第218話:ありがとう、そしてゴメンね
室長たちがこちらを遠巻きに見ている。あそこなら声も届かないし、なにかあればすぐに駆け付けてくれそうだ。
というのは建前の話、会話の傍受くらいは当然しているのだろう。私との約束もあるけど……守られている保証はない。
と、そんな状況の中――
「僕の代わりに、向こうで隷属の首輪を買ってきてくれませんか?」
「……首輪、ですか?」
彼はなかなかに辛辣な言葉を言い放つ。さすがに驚いてしまい、思わず言葉に詰まってしまった。
「はい、奴隷に使う隷属の首輪です」
「それは知ってますけど……念のために利用目的を聞いても?」
そこから続く内容は、ある意味、とても理に適うものだった。もちろん善か悪かは別問題として――。
彼の村には、現在17名の村人が暮らしている。そのうち16人は奴隷なんだが……忠誠度がなかなか上がらないため、設定値を30まで下げている状態だ。
奴隷だから裏切られる心配はない。しかしこのままでは、いつまで経っても村人を増やせない。そこで思いついたのが隷属の首輪だ。
日本人も奴隷にすればいいし、忠誠度が上がってから外せば問題ない。と、どうやらそういう思考に至ったらしい。
たしかに異世界なら通用するかも……いや、たぶんするのだろう。奴隷制度というものが当たり前のように存在しているからだ。
私だって、奴隷を購入して村人にしている以上、彼のことをとやかく言える立場にない。
「どうですか? 魔石ならたくさんあります」
「いや……残念ですけど、たぶん無理ですね。日本人は異世界人に嫌われてますから。売る売らない以前に、街へ入ることすらできないでしょう」
どうせ断るつもりだったが……ちょうどいい理由があって助かった。これは本当のことだし、実際、街へも入れないだろう。
「嫌われてる? なんでそんな――あっ、帝国のヤツらか……くそっ」
「オークの件はご存じで?」
「……ええ、多少のことは知ってます」
「それが原因で、王国や獣人国にいた日本人はほぼ追放されました」
「じゃあ無理ですね……。教えてくれてありがとうございます」
もう少し粘ると思ったが……どうやら素直に諦めたらしい。政樹さんたちを呼んで、さっさと次の話題に移ることにした。
私の態度に気をよくしたのか。そこからはいろいろ話してくれるようになった。時には聞いてもいないこともベラベラと――。
もちろんブラフの可能性も考慮しているが、話しぶりからして、腹芸が得意だとは思えない。
途中で結界の話題になり、お互いの結界が干渉するのかも試すことができた。結論から言えば、結界同士が対消滅することもなく、相手の結界には関与できなかった。正直、これが一番の収穫だったかもしれない。
それと、村にダンジョンがあることも教えてくれたよ。ここからは見えないけど、自宅の裏に岩山があることも確認させてもらった。
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月神の加護:村にダンジョンを生成できる
※階層制限:15層
※最大設置数:1
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鑑定結果にも表示されているが、やはり15階層までしかないようだ。今はオークキングを倒さずに、ダンジョンを維持してるらしい。倒してしまうと消滅するのか、再設置できるのかは確認していないようだった。
それからさらに30分――
転移初日に襲撃されたことや、女神と会合したことも話してくれた。
似たような境遇だったこともあり、共感というか同情というか……とにかく饒舌になっていた。この頃にはだいぶ打ち解けて、互いの口調もずいぶん軽い感じに――。
「それじゃあ啓吾くん。今後はお互い、不干渉ってことでいいのかな」
「敵対しない限りは自由にってことですね」
「そうだね。もし何かあれば、室長さん経由で連絡するよ」
「はい、僕もそうします」
能力が判明して、スキルの確認もできた。今のところは危険視するほどではないし、今後村人が増える気配もない。
結界同士の干渉もなく、敷地も増やせないとなれば、関わらないのが一番の得策だと思っている。
あとは10か月後、それこそ集団転移前日にでも、北の浜辺にある結界を解除すればいい。たとえ砦が残っていようとも、私たちの仕業だなんてわかるはずもない。
これから彼がどうするのかは……正直、全然興味がない。気ままにハーレムライフを送るのか、無理やり村人を増やして自滅するのか、はたまた政府にやり込められて奴隷となるのか。
せっかく手に入れた能力なんだ、好きなようにしてくれたらいい。たぶんもう会うこともないだろう。
あ、それと最後にひとつだけ――
(素晴らしい書籍とゲームをありがとう。借りパクしちゃってごめんよ)
そう心でつぶやいて、もうひとりの村長と別れることになった。
◇◇◇
面会後――
ひとまず天幕に戻った私たちは、帰り支度をしている最中だった。
べつに転移陣で戻ればいいのだけれど……とある事情で、帰りもヘリに乗せてもらう予定だ。ちなみに政樹さんたちは、出発の準備で外に出ている。
「香菜、レヴ、おつかれさま。そっちはどんな感じだった?」
目の前の虚空に向かって話しかけると、ふたりがおもむろに姿を現す。
「天幕を全部回ったけど……やっぱり盗聴のたぐいはないですね。監視カメラも、全部切ってありましたよ」
「探知スキルに怪しい動きはありませんでした。自衛隊の会話も、聞いた限り問題ないかと」
「そうか、それを聞いて安心したよ」
実は転移陣を設置してすぐ、隠密能力を持つ香菜と、斥候のレヴを呼び出しておいたのだ。ふたりなら絶対に見つからないし、兎人の聴覚で会話を聞き取ることができる。
「村長たちは帰りも自衛隊と?」
「ああ、ちょっと試すことがあってさ」
「わかりました。私たちはこれで戻るけど……みんな気をつけてね?」
「ふたりとも助かったよ。向こうに戻ったら桜に報告を頼む」
「「りょうかいっ」」
――と、ふたりの帰還を見送ったところで、ちょうど政樹さんが戻ってくる。
どうやら小難しい手続きがあったようで、思いのほか手間取っていたらしい。結局のところ、最終奥義『神の啓示』を使って無理やり許可をとったんだと。
(神の啓示って……きっとあの人のことだよな。いったいどれほどの力をもってるんだ?)
学生村長なんかより、よほど恐ろしい存在なのでは……そんな感想を抱きつつ、ヘリに乗り込み目的地へと向かった――。




