第179話:フードコート(超でかい)
異世界生活480日目-786,000pt
あれからしばらく経つのだが、いまだ王国村長の発見には至ってない。
兎にも角にも、捜索範囲が広すぎるのだ。手掛かりのひとつすらなく、見つかる気配はまったくない。一向に進展しないので、正直なところ諦めかけている。
仮にナナシ村へ来るにしても、それまでの道中に獣人国なり帝国なりで噂くらいは立つはず。いきなりのご登場、なんてことはまずありえない。警戒はもちろん必要だが、ほかに労力を回すほうがよほど建設的だろう。
――と、そんな事情もあったりして、いったん捜索を打ち切り、ここ最近は街の整備に尽力していた。
「やあルドルグ、今日から営業できるらしいね。ほんと、凄いもんを作ってくれたよ。ここまでの規模は日本でも見たことがない」
「儂と樹里の合作だからな! アイツも毎日つきっきりだったぞ!」
「配置や動線も完璧だし、これなら千人は入れるだろうね」
「樹里の想定だと、1階の食堂は千五百までいけるらしいぞ。2階の酒場も千人は入れる」
設計士の樹里と建築士のルドルグ。職種のこともあってか相性が抜群にいい。解説好きの樹里がいくら熱弁しようとも、ルドルグがへこたれることはない。毎日を共にしているうちに、本音の意見をぶつけ合う仲になっていた。
今回ナナシアに完成した食堂は、いわゆるフードコートっぽいスタイルになっている。中央のだだっ広い食事スペースの周りを、様々な種類の店舗が囲んでいる。
肉料理や魚料理の数々に加え、パン屋にピザ屋、丼モノやうどんなんかも作っている。もちろん、一番人気の蒸かし芋は、いつでも出来立てが食べられるようにしてある。
結界のサイズを調節できるようになったおかげで、狭い空間でも万能貯蔵庫を置けるようになった。貯蔵庫に入れておけば劣化もしないわけで、大量に作り過ぎても廃棄する必要が一切ないのだ。
「そういえば、蛇人特製の酒もそろそろなんだろ? ルドルグはそっちのほうが楽しみなんじゃないか?」
「おうよっ、そのために全てを注ぎ込んだからな。今日から毎日飲めると思えば……くぅぅ、ここは儂らにとっての楽園だ!」
「まあ、酒は逃げないんだから程々にな。なんにしてもお疲れさま、私も楽しみにしてるよ」
今晩の夕食に期待しつつ、ルドルグと挨拶を交わしてから次の区画へと向かう。
ここの区画にあるのは、学校や訓練所をメインとした教育機関だ。現在、約400人ほどの子どもたちが通っている。教えているのは読み書きと算術、それと戦闘訓練や魔法の体験なんかもやっている。全員同じカリキュラムをこなすわけではなく、本人がやりたいことを習わせていた。
希望する子には、働きにでることやダンジョン探索も許可してるし、警備隊やナナシ軍への加入も認めた。この世界の常識に当てはめれば、なにもおかしいことではない。一歩外に出れば魔物がいる環境なのだから、むしろこれが普通なのだ。
校長をメリッサさんに任せ、戦闘指導をウルガンとウルーク兄弟が、魔法の指導を魚人のマリアが仕切っている。算術スキル持ちを筆頭に、数名の日本人も教師として就任していた。
「ウルークお疲れさま、お邪魔するよ」
「これは村長、どうぞいくらでも見ていって下さい」
訓練所にはたくさんの子どもたちが――。講師ひとりが10人くらいを見ている感じか。素振りしたり模擬戦をしたりと、かなり真剣な顔つきで指導を受けていた。
「いつ来ても訓練所は大盛況だな。大半の子が参加してるんじゃない?」
「そうですね。概ね半数くらいでしょうか」
「ほかの子たちは?」
「マリアさんのところです。何と言っても、魔法はみなの憧れですから」
「この前聞いたけど、何人か魔法使いの職業を授かったらしいね」
「ええ、彼女の指導が上手いのもありますし、教え子の集中力がもの凄いんです。本来、魔法を習う機会なんてありませんし、そういう概念もなかったですからね」
