第183話:全責任は隆之介にあり、みたいな。
異世界生活527日目-806,000pt
隆之介事件から1か月――
洗脳から解放された人々の間に、様々な変化が生じていた。
主だった内容は2つ。ひとつは、帝国と獣人国との関係改善。そしてもうひとつあるが――まあ、これについてはあとにしよう。
帝国はあの事件以後、獣人国に対して使者を送っている。その役割を担ったのは、隆之介に洗脳されていた獣人のSランク冒険者たちだ。
彼らは洗脳が解けるとすぐに正気を取り戻し、帝国に一時保護されることになった。洗脳されていたときのこともハッキリ覚えており、自分たちがおこなった数々の所業に後悔の念を抱いていたらしい。
そんな彼らが落ち着くのを見計らい、帝国が隆之介を打倒したことや、議員や獣人の解放計画だったことを説明する。
もちろん、こんなのは詭弁だし、ケーモスを占拠した事実は変わらない。とはいえ、結果的に救われたのも事実。さらに、「帝国が移住に追いやられたのは、隆之介の謀略によるものだ」と主張した。
同じく洗脳されていた鑑定士や他の密偵たちの証言もあり、ごり押し感は否めないが……獣人の冒険者たちは使者の役割を受け入れた。
(隆之介の謀略。あながち間違いでもないけど、そう簡単に信じるものかな?)
そんな疑問は残るが……まあ、ひとまず先へ進めよう。交渉術とか読心術なんかもあるし、上手くやったんだと思うしかない。
Sランク冒険者ほか数名を使者として返還。その3週間後には、両国の国境付近で代表者による協議の場が設けられた。獣人連合国からは議長のタイガンと議員数名が出席、対する帝国は聖女を代表として、剣聖と元辺境伯が同席している。
当然のことだが、この時点での矛先は全て隆之介に向いている。議員自ら操られていたのだから、それもおかしい話ではない。とはいっても、自国の領土を占領されたのだ。それをおいそれと帳消しにできるはずもなく……。結局のところ、結論は持ち越しとなった。
ただし、これはあくまで建前の話だ。裏では別の終着点に向かうことで既に合意がなされている。
『全ての原因は隆之介にあり。議員の洗脳、オーク大発生、慢性的な食糧不足、そしてケーモス占領、これら全ての首謀者は隆之介だった』
細かい部分は端折るけど、要約するとこんな感じになる。この際、すべてをなすり付けてしまおう、ということらしい。
議会としての面子もあるし、そもそも帝国と争っている場合ではない。ただでさえ、帝国と王国に挟まれている現状、早く自国をまとめ上げることが先決だ。今は亡き隆之介に、国民の怒りを誘導する方針に決まり、お互いに交渉を続けていくことで決着した。
(聖理愛のヤツ、きっとここまで見越してたんだろうな。密偵を抱えるリスクを負ったのも頷けるわ)
10万人の国を治める人物もいれば、国を引っ搔き回して自滅したヤツもいる。「彼女は敵に回しちゃいけない」、そんなことを思わせる一幕だった。
◇◇◇
「ひさしぶり、元気してたか?」
「最近までバタバタしてたけど、それもようやく一息ってところね」
今日は聖理愛のところへ訪れている。最初に言ってたもうひとつの変化ってのがこれだ。アレ以来、少しずつだが帝国との交流を始めている。
断っておくが、あくまで最低限の交流だ。互いに必要な情報とか物資の交換が主目的だ。村の住民感情に配慮しつつ、みんなとの話し合いの末におこなっている。
「書状を見たよ、あれから獣人国とも色々あったんだってな。なんにしても、聖女自ら情報をくれるとはありがたい」
「そうは言っても――私たちの関係は、以前とあまり変わりないけれど。この結界みたいにね」
そう言いながら眺めているのは、お互いを仕切っている結界だった。相変わらず、彼女との交流は結界越しにやっているのだ。会合用のテーブルとイスは置いてあるが、幅1mの結界を挟んだ微妙な距離感を設けていた。
「これは聖理愛が望んだことだろ? まあ私も、今はまだこれでいいと思ってるよ」
「ケーモスを奪った敵国の代表、その私が村人になるなんて……お互い損にしかならないわよ。少なくとも今すぐには無理な話だわ」
