第204話:これも『ざまぁ』と言っていいのかな?
動画編集に勤しむ夏希たちを尻目に、やることのなくなった私はリビングで寛いでいた。
椅子にもたれてダラッと座り、しばらくボケっとしていると――何の気なく向けた視線の先に、駐車場が映り込んだ。白のワンボックス、軽自動車だがキャンプ仕様に改造してある俺のお気に入りだ。
異世界に転移するまでは、たまに近場の森でキャンプもどきをしていた。まあ今ではキャンプどころか、サバイバルを通り越して村なんぞを作っているわけだが――。
(どうせ暇だし、今のうちに給油でもしておくか……)
そう思い立った私は、撮影班に声をかけてから出かけることに――。車を走らせること40分、最寄りのガソリンスタンドへと到着する。
転移以前の記憶が曖昧だけど、燃料費もそこまで高騰していないようだ。むしろ安くなってるかもしれない。いずれにせよ、魔石エネルギーへの移行が順調すぎるほどに進んでいた。
(だが魔石の入手も、10か月後には途切れるんだよな)
大規模転移の発動後は、日本に魔物が湧かなくなる。そうなれば当然、魔石だって入手できないわけだ。
入手ルートがナナシ村だけとなれば、変な輩がたくさん群がってくるだろう。挙句の果て、独占だの解放しろだのと、世間からも叩かれそうだ。
(このへんの対策も考えないとダメだな。魔石は腐るほどあるんだし、しばらくは適正価格で捌くか?)
そんな妄想をしているうちに給油も完了。とくに用事もないので自宅へ戻ることにしたのだが――。
自宅まであと半分というところで、公園に集まっている人だかりを発見する。
このあたりは繁華街とは程遠く、民家がチラホラとあるくらいだ。そんな寂れた住宅街で、なんのイベントがあるというのか。つい気になった私は、公園の脇に車を停めて車内から覗き見ることにした。
集まっているのは30人くらいだろうか。このへんではなかなかお目にかかれない規模だった。
一見するとイベントのたぐいではない。ただ、黒っぽい遊具みたいなものをみんなで囲っているようだ。
(あれは遊具……なのか? いや、ただの置物にも見えるが……ダメだ、ここからじゃ全然わからん)
人の輪に遮られてよくわからない。スルーしてもよかったが、なんとなく気になったので車を降りて現地へ向かう。
「すみません、皆さんここでなにをされてるんですか?」
「ん? 兄さん、さっきのアレを見てなかったのか?」
「いえ、とくには? ここには偶然立ち寄っただけなので」
(それにしても、これはなんなんだ? なぜ公園のど真ん中にこんなものが……)
私の目の前には、背丈より少し高いくらいの小山が鎮座している。形は整っており、レンガ造りの小屋っぽい感じだ。ただ、入口はないようだが……。
「さっきこのあたりで、もの凄い地鳴りがしたんだよ。家はまったく揺れてないってのに、ここだけ異常に揺れてたんだ。それで気になって見に来たら――」
親切そうなおじさんが言うには、つい30分ほど前、突然ここに現れたらしい。反対側に回ると、レンガ小屋がポッカリと口を開けている。しかもそれは、地下へと続いているように見えた。
外観は異世界のモノと全然違うが……鑑定の結果は、まごうこと無きダンジョンだった。すでに数名の若者が潜っているらしく、金属バットや鉄パイプを片手に、自信満々で降りていったんだと。
「その人たち、大丈夫なんですかね?」
「さあ、どうだろうな。やめとけって言ったんだが……こっちの制止も聞かずに降りていったんだ」
「なるほど、それはまた無謀なことを」
地上にいる魔物はたしかに大人しい。けど、ダンジョンの魔物もそうだとは限らない。いきなり不意を突かれて襲われる可能性だってある。
若者たちのレベルがいくつなのかは知らないけど、強烈な殺意に直面して、冷静な判断が下せるとは思えなかった。
