第56話:交易路開通
冬也の考えは次のとおりだ。
まずは結界を固定、するとその範囲の樹木が消える。点滅状態の結界を解除しても元に戻るだけだが、固定した後ならすべて消えたままかもしれない。もしそうなら、あとはその繰り返しで進めばいい。切り株も残らないし、地盤の整備だけで済むはず。
言ってることははわかるし、可能性としてはゼロじゃないけど――。
(ん-、たぶんダメだろうな……)
いろいろ話し合った末、ひとまず挑戦してみようという流れになる。みんなの期待が集まるなか、近くの森に向かって敷地を拡張する。
解除不可能だった場合を想定して、交易路の進行方向ではないところで試すことにした。今後のことを考えると、なにかと不都合があるからだ。道の途中に結界があると村人以外は通行できない。
結果から言うと解除することはできた。解除したらそれっきり、ということもない。ちゃんと再展開可能だった。のだが……結界が消えた場所は、木々が生い茂った状態に戻ってしまった。
「やっぱりそんな上手くはいかないか。まあでも、解除した分はまた拡張できるみたいだよ。それがわかっただけでも十分な収穫だ」
森は元に戻ったけど、とても有意義な検証となった。手軽に拡張できるとなれば、使い道もかなり広がるはず。個人的にはとても満足のいく結果だった。
「いや、ちょっと待ってくれ村長」
「冬也? どうしたんだ?」
「これって本当に元のとおりか? 確かに木や草は生えてるけど、落ち葉とか石ころなんかは無くなってないか?」
「うん? どれどれ――」
そう言われてみれば、たしかに少し違うかも。拡張する前よりも地面の土が露出している。
「落ち葉と石ころが……木や草との違い……生物、か? 生き物だけが元に戻った、そういうことか?」
他のみんなもアレコレ考えているが、スキル保持者の私でもわからないのに答えが出るはずもなかった。そんなとき、冬也がおもむろに剣を抜いて何本かの木を切り倒した。
「村長、これでもう1回やってみてくれないか? 根から切り離してるし、これで生物扱いじゃなくなったかもよ?」
一理あるなと思い、切り倒した木々を巻き込むように試してみる。すると、切り株だけを残して、その上部はすべて消失していた。
「おー、消えたぞ村長」
「ああ、消えたな冬也」
「いやはや、相変わらず冬也くんの発想力、と言うか閃きは凄いですね」
「ほんと、毎度のことながら感心するよ」
「これなら、ひたすら水魔法でなぎ倒していけば、あとは切り株の処理だけで済みますね」
「恐ろしい速度で進みそうだな。冬也、グッジョブだ!」
と、まぁそんなことがあってさ。現在に至るってわけなんだ。
「今日で森を抜けられそうですね。伐根と整地作業はまだ残ってますけど、4日もあればそれも片付きそうですし」
「ほんと冬也には恐れ入るよ。開拓もそうだし、敷地の再設置が確認できたのも大きい」
「実際、頭もいいし思考も柔軟ですよね」
「ああ、たいしたヤツだよ」
「何と言っても、ナナシ村の勇者担当ですしね!」
そんな会話を桜としながら作業していると、しばらく経ったころに斥候から報告が来た。どうやら、街のほうからウルガンが向かって来ているそうだ。次回の来訪予定が5日後くらいだったので、その先触れだろうか。
それから20分もしないうちに、ウルガンがこちらに気づいて近づいてきた。
「村長お久しぶりです。驚きましたよ、こんな短期間であの距離を……いったいどうやって」
「やあウルガン、今回は人員を増やして頑張ったからな。それで、こっちに来たのは事前の報告かな?」
「は、はい。 次の日程と移民の人数調整を確認しに参りました」
「わかった。ここで立ち話もなんだし、集落まで戻りながら話を聞いても良いかな?」
そう言って、桜と共に集落へ向かう。途中、冬也たち整地班と合流したが、みんなはこのまま作業を続けるみたいだ。
「なるほど、日程については予定通りだね。あと4日もあれば交易路も開通するからさ、馬車なら半日で着けると伝えといてくれ」
道すがらウルガンと話をすり合わせていく。少し余裕をもって、到着は7日後にしてもらった。
「それで、移民の集まり具合はどう?」
「現在、借金奴隷を20人確保しています。一般民からの希望は1人、この方は鍛冶師で、ベリトアさんの知り合いと聞いています」
