第61話:ご近所さん
後始末を済ませたあと、すぐに村へと戻った。いまは倉庫管理の件も含め、メリナードの家族と話しているところだった。
「改めまして、我が妻と息子家族をよろしくお願いします」
「「「お願いします」」」
「ああ、メリマスには購買関係と倉庫管理を任せる。メリーゼはその補佐を頼むよ」
「はい! 夫婦共々、精一杯頑張ります!」
「それとメリッサさんには、村の子供たちへの教育をお願いしたい」
村にも子供が増えてきたし、既に何人かが妊娠しているとも報告を受けている。今後のことも見越してお願いをする。
「私ですと、商人視点の教え方となりますが宜しいですか?」
「そのほうが実用的でなお良いよ。ただ、農作業が忙しい時はそちらを優先で頼むね」
日本の倫理観では、「小さな子どもに仕事をさせるなんて」と思うかもしれないが、この世界では当たり前のことだし、そうすることで自分が働く意味と理由を知るのだ。
やがて夕方になり、冬也たちダンジョン組が戻ってきた。夕食を交えて念話スキルや敷地拡張のこと、侵入者の一件なんかの説明をしていた。
『ってことで、念話の件は秘密で頼むよ』
『了解です』『わかった』
「それで村長、いよいよ南の海へ進出するんだろ?」
「まぁその予定なんだけどな、いかんせん人手が足りない。当面は人員増強と村の整備が先だ」
「ダンジョン探索をしばらく中断すればいいじゃん?」
ファンタジー好きの冬也から、まさかそんな言葉が出るとは――。私に遠慮するようなヤツじゃないし、海に思い入れでもあるんだろうか。
「ダンジョン探索、というかレベルアップを続けたほうが良いと思うぞ」
「何でだ? 村長の結界があれば安心だろ、気になる事でもあるのか?」
「とくに何がってわけじゃない。けど、ほかの転移者も結構な数が冒険者をやってるんだ。ほっといてもどんどん強くなっていくぞ?」
「結界の外でもある程度通用する力が必要、と言うわけですね」
話に割って入った桜が私の思いを汲んでくれたようだ。
「ああ、その通りだ。やらずに後悔するより、やって徒労に終わるほうがマシだからね」
「……そうだな、オレも後悔はしたくない」
海産物はちょっと惜しいが、塩は数年分の在庫を確保できている。とりあえず偵察だけしておけば、敷地の拡張はいつでもできる。
「まずは各自が強くなること。次に村を整えていくこと。そして少しずつでも人手を確保すること。この3つに重点を置いていこう。みんなもそのつもりで頼む」
「「はいっ」」「「おー!」」
話を聞いていた村人たちも、一斉に声を上げて応じてくれた。みんな協力的だし、じっくり一歩ずつ進めていけばいいと思う。
◇◇◇
異世界生活155日目
メリナードたちが朝一番で街に向かっていった。馬と荷車は全て置いて行ってくれたので、もちろん歩きだ。街に着き次第、念話を試す手筈になっている。
今回、村の視察についてを議会に提案するよう頼んである。ヘタな横やりを入れられるよりかは、こちらから歩み寄るほうがいい。昨日の冒険者みたいなことは、できることなら避けたい。
『じゃあ桜、ダンジョンに入ったら念話を入れてくれ』
「了解しました。では行ってきます!」
桜やラドたちダンジョン班が、数名の村人を引き連れて出かけていく。
「村長、オレたちも早く行こうぜ!」
一方私のすぐとなりでは、冬也が急かすように声をかけてくる。
いまこの場に残っているのは私と冬也、それに椿の三人だ。昨日、南の海まで偵察に行くと話したら、「護衛として同行する」と言うので了承したのだ。
ほかのメンバーも、そのほうが安心だと口々に同意していた。いろいろ話し合った結果、最終的にこの面子で向かうことに――。
ダンジョン探索は現在9階層まで進んでいるが、10階層への階段が中々見つからないらしく、今日もじっくりと探すそうだ。ボス攻略は後日、万全の態勢で挑むようなので、探索だけなら冬也抜きでも全く問題ないらしい。
「よし、出発しようか」
「はい」「任せろ!」
村の東にある川沿いから、南へ向かって結界を延ばしていく。結界の固定はせずに、点滅した状態を維持しながら歩いている。
「あれ、敷地を固定しないのか? どうせ海まで占領するんだろ?」
「そのつもりだけどね。まあ、南の状況を見てからでも遅くないさ」
「そっか、村長が言うならなんか意味があるんだろうな」
実は大した意味もないが……、それを言うのも無粋な気がしたので黙って頷いておいた。聞いた話しによると、南の断崖までは10kmくらいの距離があるらしい。模倣スキルを『鑑定』にしてあるので、掘り出し物を探しながら三人で進んでいった――。
