第58話:椿の成長
異世界生活154日目
奴隷たちが村にきてから2日経ち、残り10名の受け入れも無事に完了した。
受け入れ当日、全員を奴隷から解放したときに、5人の忠誠度が条件を満たした。そして翌日にはさらに3人、残った2人も今日の朝には村に入ることができた。
そもそもの話、奴隷からの解放と村での永住を前提に連れてきている。村の平和な様子を見せさえすれば、そこまで苦もなかった。
借金奴隷となった者が、その責務から解放されるってだけでも破格の好条件だ。さらに衣食住も整った場所で生活できるのだから、信用を一定値得るのはさほど難しくない。
今回受け入れたのは、成人男性12名と成人女性8人。種族は猫人、犬人、狼人、狐人で、それぞれ5名ずつの四種族となった。
新たな村人たちと話し合いをした結果、犬人と猫人の男性六人が採掘作業を申し出てくれた。
また、狼人の男性三人は戦闘職を強く希望していたため、ラドの下で戦士として鍛えてもらうことに。東にあるダンジョンの存在を知るや否や、嬉々として参加の意を示している。どうやら狩猟本能が高いらしく、村の戦力として貢献したいと懇願してきた。
狐人の男性三人には、建築班としてルドルグの下で作業をしてもらう。兎と狐、日本のイメージだと立場が逆だが、彼らに言わせればそんなことは全く関係ないそうだ。
女性陣に関しては、農作業に六人、機織り作業に二人を割り振っている。
農地拡大に向けて、農作業にはもう少し人員を割くつもりだったが……。椿曰く、収穫などの繁忙期に皆で手伝えば十分らしい。普段から、女性陣や子供も手伝っているので、農地を増やしても問題なく回していけると説明してくれた。
◇◇◇
「じゃあ、倉庫の拡張はこれぐらいで良いかな?」
「はい、あとはルドルグさんと打ち合わせして内装の整備をしておきます。メリナードさんも一緒に立ち合いをお願いしますね」
「ええ、もちろんです。あとで息子のメリマスも呼んできますので、一緒に立ち会わせて下さい」
いまは倉庫の拡張を終えたところ。
村の人口が72人に増えたので、かなりの大きさまで拡張できるようになっていた。それこそ日本の物流倉庫並みの建物となり、商人のメリナードもこのサイズには驚いている。ただ、村一番の巨大建造物が倉庫、と言うのもちょっといびつな感じではあった。
「それで、調理関連はどうなったの? 椿が担当するのかな」
「いえ、兎人の女性四人に任せます。今まで食事を作っていたのも彼女たちですからね。私はそのお手伝いだけです」
「なるほど。そういえば椿、パン工房を開いたりはしないの?」
麦が採れるようになってから、食事にパンが並ぶことも増えてきた。これには椿自家製の天然酵母を使っていて、果樹園で摂れた果物から作っているらしい。日本にいた頃の職業ってのもあり、本当はそういうのをしたいんじゃないかと聞いてみたが、
「そうですね、将来的にはやってみたくもあります。ですが今すべきこと
は、啓介さんのサポートだと思っています」
彼女には農業全般に加え、物資管理も全て任せている。そんな忙しい中では、パン作りに専念できないだろう。
「片手間にできるもんでもないし、ちょっと配慮が足りなかったね」
「いえ、負担だとは思っていません。むしろ村に貢献している証明になるのでやり甲斐がありますよ」
本人がやる気になってくれてるなら、と思っていると――
「村長、そのことなんですが少しよろしいですか」
「どうしたメリナード、何でも言ってくれて構わないよ」
メリナード曰く、村の物資管理をメリマスに任せて欲しいということだった。
なんでも、自分の妻と息子夫婦をこの村に住まわせる、という相談をするつもりだったらしい。村にいれば、家族の拉致などを未然に防ぐことができるし、そのせいで村長に迷惑をかけたくないとも言っていた。
「私だけであれば、ウルガンやウルークもいますし、何かあっても柔軟に対応することが可能です。最悪拉致された場合も見限っていただいて構いません。これは妻たちも同意の上でございます」
「――それならいっそのこと、全員村に住むか? ってそうか……街での情報収集とか移民のことを考えてくれてるのか」
「はい、もうしばらくの間はそのほうが村のためになるかと考えます」
何かあったときは私が本当に見捨てる。そう理解した上での発言だと感じた。
「そこまで言うなら構わない。だが……椿はどう考えてる?」
「私も、メリマスさんに管理して頂くのが村のためになると思います」
と、随分すんなり答えてきた。ついさっき、「倉庫管理の仕事にやり甲斐を感じている」と言っていたばかり、ちょっと意外だった。
「そうだね、商人だしメリナードとの調整も上手くいくだろう。でも、椿自身の思い、村への貢献とか自分の存在意義なんかは?」
「そうですね……」
そういったきり目を閉じて沈黙している。どう続きを話そうか、自分の中で整理しているようだった。
「正直に言います」
私は「ああ」とだけ返して待った。
「農業を始め、村の生命線である食糧問題を任されていること。初めての村人であること。同じ日本人であること。啓介さんに異性として意識してもらえていること。なにより、忠誠度が最も高い村人であること。――私は、村長が最も信用している存在だと自負しています」
私もそう思っているし、客観的に見たとしても椿の言い分はもっともだった。初期の頃は自分の忠誠度に固執していたが、それが噓だったかのように言い切っていた。
私自身も、村の中で誰が一番の拠り所かと問われれば、まず椿の名前を挙げるほどには信頼している。
「今更何かを他の方に任せたところで、自分の価値が下がるとは思っていません」
椿は、こちらを真っすぐ見つめながらそう語った。
「ははっ、随分ハッキリ言うね。でもそうだな、全部合ってる。私の中でも椿が一番心を許せる存在だよ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと笑顔で返す椿の様子は、とても凛々しく感じた。
『ユニークスキルの解放条件<忠誠度上限>を達成しました』
『能力が解放されました』
『敷地の拡張が可能になりました』
「うおっ!?」
感傷に浸るのもつかの間、最近すっかりご無沙汰だったアナウンスが頭の中に響いてきた。
「啓介さん?」
「ああ、違うんだ。久しぶりにスキル上昇のアナウンスが聞こえて驚いたんだ」
「それは良かったです……けど唐突ですね? 何が条件だったんですか」
「どうやら忠誠度上限を達成したらしい。たぶん、椿の忠誠が最大になったんだと思うよ?」
「……そうですか。これから確認に行きますか?」
「いや、まずはさっきの件をハッキリさせておこうよ。メリナード、椿も問題ないようだし私からもお願いするよ」
「はい、精一杯やらせて頂きます」
「住居に関しては椿とルドルグに任せる。要望があれば出しといてくれ」
「ありがとうございます」
最近の得意技、丸投げを発動してあとを任す。
「しかしアレですね。椿さんは既に、村長の秘書か代行の立場として十分活躍なさっているご様子。この際、皆の前で宣言したほうが良いのかも知れません」
「する必要あるかな? 皆も大体わかってると思うけど」
「新規の者もおります。それにこういう事は、代表者からはっきりと宣言なされたほうが、任命された者も動きやすいのですよ」
「そうかわかった。考えておくよ」
話もおわり、メリナードはさっそく家族のところへ。私は椿と一緒にパソコンのある居間へと向かう。
『もうスキル上限なのかも』
そう諦めていた事だけに、つい嬉しくなって急ぎ足になるおっさんだった。




