第213話:おれ、仕事やめちゃおうかな
すでに2時間は経っただろうか。異世界談議はとめどなく続いた。
「いやぁ、同年代の方とここまで熱く語ったのは久々ですよ」
「私も同志ができて嬉しいです。それで政樹さん、本題なんですが――」
椿がお茶のおかわりを出したところで、無理やり話を切り替える。
日本での村人誘致、魔石の専売、そして村の自治権のことなど、昨日みんなと決めたことから伝えていく。どこまで呑んでくれるかは未知数。決裁にも時間がかかるだろうし、ゆっくりと待つことにしたのだが――。
「なるほどよくわかりました。ご提示の件についてはすべて承諾します」
「え? そんな簡単に決めちゃダメでしょ」
まさかの即答に思わず素の口調が漏れる。
「なにかご不満が……?」
「いや、不満はないですけど。しかし室長の決定権って……」
「ああ、そのことならご心配なく」
続く室長の話を聞いて、概ねの流れが理解できた。
どうやら大臣クラスの中にも同志が潜んでいるらしい。そのやんごとなき方は、誰でも名前を知っている有名な政治家だった。
政樹さんが室長を務める部署は、その方が主導して設立される。異世界帰還者の動画がアップされてすぐに動いたらしい。
かなり早い段階で成立して、自分が室長に任命されたと言っている。なお、政樹さんとの関係性は極秘事項なんだと。
対策室の設立にあたっては、ほぼすべての決定権を委ねられた。どうしても判断しかねる場合のみ、直通でお伺いを立てることになっているそうだ。
「あ、そうなんですね。いずれにせよ、許可して頂けるならありがたい」
「実はその方も、あなたが特別な存在だと睨んでいます。ああ、もちろんいい意味でですよ」
政府内の裏事情はどうあれ、これは大きな前進である。とくに村の自治権を確保できたのはデカい。異世界人を連れてくる日も、かなり前倒しできそうだ。
こちらの要望が通ったところで、ほかに気になっている件についても聞いてみることに。まずは学生村長の現状などを、言える範囲で教えてもらう。
政樹さんの話によれば、現在、彼の自宅周辺は自衛隊により『保護』されている。まあ、実際のところは『隔離』ってことなんだろうが……とくにかく24時間体制で監視している状態。
そして自宅周辺の結界は、家を中心にして半径20m程度の小規模なものだと判明。彼自身の弁によれば、拡張も縮小もできないらしい。
これが事実なのか、それともブラフなのかは未だにわからない。ちなみに結界の色は薄い水色で、目を凝らさないと判別できないほど目立たないようだ。
「なるほど……今はそんな状況なんですか」
「彼はほとんど外に出てきません。かと言って、こちらに非協力的、というわけでもありません」
「日本に戻ってから結構経つのに、思いのほか静観してるんですね」
「ええ、普段のやり取りはほとんどコレで」
そう言いながらスマホを見せる室長。見たこともない通話アプリで、連絡を取り合っているようだ。これはおそらく、政府が独自開発したものだと思われる。
「政樹さん、もし可能ならば――」
「はい、なんでしょう」
「その彼と面会してみたいのですが……」
政府とも交流しているのなら、私とも会話程度はしてくれると思う。それに話を聞いている限りは大人しそうだし、割とまともな人物なのかもしれない。
もちろん裏で暗躍していたり、女神と通じている可能性もあるが……直接会ってみるのが一番手っ取り早い。視界に入れば鑑定ができるし、スキルの詳細もわかる。
「そうおっしゃると思い、すでに打診をしております。まあ、彼が了承するかはわかりませんけどね」
「そうでしたか、それはありがたい」
◇◇◇
学生村長との件を依頼したあと、昼食を挟んで再び話し合いを始める。
政樹さんたち3人はコンビニ弁当持参だったが、せっかくなのでナナシ村の手料理を振舞っておいた。
「では次に、最近できたダンジョンについて教えてもらえますか?」
「それは政府の運用方針、ということでしょうか」
「はい、その辺りのことも含めて詳しく――」
現時点で発見されたダンジョンは5つ。東北、関東、中部、近畿、そして北海道に点在している。どの地方でも、わりと人目に付きやすい場所にあると言うが――。