途中で休憩を入れつつ、かれこれ2時間ほど歩いただろうか。魔物とは都度3回ほど遭遇したが、ほかにこれと言った発見もなかった。ただただ、同じような景色が続いている。
「そろそろ着いても良いと思うが……、こうも景色が変わらないと流石に飽きてくるよな」
「そうか? 俺は結構楽しいけどな。未開の地ってだけでもワクワクするぞ」
「私も楽しいです。村の外には滅多に出ないので、長距離の移動は新鮮味があります」
冬也と椿はまんざらでもないらしい。たしかに椿なんかは普段からずっと村にいるし、そういうものかも知れない。と、そんな会話をしながらさらに20分ほど歩いた頃だった――。
それは唐突に現れた。
「あれは……砦、でしょうか」
「ああ、明らかに人工物だな」
川沿いから少し西へ入ったところに、長い丸太を縦に敷き並べた囲いが見える。周囲の木々も伐採されており、川の先には海も見えていた。
明らかに人の手で作られたその砦は、広さは初期の村程度、敷地の中には物見櫓みたいなものが見えた。反対側は確認できないが、砦の入り口は川の方に向いた一箇所しか無いようだった。
『結界からは出ないようにしろよ。人がいてもまずは様子を見る。冬也もいきなり切りかかるなよ』
『いや、やらねえし……。対処は村長に任せていいんだろ?』
結界を延ばしながら入り口の近くまで進んでいくと――。もう目の前、というところで砦の中から人の気配がした。会話の内容までは聞き取れないが、人の声や生活音も聞こえていた。
指示があるまで動かないように伝え、砦の中に向かって呼びかける。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますかー」
なるべく自然な感じに呼びかけつもりだが、まず間違いなく警戒されるとは思っている。
私が声をかけると、それまでしていた音や声が一瞬で静まる。笛の音が何回か聞こえたあと、物見櫓から1人の女性が現れた――。
「……あなたたちは何者ですか、何の目的でここへ?」
淡々とした口調でそう話した女性だったが、私たちの周りにある結界を見て驚きの表情をみせている。川沿いに、ずっと北のほうまで続いている変なもの。そんなのが目に入れば当然の反応だろう。
(さっきの笛は仲間への合図だろうな。複数で生活しているのは確定か)
そう考えながら女性に鑑定をかけると、その内容に驚いて思わず息をのんだ。が、動揺を見せないためにも、顔や態度に出るのを必死で抑える。
「私たちは、5か月前くらいにこの世界へ飛ばされました。今は、北の森で村を作って70人ほどで生活しています。今日は、南にあると聞いた海の調査でここまで来ました。目的は海で採れる塩と海産物です」」
にわかには信じられない様子で、ずっと黙ったまま次の言葉を待っている感じだ。
『たぶん、仲間が来るまでの時間稼ぎだ。集まってきても手を出さないように。武器も収めておけ』
『わかった』『はい』
相変わらず女性は無言のままだ。やはり仲間の到着を待っているのだろう。場数を踏んでいるのか、慌てた素振りも見せない。
「申し遅れましたが、私は啓介といいます。こちらの女性は椿、男のほうは冬也です。信じてはもらえないでしょうが、あなたと敵対する意思はありません」
それにしてもこの女性、着ている衣服はボロッボロだ。上はTシャツ、下はジャージのようだが、所どころに穴も開いて破れかけている。この様子だとまだ街に行ってないのだろう。どころか、その存在すら知らない可能性が高い。
「……私は杏子と言います。いま仲間を呼んでいるから、しばらくその場で待ってもらえるかしら」
こちらが名乗ったからなのか、ようやく返事をしてくれた。
「杏子さんありがとう。この点滅しているヤツは、安全を確保するための結界みたいなものです。今は解除できませんが、そちらに危害があるものではないです」
むろん信じてもらえるとは思っていない。少しでも警戒心を下げたいので、あえて説明をしておく。
「不快でしたらもう少し下がりますが、どうしましょう?」
「……」
どう返答していいのか判断に迷ってる様子、相手もこちらを刺激しないよう配慮している雰囲気だった。――結局、返事もないので10mほど自ら下がった。この距離なら、向こうの会話もまだ聞きとれるだろう。
それから5分ほど待っただろうか。
西の森の中からガサガサと音がして、20代前半に見える男性と、2人の女性が飛び出してきた――。
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