第185話:俺は使徒じゃない
「異世界へ行くのは、なぜ地球人ばかりなんですか?」
「それは地球という星が、転生者・転移者を育てるために作られたからですよ。異世界への適性者が、より多く育つ環境になってますので」
夏希の突飛な質問に対し、女神が平然とした態度で答える。とくに悪びれた感じもなく、言いにくそうな雰囲気も一切なかった。私はすでに知ってたけど……ほかのみんなはかなり動揺している。
「なんか凄いこと聞いちゃったかも……」
「夏希さん、大丈夫ですよ。あくまで環境のお話ですからね。人類の行動を直接管理しているわけではありません」
「えっと、女神さま。オレからも質問いいですか?」
「もちろんです。冬也さんの活躍はいつも見てましたよ、何を聞かれるか楽しみです!」
一体なんの活躍なのか……そっちも気になるけど、まずは冬也の話を聞こう。
「こんな、世界の核心に触れちゃって……オレたち大丈夫なんですか? 記憶を消去されるとか、存在を消されたりしません?」
「まったく問題ありません。この件については、神界以外では一切の口外はできませんので。それに余程のことがない限り、一般人が知ることはないですよ」
「余程のことって……例えば?」
「そうですねー。冬也さん好みの言葉だと……うっかり深淵をのぞいちゃったりとか、手違いでアカシックレコードを閲覧しちゃったり? 大体そんな感じでしょうか」
(なるほど、これはわかり易いな。いずれにせよ、滅多なことじゃ起こらないレアケースってことか)
「ちなみに、私たち半神こそがそのうっかり該当者です。自力で秘密に触れることが、半神という職業に就く条件となっています」
「女神さまって元は人間だったんですね……。さらに凄いこと聞いちゃったな……」
他にもいろいろあるようだが、「それは次回以降のお楽しみ」ってことらしい。小出しにされるとモヤモヤするけど、いつかは聞かせてくれるつもりなんだろう。
「じゃあ次は……あ、そうそう。椿さんのことを話しましょう」
「え? 私、ですか?」
「やっと話せるときが来ましたので。実はあなただけ――」
そのあと女神が語ったのは、私も知らない驚くべき事実だった。
今回、大勢の日本人を召喚したのは太陽と月の女神。そのうち、獣人国側については月の女神の仕業となる。ここまでは知っていたが……その中で唯一、大地神が干渉できた人物――それが椿だった。
干渉とは言っても、女神の間に導いたとか、使命を授かったわけではない。とある職業と、2つのスキルを付与しただけのようだ。
なぜ椿だったのか。それについては、「大森林に転移した日本人の中で、もっとも異世界適性がない者」というのが条件らしい。そうでなければ、横やりという名の干渉は不可能だったと言っている。
「女神さま、それっていつのことでしょうか。私、何も感じませんでしたけど……」
「あなたが転移してすぐのことです。ただ、スキルに目覚めたのは、最初の日本人襲撃の頃ですね」
女神がおもむろに手を掲げると――目の前の空間に、椿のステータスが2つ並んで表示される。現世に降臨すると、こんなことも可能らしい。
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椿 Lv99
村人:忠誠99
職業:農民
スキル 農耕Lv4
土地を容易に耕すことができる。
農作物の成長速度を早める。
農作物の収穫量が増加する。
農作物の品質が向上する。
継承スキル:物資転送
村の敷地内限定で、事前に設定した位置間で物資の転送が可能となる。※生物転送不可
継承スキル:念話
忠誠度が90以上の村人との念話が可能になる
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こちらはいつも通りだ。『徴収』は返還させているので、現在の継承スキルは上記の2つだけとなっている。ほかの項目に変化はなく、椿自身も見慣れた内容だった。
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椿 Lv99
村人:忠誠99
