第120話:穴の開いた下着
異世界生活273日目-信仰度340pt
翌日、予定通りに昼一番で馬車に乗り込んだ。『隠密』なんかのスキル持ちに見張られていない限りは、たぶん誰にもバレずに門をくぐれたはず――。
そもそも脱走するわけじゃないのでバレてもいい。これはただの意地悪。隆之介派閥のヤツらを困らせるのが目的だ。
急に勇者が消え去れば、多少なりとも混乱するし、探し回るだろうからね。「ざまぁ」には程遠いが、せめてもの抵抗にはなるんじゃなかろうか。
とまあそんなわけで、
街を出た後はのんびりと馬車に揺られている。私と椿が御者台に乗り、気楽な会話をしながら村へと向かっている最中だった。
「啓介さん、信仰ポイントはどうでした?」
「昨日一日で260pt増えてた。意外と多くて驚いたよ」
「村に帰ったら集計作業を再開しますね」
「ああ、助かるよ」
信仰ポイントの獲得については、なるべく正確に把握しておきたいところだ。
「ところでさ。椿はどれを取得したらいいと思う?」
「んー、それなんですけど……自分の好きなようにやってください。たぶん、人の意見は聞かないほうがいいと思います」
「それはなぜ?」
「啓介さん、今すごくワクワクしてるでしょ? でも人の意見に左右されると、どんどん面白みが減ります。ポイントだって無制限に入手できるか不明ですしね」
たしかに、かつてないほどに高揚している。だけど自分だけの都合で決めていいものだろうか……そんな迷いもあり、椿に問いかける。
「俺の好きにしていいってこと?」
「はい、好きな特典を選んで下さい。信仰度を得る手段も、啓介さんの好きなようにやってほしいです」
「えげつない手段をとるかもよ?」
「構いません、私たちはその選択に従いますから。――そろそろ啓介さんも、異世界ファンタジーを満喫しちゃいましょう?」
「それでいいのかな……?」
「いいんです。それに啓介さん、いつも言ってるじゃないですか。村に害がない限り、好きなようにやれって」
「そっか……やって、いいのか。……っよし、やっちゃうか!」
「はい、やっちゃいましょう!」
こうして私は、魔王への第一歩を踏み出すのであった。勇者を仲間にしたばかりだというのに……。
――なんて冗談はさておき、好きなようにやらせてもらおうと思う。世界を牛耳る予定はないけど、信仰ポイントはたくさん欲しい。
◇◇◇
森の端から村までの結界を解除しながら、無事に村へと帰還した。
オークが侵入してくる気配も全然ないし、奴隷も購入できない。こんな状態で結界があっても意味がないからだ。拡張できる余力もなかったからちょうどいい。
これで30km分の結界がいつでも張れるようになった。面積に換算すると550m×550mの敷地だ。これだけあれば当分は困らないだろう。
「みんなー、帰ってきたよー!」
村に到着すると、夏希が村の人たちに声をかけていた。なぜか続々と押し寄せてくる村の女性陣……。まるで夏希の帰還を待ちわびていたかのようだった。
食堂の入り口に馬車を止めると、荷台にいたみんなが一斉に降りだし、街で購入した品物を運んでいく。勇人が空間収納から荷物を取り出すと、立花と葉月がそれを並べていた。
「あ、勇人さんソレはこっちに出してね。どんどん並べちゃって!」
「うん、ここでいいかな夏希ちゃん。あっ、ちょっとまっ」
なるほど、あの大量の買い物は女性陣の下着だったのか。まだ並べ終えてないうちから、バーゲンセールが始まっていた。近くにいた勇人の姿はもう見えない……押し寄せる女性陣に埋もれ、完全に押しつぶされていた。
(これも勇者補正のひとつ、ラッキースケベの一種なんだろうか)
「椿、昨日見せてくれた『穴の開いてる』下着。あれって、獣人の尻尾用だったんだね……」
「ふふっ。メリナードさんには頼みにくかったし、この機会に色々購入してきました」
「いやいいんだ。用途がわかって安心したよ……他意はない」
隣でニヤニヤしている椿をよそに、そっとこの場を離れることにした。
