第40話:鍛冶職人のベリトア
異世界生活60日目
異世界へ来て2か月が経過した。ちょうど1か月前、ラドたち兎人族と出会ったのを思い出す。
村の人口が一気に増え、住居の建設もはかどるようになり、そのぶん忙しくなったが、村の中は賑やかで心地よい日々を送れている。春香と秋穂の二人も、魔物狩りを中心に良く働いているし、貴重なスキルを持っているのでありがたい。
そんな状況のなか、ラドたちが3度目の交易へと向かっていった。今度帰ってくるときには、街の鍛冶職人を連れてくる予定だ。おととい街から戻って、またすぐの再出発となったが、ラドたちは「名誉ある任務だ!」といって息巻いていた。
「おーい村長! どんどん運ばないと桜さんに追いつかないぞ!」
「ああすまん、ちょっと考え事してた」
「頭使うのもいいけど、手もちゃんと動かせよなー」
くっ、冬也のヤツ……。夏希と同居するようになってからというもの、やたらと気合が入ってやがる。実に羨まけしからん。
街の動向にも変化が見え始め、交易路の開拓を優先して進めている。椿と兎人の子供三人には農作業を、ルドルグと夏希たち四人に集会所兼宿舎の建築を任せ、他は全て交易路作りに着手していた。
総勢17人での作業は、それはもう凄いスピードで進んでく。桜が水魔法で木をなぎ倒し、兎人たちが枝打ちをする。それを私と冬也と春香の3人で次々に運んでいくと――。
そのあとを追うように、ロアの土魔法で切り株周りの土を凹ませ、根を取り除いていく。除去した根や枝はそのまま森へ放置し、とにかく先へ先へと道を伸ばしていった。
「南のほうから大猪が来ます!」
索敵役の兎人が魔物を感知すると、その姿が見えた瞬間には誰かに倒されていく。もう大猪程度なら恐怖する者もいないし、むしろ肉が手に入って喜んでいるくらいだ。伐採の音やみんなの気配により魔物も集まって来やすい。が、慌てることなく対処して開拓を進めていった。
その後の数日間も、とくに事件が起こることもなく順調に開拓が進み、ラドたちの帰還の日を迎えた――。
◇◇◇
異世界生活65日目
本日は2度目となる稲の収穫日。開拓作業を中断して全員で稲刈りをしていた。昨日、集会所がついに完成を迎えたので、ルドルグたち建築班もみんなと一緒に稲刈りに精をだしている。
「椿、今回の収穫量はどんな感じ?」
「前回よりも確実に増えてます! 育成も順調ですし、病気なんかの心配もありませんよ」
「大丈夫とわかってても、街の様子を聞いた後だとどうしてもな」
「全く問題なさそうですよ。麦の栽培にもそろそろ取り掛かる予定です」
「おおー、それは楽しみだ。そう言えば椿、日本にいるときはパン屋で働いてたんだよね?」
「はい、小麦が収穫できたらさっそく挑戦してみます!」
「パンと言えばさ、この世界では製粉とか発酵はどうしてるのかな? そのへんもラドに調べといてもらわないと」
そんな会話をしながら稲刈りをしていると、大工のルドルグが近づいてきた。うさ耳がピンと立っているので、聴覚強化で何かを聞いているみたいだった。
「長よ、ラドたちが村の手前まで来てるぞ。鍛冶屋のヤツも一緒だとよ」
「お、じゃあ出迎えにいこうか。鍛冶場や住居の話もあるし、ルドルグも一緒に来てくれ」
「よしわかった、儂も久しく顔を見とらんからな。丁度ええわい」
私たちが村の結界に到着する頃、ちょうど向こうも姿を見せた。交易路が開けてきたから、そこそこ離れていても確認できるようになっていた。
「村長、いま帰ったぞ!」
「みんなおかえり、荷運びが終わったらしっかり休息をとってくれよ」
ほかの兎人たちにも労いの言葉をかけると、ラドともう1人を残して村へ入っていく――。
「村長さんはじめまして、私は熊人族のベリトアです」
「ご丁寧にどうも、私が村長の啓介です。我々はあなたを歓迎します、ようこそナナシ村へ」
熊人族のベリトアは、今年で18歳になる女性だった。ピョコっと見える熊耳を今もピクピクさせている。熊人と言っても、身長も低くスラッとしていた。
なんでも個人差があるらしく、女性はそんなにゴツくないんだと。鍛冶師と聞いて、ついついドワーフを連想していたので、見た目のギャップに驚いている。
(まさかこんなに若い女性だったとは……)
「ラドおじさんから話は聞いています。是非とも私を村の一員にしてください!」
