第197話:新米冒険者のイベント
繁華街まで戻ってきた私たちは、女性用の服など、日本での生活に必要なものを買い揃えた。
そのままついでに、ちょっと早めの夕食をとることに――。桜に食べたいものを聞いてみると、「何でもいい」という答えが返ってくる。
(いや待て、この「何でもいい」が曲者なんだが……)
私に任せると言うので、遠慮なく目的の場所へ向かう。
日本にいた頃、週に一度は通っていたバーガー店に到着。日本に帰ったら絶対に食べようと思っていたのだ。洒落た店を選ぼうかと、一瞬だけ頭をよぎったが……いまさら恰好をつけたところでしょうがない。
そっと桜の顔色を窺うと――、「私も結構通ってましたよ!」と喜んでいた。これが本心なのか、気を遣わせたのかはわからず仕舞いだ。
「はぁぁ、これだよこれ、最高級だ!」
「玉ねぎのシャキシャキがたまりませんね!」
「せめてこれだけでも異世界へ持ってけないかなぁ」
「啓介さん、ちゃっかりお持ち帰り分も頼んでましたもんね」
「いやぁ、これが昔から大好物でさ――」
そんな感じで、昔を懐かしみながら美味しくいただいていると――、隣に座ってきた客が魔物狩りの話をはじめた。全員、20歳くらいに見える男の3人組だ。
もちろん偏見は良くないが、見た目はとてもチャラい。そして話し声がやたらとデカい。「おい、それわざとだろ」って言うくらいには騒いでいた。
そんな嫌でも聞こえてくる会話によると、どうやらさっきまで魔物狩りをしていたらしい。小さな魔石をテーブルに広げながら、武勇伝を自慢げに語っていた。
ちなみに3人の平均レベルは5。自信満々に語るだけあって、結構な場数を踏んでいるようだ。
魔石が気になったのか、それともただウザかったのか。桜がテーブルにある魔石へ何気なく視線を向ける。
――と、3人のうちのひとりが「待ってました!」と言わんばかりに声をかけてくる。見た目だけとはいえ、若い俺もいるというのに、そんなことはお構いなしだった。
「おっ! お姉さん、コレに興味ある感じ?」
「あ、いえ別に。勝手に見てごめんなさい」
「いいのいいの! 実はオレたち、さっきまでゴブリン狩りに行ってたんすよ! どうだろ、ざっと10匹は仕留めたかなぁ」
「……」
軽く会釈だけして視線をこちらに戻す桜。
にもかかわらず3人組は、次から次へと聞いてもいないことを話し続ける。やがて話の内容が脱線しだすと、ついにはナンパまがいなことになってきた。
当然、俺の存在などガン無視。まるで置物かのように好き勝手している。なんとなく既視感を覚えたと思ったら、武士と最初に会ったときもこんな感じだったわ。
(ひょっとして、また怖い顔をしてるのか? いやいや、時折こっちを見下してる感じだし……これ、明らかになめられてるよな?)
物語の一場面で、主人公がチンピラに絡まれた末、やれやれという感じで相手をボコボコにしてスッキリ、みたいな話がある。
正直、そういう展開は好ましくないと思っていたけど……今ならよくわかる。つい同じことをやってしまいそうだ。
「桜、食べ終わったし帰ろう」
「あれ、いいんですか? ボッコボコにしないんですか? 異世界あるあるの定番イベントですよねこれ」
桜も同じことを考えていたらしい。かなりのあおり口調で、そう問いただしてきた。
桜の発言を聞いた3人組は、「ボコボコ」というワードに反応して、かなりご立腹の様子。なぜか俺のほうを睨みつけながら、今にも襲いかかってきそうな勢いだった。
「いやこれ、普通にナンパだし。こんなところで目立ってもデメリットしかないだろ」
「まあ確かに。周りで誰が撮影してるかわかりませんしね」
そのまま静かに店を出たあと、つきまとう3人組を無視して車に乗り込む。結局、乗車寸前まで絡んでくるが、構わず車を出して走り去った。
こんなところで力をひけらかしても意味がない。悪目立ちして噂にでもなったら、それこそ目も当てられない。
もし動画でも撮られていたら最悪だ。ネットにアップされたら一発でアウト。彼らとはもう会うこともないだろうし、これが最善の対処だと思っている。
「いやはや、それにしてもスゴいのに遭遇しましたね」
「冒険者登録してすぐの絡まれイベントだな」
「一瞬、全身氷漬けにしてやろうかと迷っちゃいました。ところであの人たちって、異世界帰りでしたか?」
不穏な発言をさらりと言い放つ桜。穏やかな表情だったが、目は笑っていなかった。
「おいおい、氷漬けは不味いだろ……。一応、スキルも職業も所持してなかったよ。レベルは5前後だったけど、ただの一般人だな」
「そうですか。ただの一般人にしては横柄でしたね」
「んー、どうなんだろうな。もしかすると、レベルアップが原因で勘違いしちゃった系かも?」
「なるほど、私たちもあんな風にならないよう気をつけないとですね」
「ああ、俺も気をつけるよ」
(にしても桜よ。さっきのあおり文句や氷漬け発言……おまえも程々にしたほうがいいと思うぞ……。いや、スッキリしたのは事実だけどね)
気分を切り替え自宅に戻る途中、家に風呂がないことに気づく。転移初期のころ、風呂桶ごと引っぺがして屋外に設置したままだった。
元の場所に戻していればあるいは……なのだが、大浴場建設のおりに廃棄してしまったのだ。さすがに風呂には入りたいので、近くのスーパー銭湯に寄ってから帰宅することになった。
汗もかいたし、ちょうど着替えも買ったばかりだ。嫌な思いもお湯に流せば、気分もさっぱりするだろう。
◇◇◇
それから1時間と少々―
お風呂帰りに買ったアイスを頬張り、自宅でネット掲示板を漁って情報収集を進める。
やはり、冒険者組合のような制度が近々導入されるらしい。さっきみたいな輩が増えなきゃいいけど……まあ、俺たちとは関係ない話か。
日本全土の封鎖、魔石エネルギーの普及、そして冒険者組合設立。実に現代ファンタジーっぽい流れになってきた。
ちなみに海外では、日本と同様の現象はいっさい起きてない。世界から隔絶された日本が今後どうなっていくのか。まるで他人事のように桜と語らっていた。
「啓介さん、少し早いけどそろそろ寝ましょうか。今日はいろいろありましたし、ちょっと気疲れしたかも?」
「お、もうそんな時間なのか。どうする? 異世界に帰ってもいいけど」
と、何気なく言い放ってから、今のひと言が迂闊だったことに気づく。
ひとつ屋根の下に若い男女がふたり。ひとりは中身おっさんだけど、見た目はそうでもない。
もしその気がないなら、わざわざこっちで泊まる必要はないはず。俺の盛大な勘違いという線もあるけど……まあ、多分そういうことなんだと思う。
「まだ調べたいこともありますし、帰るのは明日でもいいんじゃ?」
「ああそうだな。帰るのは明日にしよう」
こうして、長い夜が過ぎていくのだった。




