第202話:爺ちゃんの秘密
庭にある転移陣を起動させると、爺さんの村に一瞬で到着。車で行こうとも考えたが……今回は転移陣の起動確認を優先することにした。
玄関に到着して呼び鈴を鳴らすと――
なんと珍しいことか、爺ちゃん自ら出迎えてくれた。どうやら啓太のヤツ、新学期が始まったらしい。
もう1月も後半。つい忘れがちだが、世間は平常モードに戻っている。
「おお桜さん、よくぞ来てくれた。それと――そちらの方は……」
「はじめまして、佐々宮 椿です。啓介さんとは、向こうでずっと一緒でした」
「ほお……なるほど、そうでしたか。儂は祖父の啓蔵です。この村で村長なぞをやっとります。ここではなんですから、おふたりとも上がってらっしゃい」
「失礼します」「お邪魔します」
ぞろぞろと居間に通されたあと、椿と桜を改めて紹介する。ふたりとどういう関係なのか。もちろん誤解のないように、正直なところを説明していった。
「――まあ、好きなようにすればいい。そんななりでも、もう40を過ぎたおっさんだ。儂がとやかく言うことでもない」
理解があるのか、それとも興味がないだけなのか。真意は読み取れないが、ひとまず納得はしてくれたらしい。椿と桜に対しては、「世話をかけるがよろしく頼みます」と、深く頭を下げていた。
「爺ちゃん、今日はこの前の続きを話そうと思ってさ。できればもう少し詳しく教えてほしいんだよ」
「よかろう。だが……制限のせいで話せんこともあるぞ」
「ああ、それはなんとなくわかってるよ。ちなみに、爺ちゃんが異世界に行ってたことは聞いてる」
「そうか、ならば話が早い。儂が初めて異世界に行ったのは――」
それからしばらくは、爺さんの異世界冒険譚が始まる。話せる内容には制限があり、時おり言葉を詰まらせながらだったが――。
爺さんが転移した世界には、人族とエルフ族、それにドワーフ族の国があるようだ。
その世界にも魔物が存在しており、人類にとって共通の敵という認識だった。エルフの国に飛ばされた爺さんは、剣と魔法の技術を習得して生き延びた。
私が生まれるずっと前、爺ちゃんがまだ10代の頃に飛ばされたんだと。そこで知り合ったエルフたちと仲良くなり、数々の冒険の末、何名かのエルフと共に日本へと戻ってくる。
「ってことはさ……この村の人ってみんなエルフだったの?」
「儂以外はみんなそうだ」
「マジかよ……俺、全然知らなかったわ」
みんな、見た目は日本人にしか見えない。が、それもそのはず、どうやら魔法で姿を変えているらしい。長年暮らしていたけど全然気づかなかった。というか、想像もしてなかったと言うのが正しいか。
「なあ爺ちゃん。もしかして俺って……エルフの血が混じってたり?」
「いや、お前の婆さんは正真正銘の日本人だ。ちなみに婆さんも、儂と同時期に飛ばされたひとりだった」
「じゃあ、向こうで知り合って結婚したってこと?」
「ああ、そうだ」
それにしてもうちの家系って……まさか呪われてないよな? 爺ちゃん婆ちゃんに続いて俺も巻き込まれ……。爺ちゃんは否定していたが、もしかしたら私の両親も――。昔、事故で死んだと言っていたのも怪しくなってきたぞ。
そのあともいろいろ聞いてみたが、どうやら向こうの世界にいくと若返ってしまうみたいだ。エルフのように長寿となって、悠久の刻を過ごすことになる。その選択を迫られた末、日本への帰還を決断したらしい。
「――と、まあこんなところだ。信じる信じないは任せる。が、決して隠していたわけではない」
「ああ、どうせ説明されても信じなかったよ。でも今なら、大概のことは受け入れられる」
「啓介がいなくなったあの日、うちの神様がすぐに知らせてくれた。儂のときは6人だけだったが……まさか100万人も飛ばされるとはな、さすがに驚いたぞ」
「俺も最初はあせったよ。まあ、このふたりと出会ったおかげで助かったけどね」
「そうか、おふたりには感謝を――」
話が一区切りしたところで、爺さんが別の話題を振ってくる。どうやら爺さんたち、近々この村を離れるつもりらしい。別の場所へ移住すると言っていた。
