第163話:住民解放と帝国勇者
異世界生活385日目-66,296pt
住民解放の当日、今まさに、1万人ほどの獣人たちが北門を出ていくところだった。帝国軍を先頭にして、長い行列がそのあとに続いていく。
わずかな保存食を渡されているが、彼らの手荷物はほとんどない。当然、武器の携帯も禁じられており、着の身着のままで追い出されるカタチとなる。一応、獣人国までの道中は帝国軍が先導するらしい。が、あの人数では微妙なところ……多少の脱落者はでてしまうだろう。
それを見送ること1時間――
門の前に残ったのは約1,000人。その全てが獣人で、日本人の姿は皆無だった。もともと帝国との話し合いで、日本人は勧誘対象から除外している。私としても、それに固持する理由はないので全然かまわなかった。
それよりも、だ。残ってくれた獣人の数が予想よりも遥かに多い。全体数から見れば1割にも満たないが、この状況下を考えれば大成果だった。ドラゴたちの説得や、日々の支援が効いたんだろうけど……正直ここまで残るとは予想もしていなかった。
「じゃあみんな、私と春香で鑑定していくから、受付が終わった人から南門へ誘導してくれ。ダメだった人には、持てるだけの食糧を渡すように」
春香とふたりで手分けをして、次々と鑑定していく。
そのすぐ隣では、椿の前にも400人ほどの列ができている。こちらは、昨日までに移住を希望した者たちだ。既に鑑定は済んでいるので忠誠度は問題ない。
「春香、移住を決めた理由も聞いといてくれるか? 芋や説得の効果だけだとは思えない。ざっくりでいいから頼むよ」
「おっけー。最終確認だけど、忠誠度の基準は40でいいんだよね?」
「それでいい。あとあと脱落者がでても、返すところがないからな」
当日の移住希望者は約600人、パッと見た感じだと中年以上の者が少ない。いるにはいるんだけど、大体は子どもを連れた親世代だった。「まあなんにしろ、若者が多いってのはありがたいな」、そんなことを思いながら受付していった――。
最終的に残ったのは900人、街全体の1割にも満たないが、予想を覆す大きな成果にホッと一安心している。それと、気になっていた移住の理由もしっかり判明した。
意見の多かった順に並べると――
・以前から村(芋)に興味を持っていたが、踏ん切りがつかず悩んでいた
・村に住めば病気にかからず、食べ物にも困らない
・村や開拓地の住民がほとんど獣人であること。要職に獣人が多く起用されていること
他にもいろいろあったが、この3つが8割以上を占めていた。その中でも最初の理由がとくに多く、今回街を追い出されることになり決心した人、せざるを得なかった人がたくさんいた。
「――それじゃあ、各自次の行動に移ってくれ。冬也たちが南門にいるから、そこまでの誘導も頼む」
「「りょうかいです!」」
今回受け入れなかった人には好きなだけの食糧、それに鉄製の武器も何本か渡しておいた。帝国の見張りは渋っていたが、そんなの知ったこっちゃない。
理由はどうあれ、曲がりなりにも移住を希望してくれたのだ。自己満足と後ろめたさでしかないが、敵対者じゃない限りは無下にしたくない。
(まあ、だったら受け入れてやれよって話だけどな……悪いけどそれは出来ない)
◇◇◇
開拓地への移動も開始され、村の住民たちも転移陣で帰っていった。いま街に残っているのは、私とドラゴのふたりだけとなる。
「今から聖女のところへ行くから、もうしばらく付き合ってくれ。あっ、空を飛ぶときはもっと低空飛行で頼むよ……行きのアレは高すぎる」
「クククッ、あれくらいで怖がるようでは困るぞ村長」
「そんなの知らん! とにかく歩いて行くからな。飛ぶのは緊急時だけにしてくれ……」
今日の朝、領主館からここに来るまで、ドラゴに抱きかかえられて飛んで来たんだが……建物よりもさらに上、いろんなところが縮こまっちゃうくらい上空を飛んできたのだ。
ジェットコースターも乗れない私には、あの高さとスピードは耐えられるものではなかった。安全装置もなく、ドラゴが手を離せば真っ逆さまだ。たとえ落下しても、ワンチャン死なないのかもしれないが、絶対に試したくはない。
大笑いしているドラゴと一緒に、北の門から街の大通りを抜け、ようやく領主館へと到着する。
獣人たちがいなくなった街は閑散と……しているわけがなく、人口密度で言えば以前の何倍にも膨れ上がっていた。そのほとんどが日本人に入れ替わって――。
「私はナナシ村の村長だ。今日は聖女と面会の約束で伺ったんだが、通してもらえるかな?」
門番にそう問いかけると、ほとんど無警戒のまま素通りさせてくれた。領主館の外壁も修繕され、庭もだいぶ元通りになっている。
もちろん、領主館の中で話すなんて無理だ。天幕の前で待機して、聖女が現れるのをじっと待つ。いつでも逃げ込める体制はできているぞ。
――待つこと5分、わりとすんなり聖女たちが現れた。さっきから聖女聖女と言っているが、なんとなく強盗とは呼びたくなかったので、このまま通そうと思っている。
「いらっしゃい村長さん。受入れは終わったそうね、さっき聞いたわ」
「ああ、こっちの対価も受け取ったか? 手配はしてあるはずだが」
「受け取ってるわよ、これで取引完了ね」
今回、開拓民受入れの対価として、稲苗や野菜の種なんかを渡している。これでしばらくは深く関わることもないだろう。
(お、強奪スキルがレベル5になってる。上限数も上がってるし、いくつか新しいのも増えてるな……)
『土魔法』『盾術』『真偽眼』と、新たなスキルが追加されている。
「気になるものはあったかしら。わたしは排除しないでほしいのだけど、村長さんの目にはどう映ってる?」
「さぁどうかな。必要以上に関わらなければそれでいい。そっちはそっち、こっちはこっちで棲み分けしたいところだよ」
「それはもちろんよ。あとはこの地でじっくりやっていくつもり。あなたの領分に手はださないから安心して」
「だといいがな。まあ、たまには顔を出すよ。街の様子も確認しときたいし、いろいろと成長具合も把握したいからね」
「そうね、多少の脅威となれるように頑張るわ。村長さんの機嫌を損ねない程度に、だけどね」
読心術と交渉術の効果なのか、私の考えは見え透いているという感じか。まあなんにしても、極端にレベルが上がらない限りは対処できると考えている。
「――ところで、隣にいる女性は幹部のひとりなのかな? そろそろ紹介してくれるとありがたいんだが」
聖女の隣には、10代半ばに見える鎧姿の女性が立っている。顔立ちはとてもいいんだが……うつむいており、その表情もあまり優れないように見える。
「あら、どうせもう鑑定してるでしょうけど……まあいいわ。この子がうちの『勇者』、ついでに言うとわたしの妹でもあるわ」
「妹って……姉妹なのか? こういっちゃなんだが、雰囲気が全然似てないんだけど」
「まあ、色々あるわよね。この子とは、この世界に転移した時からずっと一緒よ。今日はそのことを話しておこうと思ったの、あなたへの友好の証として、ね」
北の勇者、そして姉妹という関係性、やっと向こうの主役が出揃った。
(話してくれるというなら聞こうじゃないか。まあ、どこまでホントかは怪しいけどな……)




