第211話:訪問者、ふたたび。
立ち寄った書店で大量の書籍を買い込み、ホクホク顔で帰路につく。
今は無駄遣いなどしてる場合ではない。そう思っていたんだが――店に入ったとたん、すべて、綺麗サッパリ忘れていた。
日本を離れて1年も経てば、当然、周りは新刊で溢れている。この夢のような状況……買わずに帰る選択肢などあるはずもなかったのだ。
ぶっちゃけ、本が買えないなら日本にいる意味などない。ってのは言い過ぎかもしれないが……こっちに拠点を作る大きな利点であることは間違いない。
と、浪費の言いわけが済んだところで、ようやく村が見えはじめる。
「ん? なんだアレ……こんなところへいったい何の用だ?」
「啓介さん? どうしたんですか?」
「いや、村に変な車が停まっててさ」
田舎町には似合わない黒塗りの高級車。それが3台も、村の入り口付近に停車していた。後部座席にいるふたりが、身を乗り出して覗き見る。
「あ、ほんとですね……椿さんたちから何か連絡は?」
「無いな。ちょっと念話してみるよ」
内心焦りながらも、すぐに念話が繋がったことに安堵する。椿と桜は村長宅に、ほかの連中は配信部屋にいるらしい。ひとまず外にでないよう指示をだし、その場で待機を命じておく。
「あっ、誰か降りてきました! 4、5,6……まだいる。かなりの人数ですよ」
「村長どうする? 今すぐ制圧でいいか?」
「いやいや、ちょっと待て。今のところ鑑定結果に異常はない。レベルも低いし、能力者もひとりだけだ」
車から降りてきたのは全部で10人。鑑定士の職業持ちがひとりだけいるが……残りは全員、無職で低レベルだった。武器のたぐいを携帯しているかは不明、なれどこちらが遅れをとることはなさそうだった。
「無職で低レベル……そこだけ切り取ると酷いですね」
「勇人さん、今はそんなツッコミ入れてる場合じゃないですよ」
「あ、ごめんよ。村のみんなが無事だったからつい、ね」
「ふたりとも、万能袋から武器を。まずは俺だけ降りるから、ふたりは車で待機してくれ。有事の判断は任せる」
「「りょうかいっ」」
結局そのまま車を走らせ、何食わぬ顔で村へ到着する。相手もこちらを見ているので、すぐに降車して向かい合った。
「どなたか存じませんが、この村に何か御用ですか?」
周りをざっと見渡すと――、男女比は半々、ほとんどは2~30代の若者が立ち並んでいる。全員ビシッとスーツを着込み、先頭に立つひとりだけが、私と同じくらいのおっさんだった。
「啓介さん、はじめまして。私は政樹と申します。日本政府直轄組織の室長を務めております」
「政府直属……なるほど?」
「はい。以前に役場の職員がお邪魔したと思いますが――アレとは別の独立組織となります」
スーツ姿のおっさん、組織の代表と思しき人物が自己紹介をしてくる。
渡された名刺には、『異世界特別対策室』と明記してあり、なぜか氏名の欄には名前だけが記載してあった。
(そういやさっきの挨拶……いきなり名前呼びだったし、自分も政樹って名乗ってたな。なんだろ、異世界仕様に合わせてるってことか?)
突然の訪問を謝罪したあと、話し合いの場を設けてもらうための、アポイントを取りに来たと言っている。ちなみにこの室長さん、かなりのイケおじである。しかも細マッチョのおまけつきだ。
そのあと、ほかの人とも挨拶を交わしながら、ひとりひとり入念に、再鑑定を試みていく。鑑定士のヤツ以外は、やはり職業やスキルを所持しておらず、おかしなところはどこにも見当たらなかった。
◇◇◇
いつでも排除が可能とわかり、家の結界を一時的に解除、室長と鑑定役を含めた3人を家の中に通す。対するこちらは、冬也と勇人を同席させている。今はテーブルを挟んで向かい合っているところだった。
「あ、鑑定士さん。先ほどのように、むやみやたらとスキルを使うのはお勧めしません」
「…………」
「もしこのふたりに使った場合、命の保証はできませんのでご了承を。室長さんも、そこはご理解いただけると助かります」
「わかりました。これ以降、スキルを使用させることはありません」
と、脅しをかけたものの――向こうが鑑定したかどうかなんて、受けた側にはわからないんだけどね。わざわざ同席させたのは、目に見える場所に置いておくためだ。
「ではまず、あなた方が政府の関係者であることを証明してください」
「証明……なるほど、ではこちらを――」
私の問いに答えるように、室長自ら身分証を提示する。それと同時に、隣の女性職員が自前のノートパソコンを広げだした。
すると……すぐに政府の専用サイトにアクセス。そこにはスキル所持者の個人情報がギッシリと詰まっていた。氏名や住所、所持能力はもちろんのこと、家族構成から友人関係に至るまで、事細かに記載されている。
