第230話:ダンジョンの破壊検証(その1)
ダンジョン攻略を開始してから6時間が経過。途中で休憩を挟みつつも、15階層のボス部屋前まで到着していた。
道中、一度たりとも苦戦することなく、ただひたすらに進んでいく感じだった。
ここにいるのはナナシ村の超精鋭たち、レベル120を超える化け物揃いだ。この中で一番低いレヴでも90はある。これだけの面子が揃っていて苦戦するわけがなかった。
「3人とも疲れはないか?」
「それが全然ないんだよ。むしろ潜り始めが一番きつかった」
「レベルアップのおかげだな。いま鑑定するからちょっと待って」
3人のステータスを確認すると――
政樹が47、椎名と柚乃が45まで上がっていた。まだ職業とスキルはないが、レベルだけでも相当なものだろう。そこらの冒険者よりは高くなっているはずだ。
「レベル47……。おれ、異世界帰還者よりも高くなったのか……」
「たしか最高記録は42だっけ。いきなり人類トップにおどりでたな」
「リアルでパワーレベリングできるなんて……最高すぎるっ」
ダンジョンに潜る前もそうだったけど、この3人、寄生することにまったく躊躇がなかった。とくに政樹はその傾向が強く、素の口調が見え隠れするほど嬉々として受け入れている。
ちなみに私も丁寧な言葉遣いはやめていた。指示を出すときに面倒だし、誰が聞いてるわけでもない。
「政樹の性格だと、寄生を嫌がると思ったんだけど……全然そんなことないな?」
「こんなチャンスを逃すヤツは大馬鹿だよ。それにおれ、自重はするけど遠慮はしない主義なんだ」
「なんだそれ? まあ、村人になったら思う存分上げてくれよ。ただし死なない程度にな」
と、話の区切りがついたところで、誰からともなく腰を上げだす。いよいよラスボス戦のはじまりだ。
オークキングが待ち構えていることは女神から聞いている。強さも同じだとしたら、レベル70前後というところか。たぶん見せ場もないだろうけど、油断だけはしないよう注意せねばならん。
◇◇◇
それから程なくして、全員が扉の前に立ち並んだ。一歩前に出たドラゴとネイルが、ふたりがかりで重厚な扉を押し開けていく。
――と、部屋の中から冷たく痺れるような空気が溢れ出した。
それまで真っ暗だった室内、至るところにたいまつの明かりが灯る。これぞラスボス戦に相応しい壮大な演出だった。
遠目に見える玉座には巨躯の王が鎮座し、かたわらに下僕を侍らしている。その場を微動だにせず、ただ静かにこちらを睨みつけていた。
部屋中には見渡す限りのオーク集団、それらが隊列を成している。
それから間もなくして、王の高らかな雄たけびと共に……最後の戦いが幕を開けた――5分で閉幕となった。
本当は1分もかかってないが、政樹たちが正気を取り戻すのに4分ほどの時間を要した。
占めて5分、壮絶なラストバトルだった。現在はうちのメンバーたちがドロップ品を回収しているところだ。
「いまのは一体なんだったんだ……」
「この世の終わりかと思いました」
「私、ちょっと漏らしたかも……」
ようやく話せるようになった3人は、そんなことをポツリと呟いていた。誰とは言わないが……若干1名、手遅れの者もいた。
「ドラゴの咆哮と桜の水魔法だよ。3人とも心配するな、私もちょっとビビってる。……あ、漏らしてはないけどな」
「こんなの世間に公表できません。あの方だけには伝えますが……」
無論、公表するのはお漏らしのことではない。私たちの戦力に関することだろう。
ドラゴも桜も、ここに来るまで無難に戦っていたけれど――最後は我慢できず派手にやってしまったらしい。でもたぶん、アレも全力ではないと思う。
やがて全ての回収がおわった頃、部屋の中央に石柱がせり出してくる。いつもお馴染みの転移装置、形状や色も異世界のものと変わりなかった。
てっきりボス討伐後にダンジョン崩壊、そう思っていたのだが……どうやら違うみたいだ。
未だ呆けている3人をよそに、ダンジョン消滅条件の考察を始める。
ひとまず鑑定をしてみるも、とくにこれといった情報は出てこない。みんなで部屋中を調査したが、手掛かりひとつ見つからなかった。なんだかんだでもう30分以上は経過している。
「なあ村長、やっぱコイツの破壊しかないんじゃね?」
「だな、どうなるか不安だけどやってみるか」
「そのまま生き埋めになったりして……」