一般民からの希望は1人か、まあこれは予想の範囲内だ。そもそも、日本人の移住は募集してないし、議会ともそういう契約で話をしている。街にいる獣人たちにしても、よくわからん村に行くぐらいなら、首都やほかの街に流れていくだろう。
「鍛冶師とはありがたい。奴隷はこの前同様、鉱山関係者なのかな?」
「いえ、今回は違います。健康状態が良い者、労働意欲のある者を選んだと会長から聞いてます」
「なるほど、ではそれで問題ないと伝えて欲しい」
そのほかにも、細かい話の調整をしているうちに元集落へと到着した。
「悪い、話がほとんど済んじゃったな。無駄足させてしまったよ」
「移動しながらのほうが無難ですよ。密偵の動きも把握しやすいので」
「ほぉ、全然気づかなかったけど……密偵がいたのか」
「ああ、今はもういません。森に入る手前で尾行をやめたようです」
(どこが手配したのかはわからないけど、森の中まで侵入してこないあたり、多少はこちらに配慮してるってことかな)
「折角だし昼ごはんでも食べてってよ。ウルガンも芋は好物なんだろ?」
「おお、それは是非とも!」
そのあとウルガンは、それはもう旨そうにガツガツと芋料理を食べていた。というか、2回おかわりしていた。「そんなに食べて帰りは大丈夫なのか」と思ったが言わないでおく。
「これが頂けるだけでも、ここまで来た甲斐がありましたよ。一般民は余程のことが無ければ、もう村の芋は食べられませんからね」
「軍に収めたものは市場に出回らないだろうね。首都にも輸送するだろうし、口にできるのはせいぜい街のお偉いさんくらいか」
「ええ、全くその通りです。村の芋を種芋にして街でも育ててはいるようですが……、収穫したものは村の物に比べて小さいですし、味も普通なんですよ」
大方の予想通り、品質にも大きく違いが出ているみたいだ。これなら当面は村のブランドが保てるなと安堵した。
◇◇◇
異世界生活150日目
本日ついに、森を抜けたところまで交易路が開通した。道幅は4mとそこまで広くはないが、達成感は半端なかった。
「しかし、思っていた以上に街が近いな」
「ですね。ここから街までは、徒歩で30分くらいでしょうかね」
森を抜けた先は、一面が草原地帯となっており、街を囲っている外壁を森の端からでも確認できた。
「実質、初めて見る異世界の風景だな。街へ行ってみたい、と思っちゃうほどには感動してるよ」
「わかるぜ村長、でもまあ厄介事しか起きないだろうなー」
「街にいけば権力者や日本人に絡まれそうですね。最悪拉致されて人質になりそう」
「まぁいいさ、気長に行こうよ。そのうち何か解決策が浮かぶかもしれないしな。それより、ちょっと拡張のスキルを試してみるよ」
伐採のときの反省もあるため、森の外での拡張がどうなるかを忘れずに検証する。
森を出てすぐのところに向かって、10mの正方形で拡張をイメージ……したのだが、いつまで経っても結界が現れない。
「あれ、おかしいな。みんなも結界、見えてないよな?」
「見えてませんね。いつもならすぐに発動してますよね?」
「ああ、そのはずだ」
ここにいる全員、私と同様、何も見えていないようだった。
「まだ拡張する余裕は残ってるはずなんだが……。ちょっと森の中でも試してみる」
今度は森の中に向かって、今できる限界まで拡張をイメージした。すると、いつも通りに結界が点滅して拡がる。結界内の木々がキレイに消えているのも、いつもと同じだった。
「こっちは普通にできるな」
「なんでしょうね?」
おおよその広さになるが、森の中には100m程度の正方形で敷地が拡がっている。まだ結構な敷地が残っているんだなと感じた。
次は少し森の中に戻ってから、草原方面へと拡張してみる。――すると、森の端までは拡がるんだが、草原との境界で止まってしまったのだ。
「まだ確定ではないけど、この結界は大森林限定なのかもしれない」
「原因は何でしょうね? パッと思いつくのは、加護の範囲が大森林限定とか、大森林には、結界に影響を及ぼす特有の魔素がある、ですかね」
「うーん、なんか両方ともそれっぽい感じがするよな。まあ、いろいろ試してみて、ダメそうなら諦めて帰ろうか」
「ですね。兎にも角にも、ひと段落つきました。これでまたダンジョン探索に戻れそうです!」
桜や冬也のダンジョン談義をしり目に、その後も検証してはみたのだが……。結局、どうやってもダメだった。森の外に結界を張ることはできず、原因もわからなかった。