この話題がでた時点で、たぶんそうだろうと察したが……やはり、引っ越し先は別の世界だった。どうやら爺ちゃんが連れてきた神様のご指示みたいだ。せめて日本がリセットされるまでは、ってことらしい。
別に日本へ残ったままでも問題ないんだが……今回の場合、爺さんの個人的な事情もあるようだ。
「まあ、なんだ。詳しいことは言えんが……婆さんも他界してずいぶん経つ。儂もそろそろ、約束を守らんとな……」
「約束って?」
「まあアレだ。いろいろ、だ」
「そっか、言えないなら仕方ないよね」
エルフの国、長命種、婆さんの他界――。
よくある展開だと、現地に残してきた思い人に会うため、とかだろう。婆さんの死後、エルフの現地妻のところへ戻る約束を……なんてことをつい考えてしまう。
だったら異世界に定住してれば良かったのに……っていかんいかん。そうと決まったわけじゃないし、もっと真っ当な理由かも知れんわな。
「ああ、それとな――この村の土地をお前に譲るつもりでいる」
「え? ってことは爺ちゃん、もう二度と返ってこないつもり?」
「それはまだわからん。だが、どのみちお前たちには必要だろう」
「そりゃそうけど……」
突然湧いてあがった相続の話だったが――前回会った時点で、すでに手続きを始めていたらしい。啓太にも話したところ、一緒に行くことを望んでいるようだ。
「なにも今生の別れと言うわけじゃない。いつになるかはわからんが、そのうち帰ってくる予定だ。それこそ、今のお前くらい若返って、な」
「ははっ、そりゃ笑えないね」
この村、生活区画に利用できそう場所は直径で1kmくらいだろうか。土地の形は歪だが、山を含めればその3倍――ちょうどナナシアの街と同じくらいはあるはずだ。
それにしても、こんな身近に異世界ファンタジーがあったなんて、この歳になるまで全く気がつかなかった。
案外すんなりと受け入れてしまったが……自分が異世界を体験していなかったら、とても信じられない展開だ。
◇◇◇
その日の夕方――
私たちが自宅に戻ると、買い出し班のみんなもちょうど帰宅してきた。どうやら相当買い込んできたらしく、品評会をしながら雑談が始まっている。
爺ちゃんの正体を打ち明けたけど、それほど驚いた様子はない。夏希と秋穂が、「私たちも行くことができるのか」と聞いてきたので、「その世界の神様が許可すれば」と返しておいた。どうやら聞いてみただけのようで、すぐに話題を変えていた。
「村長のおじいさんって、異世界にも奥さんがいるんだよね?」
「おい夏希、それはあくまで想像だって説明しただろ?」
「いや、わかんないですよー。実はその人、エルフの女王だったりして……。となると、村長は王族の血を引いてて、みたいな展開も?」
「それはありえん。俺、どう見てもエルフっぽくないだろ。婆ちゃんは日本人だと言ってたしな」
「村長、精霊の声とか聞こえたりしない?」
「残念なことに、そういう能力はないな」
そんな馬鹿げた話を交えながら、買ってきたジャンクフードの数々で宴を開く。食べなれた味を懐かしむ声。村の芋もウマいけど、やはり日本の食文化は最強だった。
「それはそうと――樹里、配信に必要な機材は揃ったのか?」
「はい、バッチリですよ! 村長のご指示どおり、奮発してきましたからね!」
「おいおい……まさか有り金ぜんぶ……」
「さすがにないですよ。それに、私たちの貯金も下ろしましたから。多少は協力できると思います!」
「そうか、それは助かるよ」
「それじゃあ、動画の企画会議を始めましょう。まずは――」
そんなこんなで、夏希たち配信班を中心にして動画の内容を決めていく。話しは弾んで、次々と企画が立ち上がると――あっという間に話が纏まり、夜には異世界へと戻って就寝することになった。
ちなみに、女神は数日間帰ってこれないそうだ。よくわからんけど、神々への挨拶周りとか、いろいろとあるらしい。日本にはトンデモない数の神がいるらしく、ゲッソリした感じで伝えてきた。
(まあ、八百万とか言うくらいだからな。そう簡単には終わらないのかもしれない。頑張れ女神さま……)




