第216話:学生村長との面会
空の旅を続けること数時間――
人生初となる軍用ヘリの試乗は、思っていた以上に快適だった。ドラゴにぶら下がっての移動とは安心感が違う。「床があるって素敵だな」と、しみじみ思ったよ……。
移動の途中、「おい、このヘリはどこに向かってるんだ!?」とか、「予定の方向と違うじゃないか!」みたいな展開もなく――無事に現地へと到着した。
そもそもどこを飛んでいるのか、今現在の場所はどこなのか、素人の私たちには良くわからない。某有名なタワーをみたとき、ここが関東であることをやっと認識できたくらいだ。
と、まあそんな感じで――駐屯地に着陸すると、そのまま天幕の中に案内された。やはり市販のモノと違ってかなり大きい。天井も高いし、生地も丈夫そうな感じだった。
「天幕のサイズはいかがです? ご要望通りにしたつもりですが……」
「はい、これならじゅうぶんです。ありがとうございます」
「なら良かった。――では私は一度、彼のところへ行ってきます」
「政樹さん、よろしくお願いします」
ここから2分も歩けば、学生村長の自宅があるらしい。さっき上空からも確認したけど、彼の家周辺を囲うように自衛隊が包囲している。前情報のとおり、結界は薄い水色であまり目立っていなかった。
政樹さんが去ったあと、すぐに天幕内を結界で囲う。
続けて転移陣も設置、これで緊急時の離脱も可能となった。今後どうなるかはわからないけど……学生村長や自衛隊と敵対した場合、拠点としても利用できるだろう。
「なあ、そういえば村長ってさ――」
「ん? どうした冬也」
「もっと派手に暴れてやろうとか、日本でのし上がってやろうとか……考えたことないの?」
政樹さんを待ってる間、冬也が唐突にそんなことを聞いてくる。
言ってる意味は分かるけど……なぜ今のタイミングで、どうしてそんな質問をしてくるのか。それを疑問に思ったので聞き返してみる。
「なんでそんなことを思ったんだ?」
「いやだってさ。実際問題、村長の力なら可能だろ? 政府なんかに頼らなくても、日本征服ぐらいならできそうだしさ」
「ん-、それはどうだろうな」
「結界はあるし、自身の能力だって――それこそやりたい放題じゃん?」
政府との繋がりを嫌ってるんだろうか。それとも能力を抑制する行為に不満があるのか。
「冬也はもっと暴れたいのか?」
「いや、ただ単純に思っただけ。異世界でもそうだったけど、よくそんなに自制できるもんだなぁと」
なるほど、私が我慢してるんじゃないかと考えているようだ。
「正直に言うと……思ったことはある、それこそ何度もな」
「たとえば?」
「最初に椿たちと会ったとき、ケーモスの街へ行ったとき。――あ、それと日本に帰って来たときもか」
「じゃあ、どうしてやらなかった?」
「いやぁ、それはどうしてだろうな。自分でも良くわからないけど――」
改めて考えてみても、明確な答えは思いつかない。日本人特有の倫理観なのか……面倒事に巻き込まれたくなかったのか……それともただのヘタレだったのか……。いや、どれも正解だけど違う気がしている。
「ああ、もしかすると――人に嫌われたくないから、かもな」
「ん? 嫌われたくない?」
「他人にいい恰好をしたい。良い人に思われたい。もっと慕われたい。そんな俗物的なもんだと思う」
常に余裕ぶった態度をとり、気の合う味方だけにチヤホヤされる。そんなどうしようもない理由が歯止めとなっていた……のだと思う。
「これは言いわけになるけどさ。信用の証として、忠誠度が見えちゃうだろ? アレもあって余計に意識してたところはあるよ」
「なるほど……承認欲求の成果が数値化されますもんね」
勇人が言ったとおり、数値で見える以上はどうしても意識してしまう。実際、忠誠度が上がると嬉しかったしね。
「冬也、まあそんな感じだ。別に悪いとは微塵も思ってないけどな」
「そっか……でもなんか普通っぽくて安心した」
「なんせ、元はただのおっさんだしな」
「なんだよそれ。今だっておっさんだろ?」
「ああ、違いない」
これが答えになったのかはわからない。ただ、胸のつかえが取れたような……そんな悪くない気分だった。
◇◇◇
しばらく天幕の中で待機していると、席を外していた政樹さんが戻ってきた。どうやら面談の準備が整ったらしい。向こうは自分の結界から出る気はないようで、こちらが現地まで出向くことになった。
室長を筆頭にして、数名の護衛に囲まれながら歩く。冬也と勇人もそうだが、私も丸腰のままだ。とはいえ万能袋を渡してあるので、何かあればすぐに取り出せる。
全員、結界のネックレスは装備済み、霊薬も複数所持している。不意の攻撃さえ防げれば、後のことはなんとでもなるはずだ。勇人も近くにいるので、毒系統の状態異常も無効化できる。
「着きました。ここが彼の自宅です」
そんなことを考えているうちに、相手の自宅近くまで到着した。目の前に結界はあるが……目を凝らさないと視認できない。もちろん、不用意に触るなんて愚かな真似はしていない。
室長はスマホを取り出すと、慣れた手つきで指を動かす。たぶん学生村長にメッセージを入れてるんだろう。いまどきと言えばそれまでだが……なんとなく違和感を感じつつ、その場に待機する。
(いきなり姿を見せないってことはアレか? 相手も警戒心が強いってことでいいのか? それともただ面倒くさ……いや、先入観はなしだ。直接会って確かめよう)
それから数分もしないうちに、3人の女性が姿を見せる。ひとりは人族、残りのふたりは……犬人と猫人の獣人族だった。
獣人族のふたりは奴隷のようで、首に隷属の首輪をつけている。レベルはかなり高いが、誰もスキルを所有していなかった。もちろん職業欄もない状態だ。
「初めまして、私は啓介といいます」
「わたしはアイラ、人族よ。政樹が言ってた村長ってのは……あなたでいいのかしら?」
「はい、私が村長です」
「……そう、わかったわ。いま啓吾を呼びに行かせるから少し待って」
人族の子が目くばせすると、奴隷のふたりはすぐに戻っていく。おそらく、当の本人を呼びに行ったのだろう。ついでに人数や武装状態、見た目なんかを確認しに来たんだと思う。
『全員スキルなし、レベルは40前後だ』
『40……結構高いですね』
『村長、あの獣人は奴隷なのか?』
『ああ、なぜかそうみたいだ。結界の中にいるし、たぶん村人だとは思うけど……まだよくわからん』
『さっき啓吾って言ってたけど……まさか親戚とかじゃないよな?』
『全然知らん、名前が似てるのは偶然だろう』
それからしばらくして、冬也くらいの歳の子が玄関から出てきた。
その立ち姿は堂々として見える。かといってイキがっているような印象は受けない。もちろん親戚ではないし、初めて見る顔だった。
まだ警戒をしているのだろうか。玄関前からこちらの様子を眺めたまま立ち尽くしている。真意のほどは不明ながらも、私にとっては好都合だ。
すぐに鑑定をして能力を確認する。
(おっ、やっぱり彼も村長なんだな。でも中身はかなり違うぞ……)
職業は『村長』でスキルは『村Lv4』。しかしながら、その能力については全く違う内容だった。
そして啓吾くん――
村のネーミングセンスがないこともわかってしまった。




