第238話:最後の能力強化
日本人の入居が始まってから11日、
すでに3千人を超える村人が移り住んでいる。いまのところは脱落者もでず、教会での授与式も滞りなく進んだ。
食堂や機織り場をはじめ、建築や土木工事に従事する者たち。とくに大きなトラブルもなく、村の賑わいは日に日に増していった。当然、女神ポイントの増加量も格段に向上、あれよあれよと貯蓄が増えていく。
順調に思える暮らしのなか、ひとつだけ足りないものがあった。そう、ファンタジーには欠かせない要素、冒険者用の狩場だ。
3千人に増えた日本人、その6割は戦闘職なのだが……いかんせん、宝の持ち腐れ状態が続いていた。周辺にいる魔物だけでは圧倒的に数が足りなかったのだ。
公園ダンジョンに遠征する手も考えたけど、いろいろ面倒ごとに巻き込まれそうなので断念している。
そんな現状を打破するため、いよいよダンジョンを作ることに――。
いまは自宅の居間で春香とふたり。PC画面を眺めながら、能力強化の候補を吟味しているところだった。
「ねえ、蒸し返すようだけどホントにやるの? 希望ちゃんたちが加入してからでもいいんじゃない?」
「アイツらのことは信用してるけど、いつになるかわからんからな」
「そっか、なら潔く使っちゃいますか!」
たしかにふたりが加入すれば、能力強化の回数は増える。が、今後も村人は増え続けていくのだ。聖理愛たちの加入を待っているわけにもいかない。
どのみち『異界の門』を強化しないことには、異世界に連れていけないのもあった。春香も覚悟を決めたようなので具体的な話に戻る。
強化の対象となるのは『女神の恩恵』。ほかの候補として、女神特典3割引とか、魔石を信仰度に変換できたりもするが……今回選択すべきは当然コレになる。
==================
『女神の恩恵+』
・特典内容が強化される
※選択できる特典数:3
==================
見てのとおり、特典の中から3つを選択することができるのだが――。
『ダンジョン生成』と『異界の門』を強化するのは確定として、残りの1つを何にしようかずっと悩んでいた。
「やっぱ水晶像がいいよな? 忠誠度が表示されるのはデカいぞ」
「そうだねー。たしか自分以外の人も見られるんでしょ?」
「ああ、ステータスもバッチリ見れる」
女神の水晶像は、一般的なステータスを閲覧できるアイテム。ただし忠誠度は表示されない仕様だ。それを強化することで、忠誠度も表示されるように進化する。
これさえあれば駐屯地での現地審査も楽になるし、教会での確認もかなり効率化できる。ほかの特典強化も魅力的だが迷いだしたらキリがない。
「よし、この3つで決まりだな」
「良いのか啓介、もう後戻りはできぬぞ」
「おい、そこは気持ちよく後押ししてくれよ……」
もちろん冗談なのはわかっているが……隣でニヤついている春香をよそに、そっと能力強化を選択した。
==================
<ダンジョン生成+:25,000pt>
任意の場所にダンジョンを生成する
※地球でもダンジョンを生成可能<NEW>
※地球での階層上限:15階層<NEW>
<異界の門+:―pt>
異界との渡来が可能となる次元門
※地球人の渡来に制限がなくなる<NEW>
※人以外の移動は不可
<女神の水晶像+:300pt>
触れることで能力鑑定が可能な女神像
※他者の能力を閲覧可能<NEW>
※忠誠度表示追加<NEW>
==================
これでダンジョンは作り放題、日本にいる村人も異世界へ行けるようになった。さらに水晶像のおかげで受入れ業務も簡略化できる。
能力強化は使い切ってしまったが、逆にスッキリした気分だった。
「ねえねえ。ちょっと気になったんだけどさー」
「ん、気になるって……なにがだ?」
「異界の門って、ほんとに村人しか使えないのかな。詳細文を見る限り、地球人なら誰でも行けそうじゃない?」
「いやぁ、さすがにそれはないだろ」
春香の言うこともわかるけど……。そもそもの話、異界の門も冷蔵庫も、結界の中に存在するもの。村人じゃなければ入ることすらできない。
(あれ、ちょっと待てよ。侵入の許可を出せば可能なのか……?)
このまま有耶無耶にしていい問題じゃない。さっそく女神にお伺いを立て、そのあたりの条件を詳しく聞いてみたところ――。
「なるほど、なら誰でも利用できると」
「間違いありません。付け加えると転移の魔法陣も同じ仕様ですよ」
女神曰く、村人でなくても使用可能とのこと。侵入の許可さえ出せば異世界へも行けるし、逆に異世界から日本へ帰ることもできる。すなわち、異世界難民を救済できてしまうわけだ。
だがこんな事実、世間に知られたら面倒極まりない。さっさと助けてこい、なんて非難を浴びることは目に見えている。
それは半年後に起こる大規模転移でも同じことだ。異世界で生き残った人の救助を必ず求められるだろう。
ひとまずの疑問が晴れたところで、今度はダンジョンの仕様について聞いてみることに――。
ほとんどは日本にあるものと同じだったが、1点だけ違う所があった。それは『15階層を攻略しても消滅しない』ということだ。ボス討伐後に出現する転移陣、これの破壊も不可能らしい。
「でも、回収自体は可能なんですよね?」
「もちろん可能ですよ。中に人がいた場合は入り口に戻されます」
「おお、なんという安心設計」
ダンジョンはいつでも再設置可能で、ボス部屋以外は魔物も湧き続けるそうだ。ただし、設置数には注意する必要がある。10や20なら影響ないが、あまりにもたくさん置き過ぎると――
「地上にオークが湧きはじめる、と」
「はい、魔素の増幅が加速しますから」
「ああそうか、ダンジョンは魔素増幅装置でしたね」
仮にオークが湧きだしても、ダンジョンさえ間引けば消えるらしい。ちなみにいくら設置しても、ミノ級が湧くことはないそうだ。ダンジョンの階層から見ても納得のいく仕様だった。
詳しい話が聞けたところでいったん村に戻る。女神は神界へ向かうらしく、この場で別れることになったのだが――。
「では頑張ってください! 皆さんも注目していますよー!」
「皆さん? ああ、日本の……」
「遠慮なく置いてくれ、だそうですよ?」
「マジっすか」
どうやら大昔の日本でも似たようなことがあったらしい。神々はその時代を懐かしんでいるようだ。
かつて地上に魔物が溢れ、人々を恐怖に陥れた存在。それが妖怪やら鬼の元ネタになっていると、以前女神からも聞いたことがある。
(どうせたくさん置くことになるし、神の免罪符があるなら安心だ。ご要望に応えて限界まで設置してみるか……)
そんなことを考えながら、村へと急ぐおっさんであった。