「いかがでしょうか。このデータが一番の証明になると思うのですが……納得いただけないようなら改めて出直してきます」
「いえ、それには及びません。――よろしければ、もう少し詳しく見させてもらえますか?」
「わかりました。ご納得いただけるまでどうぞ」
やはり誰の情報を見ても、かなり深いところまで記載されている。これだけの情報、よほど大規模な組織でもなければ到底集められないだろう。ハッキングでもしていれば別だが……そこまで疑いだしたらキリがない。
(にしても、こんな重要なものをアッサリ開示するなんてな……)
これはある程度信用されている――と同時に、こちらの素性もかなりの確度で把握しているということだ。もちろん、偽情報という可能性もあるけどね。
聖理愛の真偽眼スキルをコピーできればよかったんだが……ない物ねだりしてもしょうがない。
いきなりの情報開示に驚いていると――
室長の政樹は、私たちの素性について語りだした。
案の定、私たちが異世界帰還者であること。もうひとりの村長同様、結界スキルがあることを示唆される。さらに、「異世界との往来が可能なのでは?」とまで考えているようだ。それを踏まえた上で、今日の訪問に至っているらしい。
(転移陣を庭に出したのがマズかったか。目隠ししてあるとはいえ、そこから何日も出てこないってのはおかしいよな。しかも、発動時にはどうしても光っちゃうし……。結界については何が原因だろうか。やはり、張る瞬間を見られていたと考えるのが妥当か)
当然、私たちがこの村に来ていたことや、買い出しに出かけたことも把握されていた。今回は連絡手段がなかったため、時間を合わせて訪れたらしい。
「包み隠さずお伝えしますが……あなた方のこと、そしてご自宅の様子も監視していました。土地の譲渡についても、すでに把握しています」
「なるほど、すべてお見通しだと――」
「いえ、みなさんの能力は未知数ですし、異世界との往来については私の妄想ですよ」
能力のことは兎も角として、ほかのメンバーについても調べはついているようだ。さすがに爺ちゃんたちの秘密までは知らないと思うが……。
いずれはバレると思っていたが、まさかここまで早い段階でとは思わなかった。直接的な圧力を加えてこないところも含め、侮れない相手だなと感じていた。
「わかりました。ひとまず、あなたの身元は信用することにします。時間があるのであれば、このまま本題に移りたいのですが――」
「あの、監視についての言及などは……」
「それは今さらですよ。そちらにしたって、能力者という名のバケモノを野放しになんてできませんしね」
「これは失礼しました。ではさっそく」
そのあと、政樹さんが語ったのは以下のとおりだ。細かいことも話していたが、ざっくりまとめると――
1.政府は私たちと協力体制を取りたい
2.魔石の売買が可能ならば、独占交渉をしたい
3.見返りとして、私たちの要望には極力対応する意思がある
4.最近ネットに掲載している動画を政府公認にしたい
今日はこんな感じのことを伝えに来たようだ。私も似たような構想をしていたので、こちらとしてもありがたい提案だった。
どこまで信じられるかはさておき、初回の絡みとしては上々だと思う。少なくとも、いきなりドンパチ始めるような結末は避けられそうだ。
(しかし、魔石のことまで気づいているとは……まだ1個たりとも売ってないんだけどな。もしかすると、学生村長のところで何か聞いたのか?)
いずれにせよ、すぐに返答できる話ではない。今日のところは保留にして、こちらも歩み寄る姿勢をみせておく。
そして念を押すように――いかなる損害、妨害行為を加えれば、すべて白紙に戻すことも伝えておいた。
なにか条件でも提示してくるかと思ったけど……相手は迷うことなく、すんなりと了承していた。
「現時点をもって、あなた方の監視をすべて取り止めるとお約束します」
「はい、そうしてくれると助かります」
「つきましては、今後なにかアクションを起こされる際、連絡をいただけると……」
「わかりました。次回からは、ここの固定電話にて連絡差し上げます」
「はい、今後ともよしなに――」
明日の午前にまた会う約束をすると、対策室のメンバーはそそくさと帰っていった。
ちなみに一緒にいた鑑定持ちの人なんだが……ひと月で、億に近い報酬をもらっているらしい。そんだけもらえれば、そりゃあ協力もするだろうなと思った。
(さすがにひと月で億はヤバいだろ……。隙間バイトの募集もあるのか、明日こっそり聞いてみようかな……)