今日までの間に、魚人の子が水魔法を、兎人の子が土魔法を、狐人の子が火魔法を習得している。このあたりは種族的な素養も関係してるのかも知れない。なんにせよ、この調子でどんどん増えてくれると嬉しい。
「みんなすごい気迫だし、ここの子たちも負けてないんじゃ?」
「それはもちろん! 何と言っても、卒業認定を受ければあの魔鉄製の武具が贈られますので! こんな待遇、普通じゃ考えられません」
「たしかに……。良質な装備は命に直結するし、私もいい制度だと思う」
しかし、どこの世界も勉学は不人気のようだ。校長の方針で、毎日1時間は座学に充ててるみたいだし……大丈夫だろうけどね。
「村長はこのあとどちらへ?」
「次は例の場所へ行ってみるよ。今の時間なら空いてるだろうしさ」
「あー、なるほど。私もたまに利用していますよ。文字は読めませんが、あの戦記モノは絵を見るだけでも最高です」
「翻訳が出来ればいいんだけどね。何か手がないか探してみるよ」
「はい、楽しみにしています」
ウルークや子供たちに別れを告げて、ちょうど話題に上がった娯楽施設へと足を向けた。彼も言っていたとおり、漫画やゲームは獣人にも好評だ。休日には多くの人たちが集まる場所となっている。むろん、日本人の中には入り浸ってるヤツもいた。
この区画には、漫画やゲームがある大きな遊戯施設のほか、大浴場も併設されている。日本にあったスーパー銭湯みたいな雰囲気で、風呂上りに寛げるように休憩所も設置してある。
日本のテーブルゲームなんかも用意してあるが、思ったほどの盛り上がりはなかった。まあ、遊び方やルールが知れ渡るまではこんなもんだろう。現在のところ、大人は風呂上がりの一杯(当然お酒類)、子どもは屋外での球技が一番人気となっている。
「「あ、村長おつかれさまです」」
大浴場の裏手に回ると、10人ほどの村人が働いているところだった。結構な熱気に包まれながら、4基並んだ大型タンクの管理をしている。
「みんなおつかれ、ボイラーの調子はどう? 不具合があれば遠慮なく鍛冶屋に言ってくれよ?」
「とくに問題はありませんよ。まあ、欲を言えば泉の水が自動で汲めれば最高ですけどね」
「蒸気を利用して汲みだせるといいんだがな……。開発には時間がかかりそうなんだよ」
「今のままでもいいですけどね。マリアさんや桜さんが朝晩給水してくれますし、新しく魔法を使える子も増えましたからね」
このボイラーっぽいもの、仕組みは至ってシンプルだ。超巨大な鍋に水を貯めて、『永遠のともし火』で湯温を調整するだけ。あとは湯舟にお湯を流しておしまい。水魔法使いが不在のときは、『湧き立つ泉』から直接汲み足している。
ポンプのような魔道具があれば事足りるのだが……今のところ、そんな便利なものは見つかってない。『帯電の魔道具』開発者あたりが作っていることに期待しつつ、ナナシアでも、なんちゃって蒸気機関の開発を進めているところだった。
「とにかく無理はしないように。それと火のもとには注意してほしい」
「いやいや、こんなに楽な仕事は他にないですよ。たった半日で交代、あとは自由時間なんて……逆に申し訳ないくらいです」
「街の衛生面を担う重要な仕事なんだ。いつも感謝してるよ」
椿の提案により、暑さによる疲労と火気の使用を考慮して、午前と午後の2交代制を採用している。うっかり火事にでもなったら危険だしね。
「光栄です。これからもみんなで頑張りますよ! ――ところで、さっき夏希ちゃんも来ましたけど、今日は何か特別なことでもあるんですか?」
「夏希が? いや、何も知らないけど……なんだろうな」
みんなが言うには憩いの場へ行ったらしいので、ついでに様子を見に行くことに。
大浴場を抜け、遊戯施設との中間にある憩いの場に近づくと――どこかで聞いたような懐かしい音がする。
カンッ、コンッとリズミカルな音が響き、ときおり夏希たちの笑い声が聞こえていた――。




