第209話:別れの日
役場の訪問直後ということもあり、今日の買い出しは中断することに。
村の手料理があるし、リスクを負ってまで外に出る必要はない。すでにバレバレなのかもしれないが……それはそれ、これはこれだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい。結構長かったですね」
「勇人たちもインターホン越しに聞いてたんだろ?」
「はい、ひととおりは把握してます。次は僕たちのことも聞かれそうですね」
「まあそうなるだろうな。べつに構わんけど」
「遅かれ早かれ、ですね。無断外出さえしなければ問題ないと思います」
「ああ、ほかの連中にも念話を入れとくよ。とりあえず休憩にしよう」
どうやら勇人もそれとなく感づいていたようだ。ひとまずリビングで寛ごうとしたところで、夏希が声をかけてくる。
「だったら村長、女神さまの動画を確認してみてよ。今回のもいい感じに仕上がってるよー!」
「お、もう出来たのか? さすがは夏希、仕事が早くて助かる」
息巻く夏希の提案に従い、ひと息つきながら女神の動画を視聴する。
いつのまに撮影したのか、『異世界の女神ナナーシア』というタイトルでバッチリ編集されていた。当の女神はまた神界に戻ったようで姿は見えなかった。
5分程度に纏められた動画は、女神の自己紹介とアマルディア大陸の概要についてのみ。日本人丸ごと転移のことや、魔物が消滅することはもちろん秘密にしてある。
とはいえ、その映像はかなり興味を惹かれるものだ。純白の衣を纏いし女神は、神々しい雰囲気を醸し出し、その背後には後光が差している。明らかな過剰演出なのだが……それほど嫌味に感じないのが不思議だ。
「ほお、これは見事な仕上がりだ」
「でしょでしょ! 諸々の演出、全部ナナーシアさまが決めたんだよ!」
「なんていうか、いつものナナーシアさまと全然違うよな……いや、決して軽んじてるわけじゃないぞ。あくまで率直な感想だ」
「あ、それはたぶん大丈夫だよ。動画を見て自分でも驚いてたぐらいだし。これ、本当に私ですか? なんて言ってたよ」
「そっか……でも実際、すごくいいと思う」
今はとにかく、チャンネルの知名度を上げることが最優先。過剰だろうがなんだろうが、気を引く内容であれば一向に構わない。
そもそも論として、女神の存在自体が嘘みたいな話なのだ。そう簡単に信じられるものではないだろう。過剰な演出程度、それに比べたら微々たる問題である。
◇◇◇
翌日、ついに爺さんたちが異世界へと旅立つ。私と椿、それに桜の3人は朝一で爺さんの村へ見送りに来ていた。
どうやら私たちが来るのを待っていてくれたようだ。早朝にもかかわらず、村のみんなは準備万端、荷物を固めて広場に集まっている。
多少は湿っぽい別れになるかと思いきや……そんなことはまったくない。みんな一様に笑みを見せ、ワイのワイのと楽し気な雰囲気を醸し出している。
まあそれも当然のこと。エルフの村人にしてみれば、久しぶりの帰還なのだ。しかも帰ろうと思えばいつでも戻ってこれる。爺さんにしても「田舎への帰省みたいなもんだ」と言っていた。
前回会ったときは「もう戻らない」みたいなことを言ってたけど……まあ、俺に心配かけないための気遣いなのかもしれない。
「おじさん。オレ、向こうで頑張るよ!」
「焦るとロクなことにならんからな。じゅうぶん気をつけろよ」
「うん、わかってるよ。でもオレ、精霊魔法の適性が高いみたいでさ。かなり高位の精霊と契約できるっぽいんだ」
「それはこの前も聞いたよ……。まあ兎に角、何事も程々にな」
「あっちでチカラをつけたら戻って来るよ。異世界もいいけど、現代無双もやってみたいし!」
「おいおい、ほんとに大丈夫か? まあ好きにすりゃいいけど……」
甥っ子の啓太は、すでにやる気まんまんのご様子。「まずは異世界成り上がりを目指す」と息巻いていた。「そんな気持ちだとアッサリ死ぬぞ?」なんて忠告はしたけど……あまり効果はなさそうだ。