それからしばらくすると、ダンジョンからふたりの若者が飛び出てきた。全身傷だらけで、ひとりは片腕がひどい状態になっている。悲鳴を上げる余裕もないようで、その表情は恐怖と苦痛で歪んでいた。
「おい、おまえら何があった? 一緒に入ったもうひとりは? ……まさか置き去りにしてきたのか?」
「「うぁぅ……」」
「しかしひどい傷だ。いったい何があった」
「…………」
親切なおっさんが話しかけても、ふたりは嗚咽を漏らすだけだ。
たしかに酷い傷だが……悪目立ちするわけにもいかず、回復魔法や霊薬を使うことはできない。というか、そもそも使うつもりはないし、コイツらを助ける義理もない。舐めプするような連中のことなど知ったこっちゃない。
(それにしてもこいつら、どこかで見たような気も……)
ふたりの顔をよくよく見ると、初日に桜と寄ったバーガー店で絡んできた奴らだった。
たぶんコイツら、よほど偉そうな態度で挑んでいったんだろう。周りは不安そうに眺めているが、救急車を呼んだり、救護しようとする人はいなかった。
やがて人だかりの中から、「魔物が溢れてくるんじゃ?」なんて言葉が飛び出すと、みんなが逃げ出すように散らばっていく。
警察に通報する人を見かけたので、私も早々に退散することに――。むろん結界で囲ったりもせず、そそくさと帰路についた。
◇◇◇
「お、村長おつかれー」
「「お帰りなさーい」」
私が自宅に戻る頃には、冬也と秋穂も日本に来ていた。ダンジョンの撮影が終わったようで、いまは夏希と一緒に、動画の仕上げ作業を眺めている。
「ただいま。夏希、そっちの進捗はどう?」
「ちょうど編集が終わったところだよー」
「おお、いま映ってるヤツがそうなのか?」
いま流しているのは『ダンジョン編』の動画だった。
動画の前半部分は、ゴブリンを始めとした魔物の登場シーンをテロップつきで紹介している。オークやミノタウロスも、めっちゃ近くで撮影しており、迫力とリアル感が半端ない。
後半は、ネイルの槍でオークを滅多突きにするシーンや、土魔法を使うロアが映っており、最後はドラゴの必殺技『竜の咆哮』で締めくくっていた。
「おおー、これは迫力あるな。実物を見た私ですらそう感じるよ」
「時間も短めに設定してありますので見やすいと思います」
「ああ、たしかに短いけど……思わず続きが見たくなる」
「ええ、そこが狙いですから!」
どうだと言わんばかりに胸を張る樹里だが……彼女が言うとおり、今回の動画は3分ほどで短くまとめられている。あっという間に終わってしまい、続きが気になって仕方がない。
樹里曰く、いきなりダラダラ流すよりは、ダイジェスト版のほうが効果的なんだと。今回は、『ナナシアの街編』『ダンジョン編』の2つを投稿する予定だと教えてくれた。
それぞれの伸び率とコメントを見て、次回の編集内容を決めるつもりみたいだ。そのあたりのことには疎いので、口を挟まず、すべておまかせしている。
「さあ村長、次はこっちも見て下さい!」
「お、今度はナナシアの街か」
「かなりいい絵が撮れてましたよ。とくに最初のヤツなんて完璧です。村長、いい仕事しますね!」
「最初のって……上空からのやつか。いや、俺は確認してないけどさ……アレはさすがに使えんだろ?」
「ん? 空から一望できる堅牢な城塞、そしてドーム状にきらめく結界。とても幻想的だと思いますけどね?」
「あ、そっちか……。うん、たしかにアレは絶景だよね」
どうやらお蔵入りしたほうの映像ではなかったらしい。完全消去されたのかは不明なままだが……なにも言ってこないので大丈夫なんだと思う。
(おい、ホントに大丈夫だよな? さっきから夏希がチラチラ視線を送って来るんだが……)
まさかみんなが集まったところで暴露……なんてオチがつかないことを祈りつつ、画面を見つめるおっさんであった。




