第206話:初投稿の成果
集団転移の話がひと区切りついたところで、主題が『日本への帰還』に移行する。死に戻りの条件をはじめ、村人になれば生きたまま帰れることも説明していった――。
のだが、聖理愛自身は戻るつもりがないようだ。日本が正常に戻ったとしても、こっちにいるほうがよほど安全だと話していた。
政府に囲われるか、それとも海外に連れ去られるか。いずれにせよロクな目に合わない。いくらスキルを持っていようが、大軍には敵わないし、捕らえる方法なんていくらでもあると言っていた。
「唯一安全なのは、あなたのところだけね。当然、向こうでも村を作るんでしょ?」
「ああ、まだ準備中だけどな」
「仮に日本へ行くとしても、村人になれたらの話になるわ。じゃないとリスクがあり過ぎるもの」
「聖理愛も希望も忠誠度は足りてるんだ。状況を見つつだけど、村人になってもいいんだぞ?」
「そうね、じっくり考えておくわ」
「ああ、期待せずに待ってるよ。――ところで、獣人国との関係は進展したのか?」
以前、「すべての元凶は隆之介にあり」ってのは聞いたが……これについては順調に世論が動いていた。獣人議会を中心として驚くほど浸透しているようだ。
そもそも隆之介自身、獣人たちからの支持は薄かった。日本商会の横暴により、職を失った人や移住をした人も数多くいるのだ。
そうでなくとも被害を被った人は数知れない。国民感情、とくにケーモス住民の恨みはとても強かった。
それに加えて帝国も次の一手を打っている。
なんと、北に作った街を、まるごと獣人国へ譲るらしい。規模的にはケーモスと同じくらいなので、追放された住民、そのすべてが移住可能だ。
「ケーモスを占拠したことへの賠償、か」
「これですべてが赦されるとは思わないけど。すでに獣人議会との折り合いもつけているわ」
「それに加えて、食糧とか魔道具も格安販売するんだろ?」
「ええ、落としどころとしては悪くないでしょ?」
「隆之介のせいでごめんなさい。私たちも精いっぱいのことはします、ってことだな。――たしかに悪くない」
譲渡する街に住んでいる帝国民は、首都であるこの街と、西の街にも移住できる状態。今後はさらに拡張を進めて、日本人の集団転移に備えると説明していた。
その後もしばらく雑談が続き――そろそろ帰ろうかと考えているとき、聖理愛がおもむろにこんなことを言い出した。
「あ、ちょうどいい機会だし、椿さんとふたりでお話してみたいんだけど……もう少し時間あるかしら?」
「椿とか? べつに時間はあるけど――」
いきなりどうしたんだと思いながらも、椿のほうを見て返答を待つ。
「それはいいですね。一度じっくり話してみたいと思っていたんです」
「あ、そうなの? なら私は構わないよ。気の済むまで語ってくれ」
念のため、天幕のある場所から様子を見ていたが……とくに怪しい動きはない。何度かふたりを鑑定しても、ステータスに異常はなかった。
結局、30分ほど話していただろうか。なぜだかわからんが、椿も聖理愛もスッキリした表情で別れを告げていた。
帰り際、椿にそれとなく聞いても、話の内容は教えてくれずじまい。ただ、村の大事に関わることではないらしい。
(ふたりに共通の話題なんてあったか? ――いや、あれこれ詮索するのはやめよう。どうせ大したことじゃないだろ、たぶん)
◇◇◇
ナナシアに戻った後、昼食を挟んで再び日本へ移動する。夏希たち動画班は朝一から出張っていたらしく、到着するなり騒ぎ立てていた。
だいたいの察しはついていたけど、やはり原因は3日前に投稿した動画のことだった。初日こそ再生数はイマイチだったが、昨日の昼あたりから爆発的な伸びを見せはじめた。
現在の時点で、2つの動画ともに500万再生をゆうに突破している。こうして眺めている今も、カウントが目まぐるしく増加している状態だ。
「ねえねえ! 500万だよ、500万っ。初投稿でこれは伝説だよ!」
「いやー、マジでパないっす! こんなことならオレも映っとけばなぁ……。一躍有名人の仲間入りだったのに!」
興奮気味の夏希に続き、武士もそんなことを言って盛り上がっている。有名になるのは構わんが、そのぶんリスクも増えるんだけどな。まあ、それをいま言うのは無粋というものだろう。
「ああ、マジで凄いな。私もここまでとは思わなかったよ。樹里もおつかれさま」
「すでに異世界ブームの下地はありましたからね。今回は、ほかのファンタジー関連に便乗したカタチです」
「あれ、樹里はずいぶん冷ややかだな」
「もちろん嬉しいですよ。ただ、ふたりの盛り上がり方が凄すぎて……」
「あー、それは納得。でも実際、客観的な評価としてはどうなの?」
「動画が短めなので、何度も見返してる人が多いんでしょう。それでも、これは大成功の部類ですよ」
まったく無名のチャンネルが、たった3日でこんなに再生されるとは……世間の異世界ブームはかなりのものなんだろう。
動画の内容を考えたら、一度広がってしまえばバズる自信はあったようだ。すでに動画についてのスレッドも立っていて、掲示板では様々な考察がされていた。
それと、気になっていた獣人たちの会話シーンなのだが――。
これについては普通に日本語として聞こえていた。「日本がファンタジー化したから自動翻訳されている」という意見が多くを占めている。実際どうなのかは知らないけど、聞こえているならとくに問題ない。
「ほかにはどんなコメントが多かったんだ?」
「そうですね……。やはり獣人のクオリティについてでしょうか。偽物だって意見もありますけど、ほとんどの人は信じてます」
「たしか、学生村長のところにも獣人がいたはずだ。その映像もあるから受入れやすいんだろう」
「あー、そういえばそんなコメントも結構ありましたね」
私もチラッと確認したけど、遠目に見えた映像には獣人らしき姿が映っていた。肝心の本人は確認できなかったが……そのうち身バレして晒されそうな気がしている。
あ、身バレと言えば自分たちもだった。この動画をアップした時点で、自宅の場所はある程度割れてしまうだろう。IPだかなんだかよく知らないが、有識者が本気を出せばあるいは? そうでなくとも、そろそろ何らかの接触はありそうだ。
すでに爺ちゃんの村へ転移陣を置いてある。捕まる心配はしてないけど、ネット回線や電力供給を絶たれると厄介だ。
(まあ、その時はそのときか)
樹里曰く、今度は『女神ナナーシア』というタイトルで動画を作成するようだ。当の女神は神界から帰ってこないけど……まあ、慌てずゆっくり進めてくれたらいい。
初投稿の成功を祝ったところで、このまえ出現したダンジョンの情報収集に取り掛かる。
公園付近は完全封鎖。自衛隊が駐屯地の構築をしている映像を確認する。それとほかに1箇所、東北地方の山中にもダンジョンが現れたらしい。こちらも同じく政府の管理下に置かれており、近々調査を開始するようだ。
もしダンジョンが攻略された場合、地上にオークが湧くのだろうか。そこだけが気がかりだった。
(女神さまなら、あるいは知ってるかもしれんが……)
「もちろん知ってますよ!」
「うっわ、びっくりした!」
急に背後から大きな声が掛かる。全く気配を感じないせいで、思わず心臓が飛び出しそうになる。
「啓介さんに呼ばれたので、わたくし一時帰国して参りましたよ」
「そんなことよりナナーシアさま、今の絶対わざとですよね……」
以前もこんなことがあったけど……今回は女神の間じゃないのだ。本当に死んじゃうからマジでやめてほしい。