「それも全部、隆之介のせいにするってんだからな。まあ、上手くいくことを祈ってるよ」
「そう言ってくれる割には、どうでも良さそうな顔してるけど?」
「ぶっちゃけ、こっちに飛び火しなけりゃ、わりとどうでもいい」
「そうよね。せいぜい、あなたの機嫌を損ねないように上手くやるわ」
そんな挨拶を交わしつつ、いよいよ本題へと移っていく。
今日の議題は、『帝国の生産している魔道具の購入』と『希望の村人加入』についてだ。
以前、王国村長のところで見つけた『帯電の魔道具』。その製作者が王国から帝国へ移住していることは既に確認してある。今回はその購入と、ほかの魔道具についての情報を得ることだった。
「帯電の魔道具はすぐに用意できるわよ。そのほかだと、『送風の魔道具』とか『吸水の魔道具』なんかも作ってるみたいよ」
「送風ってのは何となくわかるけど……吸水ってのは?」
「川から水を汲みだすポンプみたいなものね」
「マジか、出来ればその両方とも欲しいな。急がないけど、何台か都合してくれると助かるよ」
「もちろんいいわよ。帝国が欲しいのは……まあ、アレしかないわね」
聖理愛が言うアレとは、ナナシ村産のお米のことだ。以前も少しだけ卸したことがあり、帝国で大人気の食材となっている。
実際私も食べ比べたけど、帝国産よりも格段にうまい。米好きの日本人なら、たぶん誰でも気づく程度には味に違いがあった。
「ところでさ。帯電の魔道具って、元々は何の目的で作られたんだ? こっちには電球とか家電なんてないだろ? 作る意味あるのかなって」
聖理愛も、ナナシ村に自宅があることはそれとなく察してるはず。王国村長のところで見ているだろうし、私が欲している理由はわかっていると思う。だが、それ以外で必要になることって……何があるのか想像もつかなかった。
「そもそもは、アマルディア国王からの依頼だったそうよ。もっと規模が大きくて、出力も相当高かったらしいわ」
「てことは……戦術利用か。電撃の魔道具とか、そんな感じ?」
「そうらしいわ。でも、燃費が悪すぎてお蔵入りしたって。結局、どんどん効率化していった結果、アレが出来上がったのよ」
「なるほど……その魔導技師、かなり危険そうな人物だ。こっちも気をつけないといかんな」
「ちょっと、まさか殺さないわよね? 彼がいなくなったら、ほかの魔道具も卸せなくなるわよ」
「いやいや、するわけないだろ。こっちもお世話になるんだし、あくまで注意しとくだけだ」
それからしばらく雑談が続くと――、いったん領主館へ戻った聖理愛が希望を連れて戻って来た。希望と挨拶を交わすと、話題はすぐに村人のことへ。どうやら彼女の意思は固まっているらしく、しっかりとした態度で自分の思いを語っていた。
結論から先に言うと、「今はまだ村人にならない」「なるときは姉と一緒に」ってことだった。
その事情もいろいろ聴けたんだけど――実はこの姉妹、かなり仲がよかった。てっきり「姉妹不仲説」とか「姉に虐げられる妹」ってのをイメージしてたんだが……。おっさんの予想はものの見事にハズレていたらしい。
「――要するに、聖理愛は母親代わりだったと?」
「まあ、そんなところかしらね。私が成人してからは、ずっとふたりで暮らしていたわ」
「お姉ちゃん、ふたりのときは凄く優しいんです。普段はちょっと怖いけど……」
(姉が30で妹が19歳か。まあ察するに、義妹とか異母姉妹だったりするのかな?)
家庭の事情はさておき、普段、妹を近くに置かないのは、危険な場所や惨状を見せないためだったらしい。初対面のとき、希望の態度がおかしかったのも、自ら首を突っ込んだ結果が尾を引いていたんだと。本人がそう言ってるし、嘘ではなさそうだ。
「それじゃあ、村人の件はひとまず保留だな。獣人国との関係改善、それとウチに来たケーモス領民の兼ね合いを見ながらにしよう」
どのみち、今の段階では地雷になりかねない。能力強化のこともあるが……慌てる必要もないので、のらりくらりとやっていこう。