職業:使徒
スキル:安らぎの加護Lv-
本人と指定対象1人の精神耐性が大幅に向上
※対象が離れている場合は無効
スキル:祝福の加護Lv-
本人と指定対象1人の運命値が大幅に向上
※対象が離れている場合は無効
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肝心なのはこちら。職業はまさかの『使徒』、それにレベルのないスキルが2つ表示されていた。その内容から鑑みるに、指定対象は私ということなんだと思う。
「……思い返せば、最初にゴブリンをやったとき、あまり忌避感がありませんでした。それもスキルのおかげだったんですね」
「え? あれは違いますよ? あなたの素養、ただのグロ耐性です。あの時はまだスキルを発動してません」
「あ……そうなんですか。それにしても、全然気がつきませんでした」
「一般的なものとは次元が違いますからね。春香さんの上位鑑定でもわからないはずです」
女神の話によると、職業やスキルと銘打っているが、ほかのソレとは全く異質のものらしい。模倣や鑑定、そして強奪も不可能ということだった。
ちなみに、私が以前、ダンジョンや遠征でおかしな態度になったのも、椿から離れていた為だったと教えてくれた。村に帰ると落ち着くのも『安らぎの加護』のおかげらしい。
(ずっと変だと思ってたが――。てことはアレか? そもそも私の精神力はヨワヨワだったってことだよな……椿マジ天使、いや使徒だけど)
そのあと、椿を使徒に選んだ理由も教えてもらった。転移初期の時点で、大地神の存在にたどり着く可能性があったのは私だけ。その村長の一番近くに転移したこと、そして村長を延命させること、この2点が狙いだったらしい。
結果的には上手くいったが、椿と桜を門前払いしてたらどうなってたのか。そんなことを考えているところで、秋穂と春香の会話が聞こえてきた。
「椿さんが真の使徒だったんですね。言われてみれば、そんな雰囲気はたしかにあります。それに、椿さんだけ転職しなかった原因はコレだったのかもしれません」
「最初からサブ職業持ちだったってオチだねー。わたしたちを見つけてくれたのも、椿ちゃんが同行してたからかも?」
「絶対そうだと思う。ここにいる全員もだし、勇人さんたちとの遭遇、街への進出……全部椿さんが一緒だったし」
「おおー、まさに導きの使徒って感じっ!」
言われてみればたしかに……。これまでの出来事、とくに人との出会いに関しては、結構な確率で椿が同行していた。『祝福の加護』にある運命値ってのが関係してたのかもしれない。
「さあ、皆さん! ほかの話はおいおいするとして――私の登場シーンについて打ち合わせしましょう! 天から舞い降りるのが定番ですけど、ほかに素敵なのがあれば教えてください」
話に区切りがついた、のかは微妙だけど、女神さまがそんなことを言ってくる。街の住民たちへの登場パターンを気にしているようだ。「冷蔵庫から出てくるのだけは却下です」と、付け加えていた。
天からの降臨や教会からの顕現、ほかにもいくつか案はでたが――結局のところ、「普通に歩いて登場する」というのが最有力となった。
あまりに荘厳な登場だと、街のみんな、とくに竜人や蛇人へのインパクトが強すぎる。女神が街を歩くたびに、毎回ひれ伏して祈る住民。本来ならそれでもいいんだろうけど……。
「啓介さんの理屈もわかりますけど、それだと地味すぎませんか? 私、この世界初の現神ですよ?」
「最初にキメすぎると、このあとずっと苦労しますよ? 迂闊に街を歩けませんし、住民ともまともに会話できませんけど……それでも大丈夫ですか?」
「それは絶対に嫌です、困ります。私も普通に生活してみたいですし……」
女神としては、たくさんの人と交流したいようなので、威厳があり過ぎると不都合が生じる。それに、敬う気持ちは今でも十分すぎるほどあるのだ。程よく自然に、ってのが一番だとおすすめしておく。
最終的には、街への降臨を明日に持ち越し、登場の仕方は女神に委ねることに。「今日一日ゆっくり考える」というので、ひとまず全員で自宅に戻る。