「あれ? でも東北地方にあるダンジョンって、たしか山間部ですよね」
「あれはゴルフ場です。18番グリーンのど真ん中に突然現れました」
「なるほど、それは確かに目立ちますね」
そして運用については概ね想像どおりだった。自衛隊による隔離対策と入場規制、現在は魔石資源の調達と階層調査に取り掛かっている。ある程度把握したところで、一般開放も予定されているようだ。
異世界帰りの冒険者たちが大活躍しており、こちらもかなりの優遇措置が取られている。今のところ大きなトラブルはなく、好き勝手に暴れるヤツは……やっぱり少なからずいるらしい。
「大きなトラブルがないのって……やはりそういうことですよね?」
「それについてはお答えしかねます。大きな問題は発生していません」
(あー、これは確実にやってるな。ダンジョンの中なら好都合だし、いくらなんでも銃弾は避けれないよね)
大きな問題が起こる前に、ダンジョン内で処理しているのだろう。口にこそ出さなかったが、政樹は最後まで否定しなかった。
そのあと、ダンジョンを放置し過ぎると魔物が溢れることを伝える。
情報の出どころが神様だと言ったら……3人ともすんなりと信じた。というか、目を輝かしながら喰いつき、またも話が脱線していく――。
ようやく女神関連の説明がおわり、この日最後の議題に移る。その内容は、この村唯一のアクセスルートに、検問所を設置してもらうこと。
周囲の山から来る侵入者はべつとして、平地を通ってくる一般人や、マスコミなんかを堰き止めて欲しいのだ。当然、私たちも隔離されるわけだが……転移陣を使えばどうとでもなる。
検問所を置けば、村人を募集した際の受付所としても活用できる。まずは政府が希望者を登録、身元の照会を済ませたあと、おかしなヤツじゃなければ村で忠誠度を確認。こんな感じの二段構えにしたい。
いきなりトンデモない人数が押し寄せ――なんて可能性もあるだろう。そういった意味も込め、検問所の設置をお願いした次第である。
「なるほど、よくわかりました。そういうことでしたら、この2名を常駐させたいと思います」
連れてきた部下を見つめる政樹は、「本当は私も一緒に……」と、悔し気な態度を隠しもしなかった。
快活そうな椎名さんと、おっとり目の柚乃さんは、めちゃくちゃ喜んでおり、思わず政樹さんに抱き着いている。そして政樹のおっさんは、今日一番のだらしない顔を露わにしていた。
(この人、最初のイメージとはだいぶ違ってきたな。秋穂の言ってた警戒も必要だけど、そこはかとなく親近感があるわ)
◇◇◇
今日予定していた話も済み、ついでに3人が村人になれるかを試すことになった。
これまでの流れからして、確信めいたものはあったんだ。その予感は見事に的中しており、3人とも忠誠度50を優に超えていた。
互いの立場もあるので今すぐ村人に――とはいかないが、頃合いを見ながら村に来てもらうつもりだ。さすがに政府関係者を内部に入れると、不和を生み出す原因になりそうだからね。
「まいったな……。できることなら今すぐ村人になりたいです。おれ、仕事辞めちゃおうかな? と、真剣に考えています」
「室長! この際ですから、3人揃って辞めちゃいましょうよ! 柚乃もそれがいいと思わない?」
「とても魅力的な提案だと思う。都合良くみんな独身だし、迷う必要はないよ。だって夢にまで見た異世界へ行けるんだもん」
3人と共に暮らす日も遠くないだろうな。と、2日にわたる対談がようやく終わりを告げる。
「ではみなさん、またお会いしましょう」
「啓介さん、今日は人生で最高の一日でした。また近いうちに!」
「私たちもまたお邪魔します!」
「早く異世界人に会ってみたい……」
帰り際、車から持ってきたジュラルミンケースを渡され、札束の山を見たときは驚いた。今後の活動費として提供されたのだが、今回は丁重にお断りしておく。
その代わり、ゴブリンの魔石を5千個ほど売ることにしたよ。だって現金は必要だからね。
なんだかんだあったけど、これが今日一番の収穫だったのかもしれない。
(あ、鑑定バイトの件を聞くの忘れてた……)




