第210話:お前らの大好きな場所
土地を手に入れた私たちは、さっそくほかのメンバーを呼び寄せる。
召集の目的はもちろん、日本にある自宅からこの村への引っ越しだ。
自宅ではやれることが限られるし、行政への身バレをした以上、コソコソ動く意味も薄まってきた。早く拠点を移して陣地構築を急ぎたい。
この村には、爺ちゃんの家のほかに6軒の民家がある。古びた蔵を中心として、7軒の民家がそれを囲っている感じだ。
すべての民家に電気・ガス・水道……そしてなんと、下水までもが繋がっている。私が子どもの頃は汲み取り式だったが、十年くらい前に切り替わったのだ。
ここには水洗トイレもあるし、柔らかい紙もある。しかもウォシュレット付きときたもんだ。異世界仕様にも慣れてはいたけど……やはり使用後の満足感が段違いだったよ。
っと、つい話が逸れてしまったが――
まずは爺ちゃんの家を村長宅に決めた。ここは会議の場としても利用する予定だ。残り6軒のうち、1軒を配信専用に利用、ほかの5軒は当面の宿舎として運用することにした。
「なあ村長。この村、っていうか土地丸ごと囲わないのか?」
村の広場に集まったところで、冬也がそんな質問をしてくる。
「結界のことか? それだと目立ちすぎるからな。ひとまず家屋だけに留めておくよ」
「たしかに、今すぐやる必要はないもんな」
「とは言ってもアレだ。準備が整い次第、一気にやっちゃうけどな」
パソコンや配信器材の追加購入、生活必需品の確保が先だと伝え、自宅と同じ方法で民家と蔵を保護していった。
結界を張り終えたところで、まずは家の清掃でも――と思ったら、どの民家も驚くほど綺麗に片付いていた。生活用品なども無くなっており、床にはゴミひとつ落ちていない。ほぼ空き家の状態となっていた。
「啓介さん、こちらもすべて片付いていましたよ」
「お、椿のところもか。こりゃあ掃除する必要はないかもな」
「これならすぐにでも引っ越してこられますね。いろいろ買い揃える必要はありますけど」
「買い出しか……。よし、さっそく昼から行ってくるわ」
「お願いします。けど、ひとりだけで行くのはやめてくださいよ?」
「ああ、必ず誰かを連れていくよ」
(にしても、綺麗サッパリ片付いてたな。まさか捨てたわけじゃないだろうし……爺ちゃんも空間収納的なスキルがあったのかな?)
◇◇◇
その日の午後――
大量の購入リストを手に、勇人と冬也を引き連れて買い出しに向かった。買った荷物を積み込むフリをするために、今回は車を出している。
「おっとそうだ。おまえら、少し寄り道してくぞー」
「べつに構いませんけど、いったいどこに?」
「どこって、お前たちの大好きなところだよ」
このまえ見つけたダンジョンに寄ろうと、車を走らせながらふたりに声をかける。自衛隊が管理していて入れないが、現状、どんな様子なのかは興味があるだろう。
「僕らの大好きな……どこだろ?」
「このまえ話した場所だよ」
「えっ、まさかアソコに行くんですか!? 今日は冬也くんもいるのに……大丈夫なのかな……」
「ん? 勇人は何を言ってるんだ? そのほうが都合いいだろ?」
勇人が冬也に耳打ちすると、ふたりは妙にソワソワしだした。
「そ、村長それはまずいよ……オレまだ未成年だし……」
「それを言ったら僕だって既婚者です。妻を裏切れませんよ!」
たぶんこいつら、なにか盛大な勘違いをしている。こんな真昼間だというのに、いったいどこへ行く気なんだ。目的地を言わない私も悪かったけど……まあいいや、面白いからこのまま黙っておこう。
(あれ? でもちょっと待てよ? 俺、勇人にそんな話したっけな?)
そんな感じで自らも疑心暗鬼に陥り、車内はなんともいえない微妙な空気に包まれていった。
それからしばらく沈黙が続き――
車を走らせること10分そこそこ、例のダンジョンがある公園の近くまで到着した。先に言っておくが……断じていかがわしい場所に行こうとしたわけではない。
公園から半径500m圏内はすべて封鎖されており、どうやらこれ以上は近づけそうにない。ここからでも公園のある場所は見えるはずだが……外周を万能塀で囲われ、中の様子をうかがうことはできなかった。
「え? あれ? ……ここが目的地?」
「ここって例のダンジョンがある……」
「な? おまえらの大好きな場所だろ?」
ここは現在、自衛隊により調査が行われている。異世界帰還者も随行しており、すでに一定の成果が出ているらしい。ちなみに言っておくと、ふたりはいま、もの凄く怒っている。
「いや、だって啓介さん。このまえ、そういうお店のことを話してたでしょ! てっきりそこへ行くもんだと……」
「あ、オレもそれ聞いたことがあります!」
「冬也くんもか……。これはもう、椿さんに報告するしかないね」
「勇人さん、桜さんにも伝えるべきでは?」
「お、それはいい案だね」
「おい待て、待ってくれ。アレはあくまで世間一般の話であって――」
ダンジョン内の様子も広く一般公開されている。政府としては、すべてを公にすることで国民の理解を得る方針のようだ。たしかに、隠蔽されるよりかはマシなのかもしれない。
「……さて、現地確認も終わったし、さっさと店にいこうか……」
「ええ、行きましょう。健全なお店に」
「オレさ。現地の解説、ほとんど頭に入ってこなかったよ……」
「それはホントにすまんかった……。適当に聞き流してくれ……」
◇◇◇
不毛な争いに終止符を打ち、本来の目的地についてからは、ただ粛々と必要な物を買い込んでいく。
3人で手分けして物色、会計を済ますと車へ移動、空間収納にこっそりしまって店に戻るの繰り返しだ。
当然、現金が湯水のように消えていく。注文しているパソコンなんかも含めると、あとどれだけ持つかが心配だ。貯金はかなりあるほうだと思うけど……このペースで使い込んでいけば、すぐに溶けてしまうだろう。
(動画の広告収入、早く入ってくれないかな……。ああいうのって、審査とか振り込みとか、どうなってんだろうか)
まあ最悪の場合、異世界産の魔石を役所に売る手もある。ただ、魔石の単価は2千円なので、大量に持っていけば必ず目をつけられる。安易に持ち込んでいいものか、ちょっと悩みところだ。
とはいえ、いつまでも隠し通せるものじゃない。日本に村を作り、結界をドカンと張った時点で、大騒ぎになるのは必須。むしろ、そのつもりで動き出すのだから、金銭面の問題は今だけだと思っている。
「よし、各自買い忘れはないな?」
「リストにあるものはすべて揃いました!」
「オレのほうもバッチリだ!」
「んじゃ、帰りに寄り道でもしてくかー」
「いいですね!」 「行こうぜー!」
ひととおりの雑貨も揃い、馬鹿野郎3人は車を走らせていく。
行きの反省などどこ吹く風――男同士でしかできない会話を交えつつ、気ままにドライブを楽しむのだった。
今ごろ村がどうなってるかなんて、気づくはずもなく――。




