第215話:さて、出発の時間だ
村の開発を始めて3日目
まだ早朝にも関わらず、特別対策室の一行が訪れた。
『異世界特別対策室』は、異世界帰還者のメンタルケア、帰還後の職業斡旋、そして政府機関への勧誘など、主に対人関係を担当。著名な政治家の息がかかり、かなりの権限を有している独立組織だ。
まあ実際のところは、能力者の監視や、危険分子の洗い出しが主目的なんだと思う。むろん警戒は必要だが、できれば良好な関係を維持したいところだ。
そんな対策室の室長である政樹さん。そして補佐の椎名さん柚乃さんの3人は、予定よりかなり早い時間に到着。
前回のような薄着ではなく、真冬に相応しい暖かそうな装いだった。お互いそれには触れないが、思わず苦笑を漏らしつつ挨拶を交わしていた。
「啓介さんおはようございます。今日も寒いですね」
「「おはようございます!」」
「皆さんおはようございます。こんな早朝にお呼びだてしてすみません」
「いやいやとんでもない。今日という日を心待ちにしていました」
「そう言って頂けると助かります」
「いやはや、それにしても圧巻です。まさかここまでの規模だとは――」
眼前に広がる結界を前に、さっきから3人の目は泳いでいる。
事前に伝えたとはいえ、実物を見るのはこれが初めて。学生村長の結界を引き合いに出し、その大きさに驚愕していた。
「あの……啓介さん……」
しきりに村を見渡す柚乃さんが、モジモジと身を揺らす。
「柚乃さん? どうかされましたか?」
今日はかなり気温が低いし、まだ早朝ということもある。「お花でも摘むのかな」と声をかけたが……どうやら違っていたらしい。
「今日って、異世界の方と会えたりしますか? わたし、それが気になって夜も寝られなくて……あ、いきなりすみません」
「もちろん会えますよ。あとでお話でもどうかなと考えてます」
「っ! ありがとうございます!」
「やったね柚乃っ! 人類初の異世界コンタクトかぁ……くぅぅぅ!」
隣にいる椎名さんも、朝からエンジン全開のようだ。よく見ればふたりとも、目にクマができている。きっと昨夜は興奮しっぱなしだったのだろう。
(あれ? たしか学生村長のとこにも獣人がいたよな。人類初ってのはどういう意味なんだ?)
そんなことを思いながらも、まずは居住の許可をだして、結界の《《中》》へと案内する。
これはあくまで一時的な措置であり、帰る際には解除する予定だ。彼ら自体は信用できても、裏で何者かが暗躍を……なんて可能性を考慮した。忠誠度による自動排除も含め、村人にしたほうがなにかと都合がいい。
席についた政樹は、雑談も早々に切り上げて資料を広げる。今日はお仕事モードなのか、どことなく表情も硬めだ。
「啓介さん、まずはどちらの件からお話しましょうか」
「そうですね。では、警備体制のことからお願いします」
「わかりました。現在こちらで確定しているのは――」
まずは自衛隊の周辺警備についてすり合わせていく。
大前提として、ここでいう『周辺』とはあくまで結界外のことを指す。以前お願いした検問所関連についてが話のメインとなる。
村の南側に広がるご近所さんの農地。その一帯を自衛隊が占拠し、外部からの接触を防ぐというものだ。
自衛隊の駐屯地には、対策室の出張所を併設。いずれ来る入村希望者の検閲をする予定だ。村に必要な器材や、食料の手配も代行してくれる。
「以前お約束したとおり、出張所には椎名と柚乃を常駐させます」
「おお、それはありがたい」
「私も可能な限り顔をだします。現在、本部をこちらへ移せないか、上層部と交渉中です」
「上層部? ああ、例の……」
「はい、あのお方です。許可されなければ退職すると伝えました」
「退職って……大丈夫なんですか?」
「問題ありませんよ、どうせ独り身ですしね。どちらに転んでも、私にはメリットしかないでしょ?」
そう言いながらほくそ笑むイケおじは、「本部が移れば良し、辞めても村人になれて良し」と強気の姿勢を見せていた。
「――さて、次の件に移りましょう。まもなく迎えが到着しますしね」
「そうですね。出発は予定どおりに?」
「はい、そこはぬかりなく」
警備の件が片付いたところで、今度は学生村長の話に移行する。
先程から迎えだの出発だのと話しているのは、このあと本人と会う約束をしているからだ。彼にしては珍しく、すぐに返信がきたらしい。「自分も会ってみたい」と、前向きな姿勢を見せている。
ただ、なぜかはわからないが『午前中』の時間指定をしている。わざわざ早朝から話しているのもこのためだ。少し怪しい気もするけど……まあ、実際に会ってみればわかるだろう。
◇◇◇
そのあと20分ほど話したところで、外がだんだんと騒がしくなる。
「啓介さん、迎えのヘリが到着したようです」
「まさに定刻どおり……誤差、1分もありませんよ?」
「ええ、日本の自衛隊は極めて優秀ですから。それと改めて確認しますが、今回に限り、火器の携帯を許可しています。ご了承を」
「はい、それはこちらの希望でもありますので」
火器の携帯は、あくまで保護対象の安全確保が目的だ。実はもうひとつ理由があるんだけど……それは遠からず知れることだろう。
今回、敵地へ挑むにあたっては、冬也と勇人のふたりを同行させる。椿も連れていくか迷ったが、不測の事態を考慮して見送った。
今のところ、政府は協力の姿勢を見せている。だがいつ手のひらを返されるかわからない。
忠誠度を見る限り、政樹さんたちは信用できるのだろうが……政府の総意を得ている確証はない。拉致されるケースを想定すれば、より少数に絞るべきだ。
『冬也、勇人、出発の時間だ。結界のネックレスを忘れるなよ』
『こっちはもう準備できてるぞ。予備も持ったし問題ない』
『霊薬と魔結石も携帯してます。いつでも行けますよ!』
自衛隊への警戒。銃撃の可能性。不測の事態に陥った場合、あとのことは一切気にせず、自由に行動しろと伝えてある。ふたりが暴れまくった結果、私たちが排除対象になったとしても一向に構わない。
(万が一そうなったら……いっそのこと魔王ルートを突き進むかな)