まあ気持ちはわかるし、私がとやかく言う権利もない。好きなようにやってくればいい。爺さんのサポートもあるから、たぶん酷い結末にはならんだろう。
と、別れの挨拶も済んだところで、いよいよ蔵の扉が開かれる。ずっと開かずの間だった蔵の中を、生まれて初めて目にしたんだが――。
爺さんの言ってたとおり、蔵の中は空っぽ、棚の一つも置かれていなかった。
ただ壁一面、床や天井も含めて、見たこともない図柄の魔法陣がビッシリと敷き詰められている。私たちが使っている転移陣とも、どことなく違う印象を受けた。
「そういえば、啓介に中を見せるのは初めてだったな」
「子どもの頃に開けようとして、爺ちゃんに怒鳴られたのを思い出すよ」
「あのときはすまんかった。儂とエルフ一族だけの秘密だったんでな」
「ああ、今なら理解できるよ。神様からの指示だったんでしょ?」
そう返答しながら蔵の中を改めて覗き見る。やはりこの蔵全体が、異世界と日本を繋ぐ転移装置ということなのだろう。
発動させられるのはエルフか爺さんのみ。ほかの世界を経験している者は向こうに渡れないらしい。私たちが同行しても、その場にとり残されるだけだと教えてくれた。
もちろん、ほかの世界にも行ってみたいという気持ちはある。けど、別に今じゃなくてもいい。それに、『別の異世界に行くと能力が全てリセット』なんてパターンもあるからね。強くてニューゲームならまだしも、ゼロから始めるのはさすがに厳しい。
「――啓介、いずれまた会おう。蔵を頼む」
「おじさんまたね! 行ってくるっ!」
「ああ、みんなも達者で」
村の人たちとも声をかけ合い、最後の別れを告げた。
「桜さん、椿さん、啓介をよろしく頼みます」
「はい、私たちにお任せください」
「啓介さんは必ず守ります」
その言葉を最後に、蔵へと入っていく爺ちゃんと甥っ子。ぞろぞろと続く村人たちが蔵に入った瞬間、魔法陣が脈打ちながら起動を開始した。
青や赤、そして紫色に明滅を繰り返す魔法陣。やがて起動が完了したのか、蔵全体が薄っすらと白い膜に包まれる。
と、同時に村人たちの姿にも変化が――。みんなの見た目がエルフのような長耳になり、顔もまったく別人になっていく。「なるほど、これが本物のエルフか……」なんてことを考えているうちに、強烈な光と共にみんなが転移していった。
――――
「行ってしまいましたね」
「ああ、そうだな」
「それにしても、まさかこんな身近に先達者がいたなんて――」
静まり返った無人の蔵の前で、桜がそんな感想を述べる。
「異世界転移からの日本帰還、そして異世界人との共生だもんな。桜の言うとおり、まさに先達だな」
「村人は、まさかのエルフでしたけどね」
「ほんとそれな。俺が一番驚いてるよ」
(よくもまあ、今まで誰にもバレずに暮らしてたよ。異能のたぐいを見たこともないし……ずっと普通の村だと思ってたわ)
「あの、私思ったんですけど……」
「椿? どうした?」
「お爺さんたちのように、ひっそりと暮らすのも賢い選択ですよね」
「んー、賢いかどうかはわからんけど、私には真似できそうにない」
「あの状態で、いったいどうやって神様の存在をアピールできたのか。それが知れたらよかったんですけど」
「あー、実はそれ、俺も聞いてみたんだよ。結局教えてもらえなかったけどね」
「神の禁則事項、ですか?」
「いや、そんなのは自分で考えろだって」
「なるほど……?」
「要は好きなようにやれ、ってことなんじゃない? 知らんけど」
ことの真意は不明なれど――、爺さんのおかげで拠点にピッタリの場所も手に入った。頂いたからには存分に使わせてもらおう。
「さて、と。あのときとはずいぶん違うけど、また村づくりのスタートだ。ふたりとも、こっちでもよろしく頼むよ」
「はい、任せてください!」
「どんどん大きくしていきましょう!」
かくして、日本での村づくりが本格始動することになった。