「おい桜、ここでフラグを立てるのはやめてくれ。もしそうなったら最悪のエンディングだぞ」
残された可能性は、目の前にある石柱の破壊のみとなる。が……、
ここでは結界を張ることができない。次善の策として、桜の魔法で分厚い氷のドームを形成してもらう。常に魔力を注いでいれば、崩れる心配はないと思う。
「じゃあ政樹さん、壊しますよ?」
「はい、もう大丈夫です。遠慮なくやっちゃって下さい」
「ドラゴ、もしもの場合は竜の咆哮を全力で頼む。地上に向けて大穴を開けてほしい」
「うむ、任されよ」
みんなの同意もとれたところで、冬也が横なぎに一刀する。と、さした抵抗もなく石柱が破壊され……切り口から膨大な魔力が溢れ出した。目に見えるほどのソレは、周囲に拡散しながら壁をもすり抜けていく。
そして次の瞬間には――全員が地上に戻されていた。
「どうやら入り口も消えたようだ」
「でも啓介さん、これって……」
「ああ、復元の兆候ってヤツだな。鑑定でも『ダンジョン:再生中』と表示されているよ」
地上に戻った私たちは、今まで入り口があった場所に飛ばされていた。
ダンジョンは消滅したが、入り口のあった場所に魔力の渦が発生している。しかもそれを取り囲うようにして、レンガ状の壁まで形成され始めていた。以前にあったものとほぼ同一の形状だ。
「ドラゴ、ネイル。さっきの現象で何か感じたことは?」
ふたりにそう尋ねたところ、返ってきた答えはまったく同じものだった。ふたりは顔を合わせて頷きあっている。
先ほど石柱から噴出した魔力は、周囲に向かって分散していった。その結果、この周辺一帯の魔素量が極端に薄まっている。ここまで少ない状態は一度も経験したことがないらしい。
いまは目の前の魔力渦に向かって魔素が集まっているようだ。
「これはダンジョンがリセットされた。ってことなのかな、知らんけど」
「それはわからんがの。この魔素量ではゴブリンすらも生成されまいて。それほどには薄まっておるよ」
魔素に敏感なドラゴが言うのだから間違いないのだろう。ダンジョン再生成までの期間は不明ながら、そのうち元に戻りそうな感じだった。しばらくは様子を見つつ、政樹さんに報告をもらうことで決着する。
◇◇◇
その日の帰り道、自衛隊の車両に揺られながら村へと向かっていた。
ダンジョンに丸一日籠ったのはいつぶりだろうか。精神的な疲労に心地良い揺れが加わり、うつらうつらと頭が下がる。だがここはまだ結界の外。寝てはダメだと必死に睡魔と格闘をしていた。
とそんなとき、隣に座っているネイルが――
「村長、今ふと思いついたのだが……」
「んあ? どうしたんだ?」
「我らの集落、あそこに並んでいる石柱も破壊できるのだろうか。もし可能ならばダンジョンは……我らの集落はどうなってしまうのだろうな」
まだ寝ぼけていたため、ネイルの言葉が頭に入ってこない。仮に破壊できても、あの集落にはおびただしい数の転移陣がある。それを全部は無理だろう、と適当に答えたのだが……。
「では、地上はどうだ。村長の言葉を借りればリセットされるのだろう? 魔素が薄まりミノタウロスやオークも消えて……魔物が湧かなくなるのでは?」
「うわっ、それあるかも……」
「そうなれば、人類の生存圏を取り戻せるかもしれん」
「マジかよ。ネイルおまえ……トンデモないことに気づいたな」
「あくまで想像の範疇を超えんがな」
ただ、異世界のダンジョンを破壊したとき、どんな現象が起こるかもわからない。それこそ世界が崩壊、なんて事態も考えられる。まずは女神にお伺いを立て、確認をとってから調査することに。
もしリセットが可能ならば西の大陸を正常化できる。ネイルの言うとおり、人類の生存圏は確保されるだろう。ただし、全国民転移の際にはものすごい人数が生き残ってしまう。
(おいおい、これは絶対口外できないぞ……。まだそうと決まったわけじゃないけど、可能性は大いにありそうだ)
すっかり眠気の冷めたおっさんは、そのあとも思考の渦に嵌まっていくのだった――。
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最終話まであと20話ほどありがすがよろしくお願いします。
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