夕飯の準備ができる頃には、女戦士たちの姿もなくなり、戦場(食堂)には敗北した勇者だけがとり残されていた。まさか勇人も、こんなことで『超回復』を発動するとは思いもしなかっただろう。
結局そのまま歓迎会へとなだれ込み、新たな村人の来訪をみんなで祝っていた。
三人が勇者や剣聖、聖女であることを明かしても、それを気にするようなヤツは誰もいない。ナナシ村にくれば、勇者だろうと議長だろうと、ただの村人なのだ。
「勇人、来て早々災難だったな。いや……ラッキーだったのか?」
「勘弁してくださいよ。危うく窒息するところだったんです……」
「あれ? 勇人の状態異常無効って、窒息にも効くのか?」
「どうなんだろう……って、絶対試しませんよ!」
「まあなんにせよ――ナナシ村へようこそ。しばらくゆっくりしたら、レベル上げにでも励んでくれ」
「はいっ、先ほどラドさんに挨拶してきました。さっそく明日から連れてってもらう予定です!」
「パーティー編成なんかはラドに一任してある。指示にはしっかり従うようにな」
「もちろんです。――それにしても、ここに来てからすごく気分が落ち着きます。これも女神さまの加護なんでしょうか」
「んー、気兼ねなく暮らせる場所を見つけたから?」
「ああたしかに、ここなら何の妨害もありませんしね。誰からの悪意も感じません」
「へぇ。俺にはよくわからんが……勇人の『直感』がそういってるなら間違いなさそうだ」
勇人はコミュ力も高いみたいで、歓迎会が始まってすぐ、いろんな人に話しかけていた。村人からの受けも良く、とくに女性の人気が高い。勇人に寄り添って回る葉月は、「妻の葉月です!」と、ここぞとばかりにアピールしていて微笑ましかった。
そんな一方、剣聖の立花はというと……ベリトアとベアーズを捕まえて剣の注文をしていた。
テーブルに頭を擦り付け、「名工のおふたりに是非とも!」と、懇願している始末だ。鍛冶士のふたりもまんざらではなく、二つ返事で引き受けていた。
「あ、勇人。これだけは念を押しておく」
「啓介さん……? 急に真剣な顔してどうしたんですか?」
「おまえのスキルで『勇者の一撃』ってのがあるだろ? 山をも消し去るってヤツ」
「はい、最近覚えたものですね。まだ一度も使ってませんけど」
「アレな……。大山脈には絶対に、マジで使うなよ。使えば竜が飛んできて殺されるからな」
「え……この世界には竜がいるんですか?」
「ああ、竜人族が言ってたから間違いない」
「竜の怒りに触れるってことですか……」
「そうだ。500年前にいた勇者たちは、それをやらかして殺されたらしい。んで、消された山の跡地がここだ」
私が真剣な表情で語るもんだから、勇人もかなり緊張している。ヘタにぶっ放されて村が消滅してはかなわん。これだけは執拗に釘を刺しておいた。
「あの、僕って……ここにいて大丈夫なんですか? 勇者ってだけで殺されたりしませんよね?」
「竜は基本、俗世とは不干渉らしい。賢者の杏子がいても問題なかったし、大山脈に手を出さなきゃ大丈夫だ――。たぶん」
「たぶん? 今、たぶんって言いましたよね!」
「言ってない」
「はぁ……不安になってきた。山には近づかないようにしよ……」
「とにかく、だ。『勇者の一撃』はしばらく封印してくれ」
「わかりました。ここでは絶対使いません」
話は全然変わるけど――、
信仰度の獲得基準について、また一つ判明した。教会へ祈りを捧げる毎に『1pt』増えることがわかったのだ。
ただし、一日のうちに同じ人が何度祈ってもダメ、あくまで一日一回の制限がある。とはいえ、村の人口は153人もいるのだ。遠征組は無理でも、全員が毎日祈れば結構なポイントを獲得できる。
これで村の人口が千人とか5千人に増えたら……敷地増やし放題、転移し放題だ。みんなにも説明をして協力を仰ぐことになりそうだ。
「強制的に祈らせるとは何事ですか!」と、女神のお叱りを受けそうだが……そこはぜひ赦してほしい。




