にダル絡みだろう。
「夏希、仮にお前に話したとしてだ。勇者のことを聞いて誰にも言わずにいる自信はあるのか?」
「うっ……ど、どうかな、大丈夫なんじゃない? かな?」
全然まったく大丈夫ではない。
「――まあとにかく、ファーストコンタクトは概ね上手くいった。しばらくの間は流れに任せるつもりだからよろしくな」
「あれ? 村人として受け入れないんですか?」
桜は、私が受け入れに積極的じゃないことを疑問に思ったみたいだ。
「決して悪いヤツらではないよ。ただ、受入れは難しいだろうな」
「それって私たちと勇者たちとの確執を考えての判断ですか?」
「んー、皆は上手く付き合ってくれると思うよ。勇者がこの村でハーレムを続けてもたぶん大丈夫だと思ってる」
「ではなぜでしょう?」
あの集団は、勇者を中心にコミュニティが完成している。でも村に住めばそれぞれが分業となり、勇者と一緒にいる時間にも差がでてくる。そうなれば必ず軋轢がうまれてしまう。
今でも多少はあるだろうが、村に来ればそれは目に見えて膨らんでいくだろう。あとに待っているのは争いか離別か、どう転がっても良い方に向かうことはない、そうみんなにも伝えた。
「あとはアレだ。私の指示のもとで動くことになる、ってのもあまり宜しくない」
「先導者が変われば、納得しない人も出てくるでしょうね」
「ああ、間違いなく派閥を作り始める。だからその辺りの問題が解決しない限り、受入れは厳しいだろうね」
「納得しました」「なるほどねー」
「まあ、なるべく友好的にいこうよ。今は何も問題を起こしてないんだし、敵対する意味も理由も全くない」
戦力的にはこれ以上ない逸材。されど、今の私にはあの集団を制御する自信がない。今できることはせいぜい恩に着せること。そして、頼れる味方を演じることくらいだった。
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