第106話:冬也の必殺技
自分たちの役割も決まり、巨大牛との初戦闘がいよいよ始まった。
開幕、桜の水魔法が巨大牛を襲う。
巨大な水弾が無数に放たれ、その全てが轟音と共に直撃する。それを受けた相手は少しよろめくが、目立った外傷はない。
続けざまに凍結魔法をかけると、みるみるうちに体表が凍っていく。どうやら最初に撃った水弾は、魔物を凍らすための下準備だったらしい。水で濡れた体毛がカチコチに固まっていた。
未だ座り伏せた状態の巨大牛。
その正面にドラゴ、両側面に冬也と私が陣取ると……間髪入れずに、ドラゴのスキル『竜の咆哮』が顔面に直撃。1本の角は根元から完全に折れ、もう片方にも亀裂が入った。
「グゴァァ……」
「ぬぅ、2本は折れなんだか」
凍結によりアゴが動きにくいのか、その叫び声もくぐもった感じ。なんとか立ち上がろうと、鈍い動きながらも四つ足立ちになろうとする。
「村長、後ろ足からいくぞっ!」
「おうよっ!」
巨大牛が立ち上がる瞬間を狙って、両サイドから詰め寄り剣を横なぎに一閃する。――と同時に、「ズシュッ」っと音が重なり、その直後に魔物が腰を抜かして崩れていく。
『硬質化』により強化された体も、魔力を纏った剣ならば貫けるようで、巨大牛の後ろ足は胴体と決別していた。
「グアァ――」 ドゴンッ!
たまらず悲鳴を上げた瞬間、ドラゴの打撃音がそれをかき消す。顎の下に潜ったドラゴが、渾身のアッパーカットをお見舞いしていたのだ。
「みんな離れて! 上から落とします!」
上空を見ると、巨大な氷の柱が生成されている。先端は鋭く尖り、高速で回転していた。
私が間合いを取り始めると、すぐに氷柱が高速落下する。危なく巻き込まれるところだったが、冬也やドラゴはしっかり距離をとっているので、私が出遅れただけみたいだ。
「グサッ」とも「グシャ」とも聞き取れる音がすると、巨大牛の胴体は貫かれ、地面に縫い付けられた状態になる。
「春香さん! メリナードさん! 今のうちに攻撃を。こいつに剣が通るか試して下さいっ」
瀕死の状態と見た桜が、ふたりに声を掛ける。
その後、魔剣術なしの攻撃が通用するかを試すが、剛毛に阻まれて剣の抜けが悪い。突き刺す分には良いが、切断とまではいかない感じだった。たぶん通常の鉄剣なら、傷すらもつけられないだろう。
最後は冬也の必殺技で締めくくり、初討伐が完了。魔剣術Lv3で覚えた『魔力を飛ばす斬撃』は、巨大牛の太い首を見事に抜けていった。
巨大牛が黒い靄になって消えると、それまで張りつめていた空気がフッと薄くなる。思わずその場で座り込みたい気分だが、すかさず冬也から声が掛かった。
「よし、ドロップ品拾っていったん地上まで戻ろう。どう攻略していくかも決めたいしさ」
「そうですね。すぐ移動しましょう」
私も黙って頷いて同意する。
巨大牛の落とした物を回収して、もと来た通路を戻り、階段を上って20階層の転移部屋まで移動。すぐに地上へと転移して帰還した。
◇◇◇
地上に戻った私たちは、ドロップ品の精査やレベルの確認、今後について話し合っていた。
巨大牛のドロップは、バレーボール大の魔石と『巨大牛の硬質革』。『皮』ではなく『革』、既になめしてある状態のものだった。
鑑定では、「鉄よりも硬く滑らかな素材、魔力を通すとさらに強度を増す」とある。頭部を守る帽子や、関節を守る防具、靴なんかに最適な素材だ。
現状、ここでしか入手できないし、強敵に相応しい報酬だった。あと、「ドロップした革のサイズがバカでかい」ってのも最高。
レベルに関しては、1匹倒しただけで全員のレベルが上がっていた。ドラゴとメリナードは一気に2レベルの上昇だ。
さすがに、レベル85を相手にしただけあり、経験値は相当なもの。この調子でいけば、さらなるレベルアップを図れるだろう。
ただし、毎回上手く拘束できるとは限らない。アレが暴れ狂う姿を想像すると……ヤバすぎる。まだ狩りを続けるかは、みんなで良く話し合う必要があった。
「ところで、あの石碑に書いてあった『牛型の魔物』って、ミノタウロスじゃなくて巨大牛っぽくないですか?」
「やっぱ桜もそう思った? 私もアイツを見た瞬間、そうじゃないかと考えたよ」
「私、この街を破壊したのがあの巨大牛だと言われたら、絶対納得しちゃいますよ」
「めちゃくちゃデカかったもんなぁ。たしかにアレなら納得だわな」
今日までの間、遺跡近くで巨大牛を目にしたことはない。それが偶然なのか、もっと離れた場所にいるのかは不明だが、存在する可能性は十分にあると思う。
転移陣で25階層に飛べる状態にあることからも、『牛型の魔物』が巨大牛だという線が濃厚だ。
仮にアイツが何百匹もいたなら……街を捨てて逃げるしか選択肢はない。まさしく禁忌を犯してしまった、ということだろう。
「ここまでの発見を纏めると――。15階層踏破でオークが、20階層踏破でミノタウロスが、25階層踏破で巨大牛が地上に解放される感じですね」
「10階層でオーク、15階層でオーク上位種って可能性もまだ捨てきれないけど……。種族の変化する階層を基準とするなら、桜の意見で正解だと思う」
「そして街や首都ではオークが溢れ出したと……あ、アマルディア王国もそうでしたっけ」
「そうだな。この法則で行くと、村のダンジョンで15階層を攻略しても、とくに問題なさそうだ」
「場合によっては、20階層のミノタウロスまで解放する手もあります」
「まあ、結界があるからな。――んでも、万が一結界が消えることを考えると、おいそれとは出来ないぞ」
「はい、もちろんです。ミノタウロスや巨大牛が狩りたければ、ここに来たらいいだけの話ですしね」
昼飯にはまだ早いので、このあとどうするかを話し合った結果、今日一日は巨大牛狩りをして、明日村に帰ることに決定した。
その理由はふたつあり、
ひとつは、私たちだけ強くなるよりも、東の森ダンジョンを攻略して、みんなで強化した方がいいこと。うちには上昇志向の強い者(戦闘狂含む)が多いので、不公平感を出さない意味もある。
もうひとつは、大陸西の全土でオークが湧きだして、各地の情勢が大きく変化していることだ。奴隷の確保が出来なくなったことや、勇人たちのこと、隆之介のことなんかもある。有事の際、村にいたほうが何かと対処し易い。
「じゃあみんな。あと半日だけど、巨大牛の攻略法を見つけながら、素材集めといこうか。あくまで慎重に、な」
「この素材を見せたら、うちの鍛冶師も喜びますよ。がっぽり持って帰りましょう!」
「オレも今度は、暴れ牛状態のヤツとも戦ってみたい!」
「なんと!? それなら儂も、一対一でやらせてくれ! 少しの時間だけでよい!」
「おいおい……って言っても聞かないか。あくまで調査のためだぞ。そこだけは忘れないでくれよ……」
「流石は村長、わかってるじゃん!」
「うむ、今度は儂も全力で参ろうぞ!」
どうせあと半日だ。最後くらいは好きにやってくれ。
そんなことを思いながら、ふたたび巨大牛へ挑むのだった。