「もちろんです。村に鍛冶職人が来てくれてとてもありがたい。早速ですが、この結界の中に入ってみてもらえますか?」
村のルールなんかはラドから説明済み。まずは居住の許可を出してみて、村に入れるかを試す。向こうも事情は承知しているようで、意を決した様子で一歩を踏み出していた。
「っ、ラドおじさん! 入れましたよ!」
無事に入れたことに大層喜んでいる。ラドもウンウンと頷いて笑っていた。
「今からべリトアも村の一員だ。村の鍛冶は任せたよ」
「もちろんです! 頑張りますよ!」
「お待ちかねの芋も、毎日たらふく食べれるからな。安心してくれ」
「あれが今日から、毎日毎晩食べられるなんて……夢のようです!」
このまま立ち話もなんだと、自宅前の広場で続きを話すことにした。
「そうだ村長さん。コレ、村で使ってもらおうと思って!」
ベリトアはそう言うと、特大の荷物をドンっと置いて並べだす。実はこの大荷物、村に来たときからずっと気になっていたんだ。その中には靴や胸当てなど、革製の防具がたくさんあって、鉄製の剣も数本でてきた。
「それにしてもすごい量だな。これをここまでひとりで運んできたの?」
「はい! 体力には自信がありますから!」
さすがは熊人、見た目は小柄でも相当の力と体力があるみたいだった。見た目は華奢なのに、どこにそんな力が……。種族特性とかスキルの影響なんだろうか。
「すごく嬉しいけど、こんなに譲ってもらって大丈夫か?」
「ええ、もちろんです! どうせ街では売れませんしね」
「金属製の物はわかるが、革製品なんかも売れないのかな?」
「ええ、日本人の鍛冶スキル――アレはもう反則技ですよ! 鉄だろうが革だろうがお構いなしです」
「そっか……ありがたく受け取るよ」
日本人のスキルはかなり優秀みたいだが、街の職人たちにはとんだ疫病神らしい。
そのあとも鍛冶関連についての話を詰めていく。熊人のベリトアは革の加工が得意みたいで、金属製の武具なんかも、設備さえあれば作れると言ってた。この世界の鍛冶は、金属を熱する工程を魔道具で処理するらしく、親から譲り受けたものを街から持ってくる予定でいる。
「魔道具の触媒って、やっぱり魔石なの? それとも別のもの?」
「魔石ですよ。村にも魔石は結構貯めてあるって、ラドおじさんから聞いてます」
「大きさとかに指定はあったり?」
「大きいほうが燃費はいいけど、利用自体は小さくても問題ないです」
ベリトアの説明だと魔石は大きければ大きいほど、含有する魔素が濃くなるらしい。結果的に、そのぶん燃費も良くなるんだと教えてくれた。
「鉱石からインゴットへ製錬するのも魔道具を使うのかな。もしそうなら、どれくらいの価値なのかも知りたいんだ」
「はい、製錬作業も専用の魔道具でやってますよ。値段はどうでしょう? 家1軒分くらいなのかな」
「うわー、じゃあ入手するのは無理だな」
そんな資金、いまの村にはない。鉱脈があるだけに何とかしたい所なんだが……。
「そうでも無いんじゃないかな? 中古ので良ければそのうち市場に出回りそうですよ。しかも割と安くで」
「ん? あー、日本商会の影響ってこと?」
「そうです。今までは魔道具型の製錬炉を何台も使って製錬してました。でも、錬成魔法でポンポンと作っちゃうもんだから……。そっちで働いてた人も、かなり追い込まれてるのが現状ですね」
「なら可能性はあるか――。でも購入資金の調達がなぁ」
資金繰りに頭を悩ませていると、今まで黙って聞いていたラドから提案があった。
「村長、そのことなんだが。街の商会と取引してはどうだろうか」
「商会って、例の日本商会のことか?」
「いや、我らが懇意にしている店だ。その商会から売れるだけ全部欲しいと、運搬込みでの打診があったのだ」
「んー、でもなぁ。村の場所を明かすのはもう少し先延ばししたい」
「そうだろうな。だから集落へ一旦運び出して、そこで受け渡してはどうだろう、と考えたんだが――」
なるほど、引き渡しを集落で、か。それなら村とも距離があるし、見つかる可能性は低そうだ。交易路もまだ集落までは進んでいないからな。
「よし、その案でいこう。製錬炉の魔道具はなんとしても確保したい」
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