第245話:新たな火種
撮影部屋に到着すると――
なぜかコスプレ撮影会が開かれていた。夏希と秋穂がモデルになり、例の4人組が取りつかれたようにシャッターを押している。
そんな隣で、樹里と台本を読み返すおっさん。注意点を確認していくのだが……あいつらのことが気になって集中できない。
「遅れといて悪いが聞かせてくれ。アレってなんのコスプレなんだ?」
「あー、今期の覇権アニメですね。ふたりともヒロイン枠ですよ」
夏希はツインテールの金髪、秋穂は縦巻きドリルの銀髪になっていた。
異世界が舞台の学園モノらしい。ふたりともかなり奇抜な制服を着こんでいる。いかんせん肌面積が多すぎて、目のやり場に困る恰好だ。
「なあ、ちょっとスカートの丈が短すぎない? 異世界ならまだしも、日本では未成年なんだぞ?」
「うわっ、いまの発言、おっさん臭いですよ……」
「え……そうなの?」
「今どきあれくらい普通でしょうに」
心に突き刺さるひと言を喰らい、自分がおっさんであることを改めて自覚する。まあそのおかげで台本にも集中できたわけだが……。
それから程なくして撮影会は無事に終了、私の出番が回ってきた。『異世界難民の救助活動について』、それが今日撮影する動画の主旨である。
私たちは出来うる限り救助を続けます。帝国にもなんとか話をつけ、日本人の引き渡し交渉をします。そして希望者は日本へ送り届けます。
それを世間に伝えることが目的なのだが――
「ねえ、もっと切実な感じにならない? そんなのじゃ騙せないよ?」
「村長、演技下手すぎて草」
「おい秋穂、草って言うのはヤメろ。なんか心にグサッとくる……」
未だ学園ヒロインのふたりが、さっきからダメ出しの言葉ばかりを投げかけてくる。そもそも助ける気なんて更々ないのだから、心のこもった表現など不可能に近かった。
「村長、演技力を上げましょう!」
「おい、樹里までそれを言うのか……」
「じゃなくて、夏希ちゃんのスキルをコピーするって意味ですよ」
「あ、なるほどその手が……」
こうしておじさんはアイドルに大変身。見事な演技力で撮影を終えることになった。自分で言うのもなんだが、お涙頂戴ものの素晴らしい出来栄えでした――。
◇◇◇
動画撮影も無事に終わり、昼過ぎには異世界へと戻ってきた。
村付近の難民問題は解決したし、あとは他国の様子を監視するだけでいい。さきほど撮り終えた動画のこともあり、今後関わることになる帝国から見ていこうと思う。
女神は春香と一緒にナナシアの街へ行っているはず。私はひとり居間に陣取り、さっそく画面の操作をはじめた。聖理愛の話によれば、獣人に明け渡した街からも日本人の難民が来ているはずだ。
(たしか、受入れから2週間くらい経つんだっけ?)
以前に見たときは相当な数が生き残っていた。恐らく1万人は優に下らないと思う。「結局、何人くらい集まったんだ?」と、映像を帝国に寄せたときだった。
タイミングよく聖理愛から念話が入る。きっと受入れ完了の報告なのだろう。このときは暢気にそう思っていた。
『マズいことになっちゃった……』
なにか良くないことが起きている。彼女の声を聞いてすぐに察した。聖理愛の口調が全然違うし、その声色にいつもの余裕がまったく感じられなかったのだ。
『聖理愛大丈夫だ、落ち着いて今の状況を話してくれ』
『うん、実はさっき――』
まるで別人かのような話し方、そんな彼女はゆっくりと答える。
いまから2週間ほど前、1万人を超える難民を保護した。幸運にも彼らの素行は良く、とくにトラブルもないまま受入れは完了。このままなんの問題もなく終わるかに思えた。
それが先ほどになって信じられない事件に発展。なんと、聖理愛と希望がいる領主館が占拠されてしまったのだ。
それどころか、新皇帝をはじめとするすべての住民が捕らわれる事態に――。より正確に言うと、捕らわれたのではなく『操られて』しまったのだ。
何万といる住民はもとより、転移してきた日本人たちも……とある人物によって支配されたらしい。なお、相手がどうやってスキルを把握したのかは不明のままだ。
『たぶん精神支配系の能力者だと思う。私と希望も、さっきから凄く嫌な感じがしてて……』
『ふたりは抵抗してるってことか……ユニークスキル持ちだからか?』
『それはわかんないけど、ほかの人たちはダメみたい』
現在ふたりは、領主館に幽閉されて拘束状態にある。が、命に別状はないようだ。ついさっき張本人らしき男が来て、直接言葉を交わしたところだった。
ふたりの見た目が功を奏したのか、それともスキルが目的なのか。ひとまずは無事のようだが――その先に待っているのは胸くそ悪い展開なのだろう。
そして問題はこれだけに留まらない。彼女たちのスキルは全て封印され、レベルも大幅に減少してしまったのだ。
鑑定が使えないため正確な数値はわからないが……、「明らかに身体能力が衰えた」と、聖理愛は話している。
『私はいいけど、希望のことが心配で……』
『時間はかかるが必ず助けに行く。事態が動いたら念話をしてくれ』
『……うん、ずっと待ってる』
精神支配を行使できる未知の存在、さらにはふたりのスキルを封印可能な能力者。単独犯か否かはわからないが……
「迂闊に動けばこちらがやられる」
そう確信めいたものを感じていた。




